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10話


 そして次に私たちは食べるためのテーブルを探し始めた。

 しかし昼休みが始まってもうすでにそこそこ経っていたためか、前回同様食堂の席はほとんど埋まっていた。


「どこで食べましょうか……」


「ほとんど埋まってるな……」


 私たしは昼食を乗せたプレートを持っているのであまり歩いて探し回りたくはない。

 もうすでに室内の席は埋まってるし、あとは空いているのは外の席ぐらいしか……。

 私は周囲を見渡す。そしてちょうど空いている席を見つけて、すぐに顔を顰めた。


「クレアさん、もうあそこしか空いてないみたいです……」


「空いてる席があったのか?」


 そう言って私は指差した。

 そこはマーガレット派閥が占領しているテラス席のすぐ後ろの席だった。

 今現在マーガレットたちは昼食を食べている最中だ。

 そのすぐ後ろに座って昼食を取るのは、ちょっと躊躇ってしまう。


「やっぱりあそこは辞めますか?」


「でもあそこ以外ほとんど空いてないだろ。仕方がないが、今日はあそこで食べるしかなさそうだ」


「そうですよね……」


「行くぞ。ついてこい」


「あ、待って下さい」


 そう言ってクレアが歩き出したので、私もその後ろについていく。


「……」


 何食わぬ顔でクレアはテラス席にマーガレットの真後ろに座る。

 マーガレットは取り巻きの報告でクレアが後ろに座ったことが分かったのか、すぐに後ろを向いてクレアを睨みつけた。

 私は少しマーガレットの取り巻きと目が合ってしまった。睨まれたので愛想笑いを返して席に座る。

 すごく居心地が悪い。


「いただきます」


 そして昼食を食べ始めた。

 マーガレットはクレアを睨んでいたが、どうやら昼食時に声をかけるのはマナー違反だと思ったのか、意外にも絡まれることはなかった。


 昼食時にはお互い争い合わないという紳士協定ならぬ淑女協定が組まれているのだろう。

 クレアもそれが分かっているのか平然と昼食を食べている。

 ただしずっとマーガレットが睨んできているのが見えたため、気が気じゃなくてあんまり食べ物の味がわからなかった。


 クレアはこれを見越して自分が取り巻き達と視線が合わないようにするために、マーガレットの真後ろの席に座ったのだろう。

 おのれクレア。許さん。


 そして私たちは昼食を食べ終わるとマーガレットに絡まれないようにさっさと席を立ち移動した。




 そして波乱にも思えた昼食が終了し、また授業が始まった。

 それもつつがなく終わり放課後になった。

 ここまで来ればもう派閥のフリをしなくてもいいので、私は一人で帰宅することにした。


「じゃあ帰りますね」


「ああ。早く帰れ」


 クレアもそれには異存がないようで、同じく一人で帰る準備をしていた。最後の一言は余計だが。

 私は少し不満を抱えながら鞄を持って廊下に出る。そして正門まで歩いていると、後ろから声をかけられた。


「ねぇ」


「え?」


 声をかけられたので私は後ろを振り返る。

 そこにいたのは見知らぬ女子生徒数人だった。ボスと思わしき気の強うそうな女子生徒が前に立ち、その後ろに取り巻きのように三人が立っていた。

 彼女らは私を見てヒソヒソと話し合い、ケラケラと笑っている。

 どうやらお友達になりたくて話しかけてきたというわけではなさそうだ。


「あなた、クレア様の取り巻きになったんだって?」


「はい、そうですけど……」


「ふぅん……あんたみたいなのが取り巻きなの?」


「失礼ですが、どなたでしょうか?」


「はぁ!? 信じられない! この方を知らないの!?」


 私が声をかけてきた女子生徒に質問すると、本人ではなくその後ろの取り巻きと思わしき人物が怒鳴ってきた。


「この方は侯爵家のエリザベス・ローランズ様よ! そんなことも知らないの!」


 どうやら侯爵家だったようだ。私は一応謝っておく。


「すみません……」


「はぁ……これだから下級貴族は」


 エリザベスは呆れたようにため息をついた。


「まあいいわ。あなた、私をクレア様に紹介してくれませんこと?」


 そしてエリザベスはそんなことを言ってきた。


「分かりませんの? 私自らクレア様の派閥に入ってあげる、と言ってるんですの」


 エリザベスは私を馬鹿にしたように笑う。それに釣られて後ろの取り巻きも私を笑い始めた。


「こんな簡単なことも分からないのかしら」


「本当に頭が悪いのね」


 安い挑発だったので私は無視してエリザベスに質問する。


「何故クレア様の派閥に入りたいのでしょうか?」


「あなた、男爵家でしょう? そんな下級貴族一人ではクレア様も大変でしょう? ですから、私達がクレア様の派閥に入ってあげると言っていますの。クレア様を助けて差し上げるんです」


「なるほど」


 要は取引みたいなものだ。

 クレアは派閥を拡大する代わりに、エリザベスはより大きいトップを添えて成り上がりたい。

 一見クレアとエリザベスの利害は合致しているように見える。加えてもう少しでパーティーがある。マーガレットの派閥と対抗するためにも、派閥を大きくするのはいい選択に思える。


