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1章 メッセージ(2)

 やはりこうなるわけか。

 ナーナリューズが何やら皆に伝えているのを遠く聞きながら、シャハンはひとりどんよりとため息をついていた。干渉電波は悪くない。太陽系外からのメッセージも嫌いではない。けれども。

----何故、今なんだ----

 せめてあと5日、いや、3日でいい、電波の到達が遅いか、解析に時間がかかってくれていれば、ウェイの成人式に顔を出せたのに。

 干渉電波問題が起こった時点で、薄々とは感じ取っていた。太陽系外から人為的な電波が届いたとあれば、「太陽系外宇宙有人探査プロジェクト」の看板を掲げている以上、当然、シャハンのプロジェクトの管轄になる。早晩、休暇どころでなくなるのは、目に見えていた。

 見えていた、けれども。

 何もこんなに早々と解析を完了しなくてもいいじゃないか。

 シャハンは思った。

 どんよりとしたシャハンをよそに、地球人スタッフたちは、色めき立っている。太陽系外から送られてきた電波。解析の結果、それは、知的生命体が宇宙へと送り出したメッセージであることが判明した。初めて確認された太陽系外生命の痕跡である。皆が興奮するのも無理もない。

「ファリス、メッセージの再生を」

ナーナリューズがファリスに指示する。ファリスは、火星のコンピュータ・ネットワーク群で、ドームの管理維持を初め、各種製造ラインの管理、データ解析等、幅広い作業をこなしている。

 やや低い、どこか奇妙な男性の声が響いた。

「2、3、5、7、9、11、13、17・・・97、2、3、5、7、9、11、13、17・・・97、2、3・・・・97」

ゆっくりと、機械のように、奇妙な数字の羅列を数え上げる。三度繰り返した後、更に台詞が続いた。

「こちらは、惑星カヌ=ヌアンのデム。ニーメの惑星へ問い合わせる。誰かいますか?反応を求む」

 地球人たちは、驚いて互いに顔を見合わせた。イントネーション等多々奇妙な点はあるが、おおむね、火星語に近い。

「冒頭は、素数だな」

オードがぼそりとつぶやいた。

「素数25個の繰り返しだ」

「宇宙の挨拶ってところね」

電波の解析に携わったアシャンが言った。

「今流れたのは音声データの方だけど、それより先に電波のオンオフを使った素数リストがついていたわ。これがあれば、自然発生した電波ではないことを示せる。でも、それより問題なのは、後ろの部分よ」

それは、誰もが同感だった。地球や火星以外に知的生命体がいる可能性は、もう随分前から指摘されていた。もし、存在するのであれば、その生命体が電波でメッセージを送って来ることがあっても不思議はない。だが、そのメッセージが太陽系で用いられる言語で構成されているとなれば、話は別である。

「いちばんありそうなのは、こちらからの電波をカヌ=ヌアンの生命体が解析し、メッセージを送ってきた、というケースだ」

オードが言った。

「こちらからの電波といっても、何も送っていないと思うが。まあ、火星の連中が勝手に送ったなら別だけど」

とタリー。水嶺が言った。

「私は聞いたことがないけど・・・何か聞いてる?シャハン」

「私も特には聞いていないが」

シャハンが言った時、レグス15が珍しく口を開いた。

「こちらからは、何も送っていない」

レグスは火星人で通信の専識者である。

 火星人は、大きく二つに分けることができる。特定分野について詳しく、それを追究するのが仕事の専識者と、より広範囲な知識と関心を持ち、プロジェクトの企画・立案や総合的な解析、決定を行う汎識者である。例えば、ナーナリューズは汎識者、他方ロスハンは、彼の「仕事」がどういうものかはっきりしないものの、一応地球人関係の専識者らしい。

「別段、そのつもりで送らなくても出て行くのが電波だからな」

とオード。アシャンが反論した。

「都市のドームは、電波を通さない。火星と地球や系内各基地間の通信は光通しを使っているから、外へもれることはないし」

 「光通し」というのは、「コンソルドー空間」と呼ばれる異空間を利用した通信である。これを用いれば、理論上、瞬時の通信が可能になる。実際には変換や送受信手続きの問題で、片道0.8秒ほどかかるが、それでも通常の電波を用いた通信とは別世界である。

「旧文明時代なら、電波はだだもれだったんじゃ?」

一人が言う。グレンが反論した。

「それにしては、このタイミング、というのは変だろう。旧文明が崩壊して、少なくとも150年以上は経っている。カヌ=ヌアンまでの距離が30光年余だとすると、往復70年程にしかならない。そして70年前の地球はといえば、」

