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1章 メッセージ(4)

 油断した。シャハンは、過去の自分を呪った。何故最終確認をしなかったのだろう?

 初めて建造された恒星間宇宙船Galaxiaは、エネルギー発生装置の寿命が尽きない限り、半永久的に内部環境を維持し、飛ぶことができる。船内環境は、船外とは別に独立的に循環・維持することができる。それは、火星が長年研究開発を続けて来た都市用ドーム技術の結晶でもあった。

 ただ、一つだけ欠点がある。小さな太陽と惑星とをひとつの船に納めたかのようなこの船の最大収容人数は、たったの1名だけ。火星側が、収容人数を増やすことより、とりあえずの建造を優先させたためである。ただ、それは地球側も了承したことではあった。一度仕上げて全体的なバランスを見たい火星側と、とにかく一刻も早く恒星間宇宙船ができるのを見たかった地球側の思惑が上手く一致したのである。

 火星が、そのたった一人の乗員を地球人にしたいと言い出した時、地球に異存は全くなかった。火星が珍しく譲ってくれたのだと地球人の一部は捉えたが、無論、火星人はそんな「お人好し」からは、ほど遠い。

 火星は、何らかの思惑があって、Galaxiaの乗員を地球人にしたがっているのだ----そのくらいのことは、シャハンも地球にいるホーファーも十分承知していた。それでも構わなかった。火星が何を考えるにせよ、恒星間宇宙船の初めの乗組員が地球人であるのは、地球としても悪い話ではなかった。

 けれども。

 最初の乗員が10歳の少女となれば、話は別である。

 火星局が地球連合府と協議して提出した候補者リストには、当然ながら、彼女は入っていなかった。シャハンたちは、そのリストの中から乗員が選ばれると思い込んでいた。だが、よくよく思い返してみれば、火星側は、リストの提出を求めはしたが、一言もそこから選ぶとは言っていない。

 火星へ来て10年余り。火星人たちと長く接しているうちに、ある種「分かっている」ような錯覚に陥っていたのだと思い知らされる。初めの頃は、何か意見を一つ言うにも、ひどく神経を使ったものである。どんな意見を出しても、常に「通らないかもしれない」ことを念頭に置いて行動していた。

 ところが、実際プロジェクトを初めて見ると、思いの外、火星人たちは、地球人のアイディアを多く受け入れた。受け入れられない場合は、大抵、彼らはその場ですぐに理由を添えて却下する。それにあまりにも慣れすぎた結果、候補者リストを火星側が受け付けた時点で、てっきり受け入れられたと思い込んでしまったのである。

「うかつだったわ」

水嶺がため息をついて言った。

「君のせいではない。私の責任だ」

巻き返さなくては。シャハンが言う。

「幸い、話はホーファーのところでまだ止まっている。今なら、差し替えても大きな問題は起こらない」

「それはそうだけれど」

水嶺は用心深く言った。

「期待はしない方がいいかもしれない」

地球人とは異なり、火星人は対人的な影響の大きさを気にしない。

「私たちが出した候補者リストは、申し分ないものだったはずよ。このプロジェクトに関する限り、火星側は、かなり地球側の要望を考慮してくれている。にも関わらず、あのリストを使わなかったということは、それ相応の理由があるということ。それを突き崩すのは、容易ではないわ」

水嶺は、地球人の中で、いちばん火星人のことをよく理解している。唯一、火星の首府コードリアルへ踏み入れることを許可された人間であり、火星人たちが最も----そしてひょっとしたら唯一かもしれない----信頼している地球人である。

「とにかく、やるだけやってみよう。ファリス、ナーナリューズは?」

「オフィスにいます」

ファリスが答える。二人は、ナーナリューズのオフィスへと向かった。


「ほうらね」

ナーナリューズのオフィスに来ていたロスハンが言う。言った通りだろう、と。訝しげなシャハンと水嶺に、愛想の良い笑顔を向けた。

「そろそろ君らが来る頃だと思ってね」

「乗員の件か」

ナーナリューズが言った。

「そうだ。こちらが出した候補者の何に問題があった?条件をもう一度言ってもらえば、再度こちらで選定しなおすが」

「無駄だと思うよ」

脇からロスハンが口を挟んだ。

「その条件こそが問題なのだろうから」

「ロスハン、」

ナーナリューズが手を上げてロスハンを制した。

「リストに載っていたのは、22歳から30歳までの地球人だけだった。能力的には申し分ない。だが、私らに必要なのは『可能性』だ。彼らは出来上がってしまっている」

「だからといって、10歳の子供を乗り組ませるのか。それもたった一人で」

「ホーファーから話を聞いて来たのなら、私の答えも分かっているはずだが」

「いくらバックアップ体制を組んでも、遠い火星からでは、すぐに助けてやることはできない。無意味だ」

「それは、誰を乗せても同じことだ。10歳の子供だろうが22歳の大人だろうが、乗員の負うリスクは同じだろう?」

「10歳だぞ。10歳。まだ親の庇護が必要な年齢だ。身体的にも精神的にもまだ未熟で、知識も足りなければ、判断力だってまだ十分に備わっていない」

シャハンが言い募る。

「少し落ち着いたらどうだ。君もホーファーも、何故たったこれだけのことで冷静さを失うんだ。言ったはずだ。出来上がっていないからこそ、子供を選んだ。確かに、10歳はぎりぎりのラインだ。これ以上幼ければ、さすがに状況認識が上手くできず、航行にも差し支えが出るだろう」