 しかし──


「お断りいたします」


 私はそれを断った。


「なっ!?」


「エリザベス様のお誘いを断るつもり!?」


「私たちはあなた達の為を思って言ってるんですのよ!?」


 私が断るとは思っていなかったのか、エリザベスもその取り巻きも驚愕している。

 私みたいな男爵家は泣いて喜ぶと思っていたのだろう。

 流石に、甘く見すぎだ。


「私達のため、ですか……?」


 私は彼女たちから発された言葉に至極不思議そうに考える振りをすると、ニッコリと笑って首を傾げた。


「メリットを挙げて取引の形にしたいようですが、要はあなた達、派閥を乗っ取りたいだけですよね?」


「……っ!?」


 エリザベスは図星を突かれたような表情になった。

 いかにもメリットがあるように宣言しているが、エリザベスの本音は手に取るように分かる。

 これは私が商会を運営していて、何度も遭遇したやり方だったからだ。


 エリザベスはクレアという公爵家をトップに据えて自分の派閥の勢いを上げたいだけだ。

 クレアの派閥はクレアと男爵家の私しかいない。そのため派閥の主導権をエリザベスが握るのは容易い、と考えているのだろう。正直言って本音が見え見えだ。

 そのため私はエリザベスの言葉を断ったというわけだ。

 それに加えて派閥に入るとなるとクレアの秘密を守ることが難しくなるので、クレア自身も私と同じく断っていただろう。


「そっ、そんなことは……」


「たかが男爵家如きには分からないと思いましたか?」


「っ! 男爵家風情のくせに! 私の誘いを断るなんて頭が高いですわ!」


 図星を突かれ、更には男爵家如きに挑発混じりに誘いを断られたことから、エリザベスは激昂して手を振り上げた。


(しまった。殴られ……)


 私は次の瞬間平手打ちされることを予想して目を瞑った。

 しかしいくら経っても頬に衝撃はやってこない。

 恐る恐る目を開けると、そこにはクレアがいてエリザベスが振り下ろした手を受け止めていた。


「えっ……!?」


 エリザベスの目が驚愕に見開かれる。


「これはどういうことですか? 何故私の派閥の人間が暴力を振るわれそうになっているのでしょう」


「ク、クレア様!? これは違うんです! 誤解です!」


 エリザベスは必死に言い訳を始める。

 しかしクレアは見え透いた言い訳を聞き入れる訳が無い。


「どうやらあなた達は私の派閥に入りたかったようですが……私の派閥の人間に暴力を振るうということは、私に喧嘩を売るということですよね?」


「っ!!」


「残念ながら、あなた方を派閥に入れることは出来ません」


「ま、待ってください! そこの男爵家如きが言ったことは全部妄想に過ぎませんわ! 私達は派閥を乗っ取ろうだなんて考えてません!」


 エリザベスは私を指差して必死に弁明する。ついでに私も貶された。


「男爵家如き? あなたは今から入る派閥の人間を貶すんですね」


「うっ……!」


「そんな人間は私の派閥には要りません。早くどこかへ行ってください」


「し、失礼しますわ……!」


 もうクレアの派閥に入ることは無理だと悟ったのか、エリザベスの派閥は足早に去っていった。


「待ちなさい」


 しかしクレアはその後ろ姿を呼び止めた。

 そしてエリザベスに近づくと、力強く睨んだ。


「彼女は私の大切な派閥の仲間です。二度と貶すことは許しません」


「わ、分かりましたわ……」


 有無を言わさぬ迫力にエリザベスはコクコクと頷く。

 去り際にエリザベスが睨んでくる。私のせいでは無いので逆恨みしないで欲しい。


「ありがとうございますクレアさん……」


 私はクレアにお礼を言う。


「ああ、大丈夫だ。そもそも派閥に入れる気なんて無かったから、断る口実ができて助かったよ」


「お役に立てて光栄です。それにしても、私をそんなに大切に思ってくれてたんですね……」


 私は感慨深くポッと赤く頬を染めて手を当てる。

 すると今になって思い返すと恥ずかしくなってきたのか、クレアは焦ったように弁明し始めた。


「ち、違うぞ! これはあいつを脅すためで……!」


「『彼女は私の大切な派閥の仲間です。二度と貶すことは許しません』キザすぎる台詞ですけど、格好良かったです……」


 私はキリッとした表情でクレアの言葉を繰り返し、またわざとらしく頬を染めた。


「だから違うって! これからお前を馬鹿にされてたら俺まで舐められるから強めに釘を刺しただけで……」


「はいはい。分かってますよ。“大事な仲間”ですからね?」


 大事な仲間、という言葉を強調する。


「なっ!? もういい! せっかくお前の為にやってやったのに恩知らずめ!」


 クレアは怒って歩いていってしまった。


「あー……、やっちゃった」


 しまった。流石にやり過ぎた。

 私は照れ隠しのために少しからかい過ぎてしまったことを反省する。


「明日きちんと謝ろう」


 商会のスイーツを奢ろう。

 私はそう決意すると、帰宅のために振り返る。

 そして、私はふと気づいて頬に手を当てる。

 頬がまだ熱い。


「あ、あれ? もういいのに……」


 手でパタパタと仰ぐが、熱は全く収まる気配がない。

 その後しばらくの間、クレアをからかう為の演技だったのに何故か未だ熱くなったままの頬をなんとか治そうと奮闘した。


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