「沈黙の惑星だった」

オードが言い、グレンは大きく頷いた。

「まあ、解析に手間取った可能性もあるが。それにしても地球からの電波が途絶えて何十年もたってから、通信を送って来るとはあまり考えられない」

「機材的な問題があって遅れた、とか?」

「いや、旧文明時代の電波に限る必要はないだろう。今でも、ドーム外でもある程度電波は利用されている」

喧々囂々、皆が思い思いの意見を言い始める。議論に熱中する地球人たちは、火星人スタッフたちがさっさと会議を終えて去って行くのにも気付かなかった。

「シャハン、議論がまとまったら後で報告を」

ナーナリューズが出て行きしな、シャハンにそうささやいた。プロジェクト初期のころは、火星人たちも議論の場に同席したが、ほどなくして参加しなくなった。地球式のなかなか前へ進まない議論は、彼らには、時間の無駄に思えるらしい。

 まとまったら、だと?シャハンは思った。まとまるわけがない。実のある議論をしようにも、そもそもの材料が少なすぎる。結局全て憶測でしかない。

 とりあえず、通常の電波を用いた通信と光通しの両方を使って返信を送ることにはなっている。しかしながら、光通しは、送信機と受信機をセットとして使うものであり、相手がこちらの送信機に見合った受信機を持っていなければ、受信は難しい。その点、通常通信であれば、向こうからメッセージを送ってきた以上、こちらからの返信を受け取る準備はできているはずである。

 ただ、カヌ=ヌアンまでの距離は、推定30光年余り。こちらの返信が届くまでに30年以上かかってしまう。相手は、それを受け取ってからまた返事を寄越すわけだから、真相がある程度分かるのに70年程度かかる計算になる。

 無論、火星人たちは、70年もの間待つつもりはさらさらない。早晩、Galaxiaを出すことになる。Galaxiaであれば、1年かからず結果を得ることができるだろう。もっとも、順調に航行できれば、の話ではあるが。本格的に恒星間を航行するとなれば、相当綿密な航行プランを練らなくてはならない。

 当分、地球へは帰れそうになかった。


「なあ・・・もう一つ、可能性があると思わないか?」

談話室で、カップを片手にタリーが言った。会議が引けた後、地球人スタッフの大半は、この談話室に流れてきて、まだ先刻の続きを論じている。

「天空の船・・・か」

一人が言った。

「そうだ」

タリーが頷く。

 天空の船。それは地球に伝わる伝説で、バリエーションは様々にある。共通しているのは、とにかく、船が巨大であること、空飛ぶ船----すなわち、宇宙船であることの二点である。

「確か、ある日天空から巨大な船が降り来て、人々に火を与えた、とそういう話だったよな」

「私が聞いているのは、旧文明時代、人々は巨大な船を建造した。そして宇宙へと旅立って行った、と」

「待った。船が来て、人々に文明を伝え、帰って行ったんじゃなかったか?」

「そして銀河が3度回った後、また戻ってくるんだろう?」

「戻ってくるとは聞いていないなあ」

云々、云々。この話が出ると、話がまとまったためしがない。

「面白いねえ」

言い合う地球人たちを眺めながらロスハンが言った。

「ぼくは、この話を聞くのはもう14回目だけど、相変わらずまとまるでもなく、変わるでもなく、同じところをぐるぐる回っている」

「まあ、雑談だから」

水嶺が言う。

「君は?そういえば、君は天空の船の話はしないね」

「そうね・・・研究者の間では、旧文明時代の話とあなたたちが地球へやって来た話とが入り交じり誇張され、伝説化したのだと言われているけれど」

「今回の電波と関係があると思うかい?」

「分からない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。そういうあなたはどうなの?旧文明時代にカヌ=ヌアンと地球の間で交流があったかどうか、あなたたちなら知っているでしょう?」

「残念ながら、ぼくは知らないな。聞いたことがない。火星のデータベースにも記録はない。地球に関する情報は一通り目を通してあるけど、旧文明時代の地球については、ほとんど記録が存在しないんだ」

水嶺が知る限り、火星人は、極端に虚偽を嫌う。彼らは、情報を伏せることはあっても、ねじ曲げることはしない。

「信じられない?」

ロスハンが尋ねる。

「信じがたい話ではあるけれど、あなたは嘘をつかない。もし、記録が存在するのなら、あなたは、『データはあるけど教えられない』と言うんじゃない?」

「ご名答。分かってくれてうれしいよ」

「でも、何故記録がないの?あなたたちは、地球の旧文明時代から火星にいたのでしょう?」

「古い時代のことは、誰も知らないんだ。いや、待てよ、一人だけいるか」

「そうなの?」

「多分、だけどね。でも、彼は絶対に昔のことを語らない」

ロスハンは言って、小さく息をついた。

「それは誰?」

水嶺の問いに、ロスハンは、どこか沈んだ表情で答えた。

「マルスだ。君は会ったことがないと思う。彼は、基本的に部屋から出てこないから」

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