「たったこれだけ、だと?」

頭が痛い。二の句を告げなくなってしまったシャハンに代わって、水嶺が言った。

「ナーナリューズ、地球人にとって子供というのは、本当に大切なものなの。親は、時に子供のためなら自らを犠牲にすることさえ厭わない。そういう存在よ。このまま押し切れば、地球人は、きっと火星を恨みに思うでしょう」

「その割には、存外犠牲にして平気でいるようだが。飢餓時には食・・・」

「個別の話じゃない。全体の話だ。大体時代が違うし、そもそも、子供の犠牲に対して平気でいるわけでもない」

「シャハン、地球人は、君が思うよりずっと変化に富んでいる。もし知りたいと思うなら、ファリスがデータを持っている」

シャハンも聞いていないわけではない。過酷な環境にあるドーム外では、子供の犠牲が多い、と。

 水嶺が言った。

「確かに、子供に対する姿勢は、時代や環境によって大きく変わるわ。でも、今現在、大多数の地球人はドーム内に居住しており、安定した生活環境下にあって、人々は、子供を大事に思ってる。彼らが反発するのは確実よ。プロジェクトのおかげで、少し地球人の火星に対する感情は和らぎつつある。でも、今10歳の子供を乗員に据えれば、そんなものはすぐに消し飛んでしまう」

「これで消し飛ぶ程度のものなら、どのみち大して意味もない。地球側の感情は、考慮できる範囲で考慮はする。だが、それだけで話は決まるものではない」

「しかし、ここで地球側の感情がこじれさせるのは、プロジェクトの目的から外れるだろう」

ようよう、シャハンが言った。ナーナリューズはにべもない。

「君らの感情は常に安定しない。一時的な変化を追うのは無意味だ」

「かつて、君はこのプロジェクトにより地球と火星の協調可能性を探ると言ったな。協調性というのは、小さな積み重ねからなるものだ」

「シャハン、水嶺。君らの持っている材料がそれだけなら、諦めた方がいい」

不意に、これまでじっとやりとりを見守っていたロスハンが言った。

「その程度のことなら、ぼくが既に言った」

驚いてシャハンと水嶺がロスハンを見る。ロスハンは、もたれていた壁から身を起こした。

「地球人の対火星感情の悪化は、ぼくの仕事を進める上では歓迎できないからね。でも、駄目だった。今必要なのは『覆すに足る材料』だ。君らがそれを持っているんじゃないかと少し期待したけど、ないなら仕方がない」

「仕方がないといって・・・それで、諦めるのか」

シャハンの言葉に、ロスハンは小さく肩をすぼめた。

「材料がない以上、粘っても無駄だ。ついでに言っておくけど、ぼくをあてにしても駄目だよ。水嶺なら良く分かっていると思うけど、専識者は、汎識者の決定に従う、それが火星のルールだ」

「従うだけなら、専識者がいる意味がないだろう」

シャハンが食い下がる。だが、ロスハンはそっけなかった。

「専識者は、汎識者が決定するための材料を提出する。それが仕事。ぼくは、地球人を知る専識者として反対意見を述べた。採用するかどうかは、ナーナリューズが決めることだ」

沈黙が降りる。ややあって、水嶺が言った。

「行きましょう、シャハン」

「水嶺!」

シャハンが咎めるように水嶺を見る。が、水嶺は静かに首を振った。

「あなたも知っているでしょう?どれほど時間をかけても、情熱を傾けても、火星人にそれが届くことはない。火星は、10歳の子供の未熟さと柔軟さ、そして恐らく可変性を要求しているの。それと同等もしくはそれ以上の何かを子供以外で出すのは、事実上不可能よ。それなら、せめて彼女が安全に航行できるように、彼女の負担が少なくなるように手を尽くしましょう」

 どこまで行っても。

 シャハンは思った。結局やはり地球は火星の支配を逃れ得ないのだろうか。

 長年つきあって、火星人もそう悪い連中ではないと最近思うようになっていた。彼らには、人間によくある「悪気」や「悪意」といった類いのものがない。だから、ある意味シャハンは彼らが好きだった。ただ、彼らは、人間の気持ちに著しく鈍感である。鈍感、というより、認識することはあっても、考慮にいれる気が全くない。シャハンが見る限り、それが、ほぼ唯一にして最大、そして致命的な欠点である。

 期待してはいけない。今一度自分にそう言い聞かせる。彼らは、あくまで支配者であって、対等な「友人」ではない。

 分かっていたはずのことなのに。

 何故かは分からない。ひどく胸が痛んだ。

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