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1章 メッセージ(1)

「いいね」

シャハンは顔をほころばせた。画面の向こうで、初等教育センターの制服を着た子供が二人、自慢げにポーズを作る。シャハンの双子の末娘、ミナとフィンである。

「よく似合っているよ」

「ねえねえ、お父さん、今度はいつ帰って来るの?」

よく似た顔が二つ、声を揃えてそんなことを聞いてくる。シャハンは、家族を地球に残して火星で仕事をしている。思うようになかなか帰れないため、実のところ、ミナとフィンに会えるのは、多くても年に二度、下手をすると一度も会えない年もある。

「そうだな・・・次の休暇は4ヶ月先だ。その時に」

シャハンは言いながら、「願わくば」と心の中でつぶやいた。画面の向こうでは、双子がつまんないだのなんだのと騒いでいる。お父さんは大事なお仕事をしているからね、と妻のシェリルがなだめるのを眺めながら、シャハンは内心、深いため息をついていた。

----大事なお仕事、か----

 大事といえば大事かもしれないが、時折、今でも思う。別に自分でなくてもいいのではないかと。それでも、自分はプロジェクトの地球側責任者で、なかなか火星から離れることができない。

「そういえば、あなた、ウェイは今年成人よ」

シェリルが言った。ウェイは、いちばん上の息子で、今年18になる。

「そうだったな」

「成人式、帰って来・・・」

シェリルは言いかけて、言い淀んだ。

「まあ、無理、だよね」

成人式は、大抵皆、家族・親族が集まって盛大に祝う。そこに父親がいないなどもってのほかである----のだが。

 火星へ来て10年余り。それきり子供の入学や卒業はもちろん、生まれる時も、側にいることはできなかった。シェリルが倒れた時も、2番目の息子のジュナが病気で生きるか死ぬかであった時でさえ。

 何やらだんだん腹が立ってきたぞ----シャハンは思った。いつもいつも地球と火星の都合に振り回されっぱなし。誰も彼もが好き勝手をしてくれるものだから、決まった休暇さえろくすっぽ取れない。

「いや、取るぞ。絶対取る。休みを取って帰るよ」

断固とした調子で言う。

「みんなは喜ぶでしょうけれど、大丈夫?」

無理しなくていいわよ、とシェリルが言う。

「成人式といえば、人生の一大行事だぞ」

きっと休みを取るから。シャハンはやけに張り切っている。そんな夫に苦笑しつつ、シェリルは、それでも当面、皆には黙っていようと思った。夫の「休暇を取る」という言葉ほどあてにならないものはない。

「それはそうと・・・」

シェリルが話を変えようとした時、不意にひどく画像が乱れ、音声が雑音に飲み込まれた。通信機の故障だろうかとスイッチを入れ直してみるが、上手く通信がつながらない。

 別の通信機を試してみる。これもやはりつながらない。

 シェリルはあきらめて、スイッチを切った。ほうらね。心の中につぶやく。直感が告げていた。この分では、きっと夫はまた休暇を取り損ねるのだろう、と。


 通信管制室は、いつになく慌ただしい空気に包まれていた。

「一体何があったんだ」

シャハンは、手近にいた人物に尋ねた。

「干渉電波だ」

短く相手が答える。

「干渉電波?」

「まだ詳しいことは分からない。通信衛星と各ドーム都市間の電波に強力な別の電波が干渉して、通信を乱している」

「連中か?」

「連中とは?」

思わぬところで聞き返されて、シャハンは思わず相手を見た。この手の問題が起きた時に連中、と言えば通常決まっている。"大地の守護者"を名乗る集団----反火星、反地球連合府を唱える者たちである。

 向こうもこちらを振り返る。ナーナリューズ。てっきり地球人だと思い込んでいた。厳密には、ナーナリューズ2である。何故か、5年前に名前が変わった。火星人は、時々名前が変わる。変わる、といっても、単に後ろの数字----歴数というらしい----が順に増えるだけである。何故変わるのか、ナーナリューズの名前が変わった時に尋ねたが、またいずれ、としか答えなかった。

「実は別人、ということはないよな?」

当時、思わず尋ねたシャハンに、いや、と否定しつつ、ナーナリューズはどこか面白がるような目をしていた。自分でも分かっている。馬鹿なことを言った、と。

「大地の守護者がまた何か仕掛けてきたのかと思って」

シャハンは言った。が、ナーナリューズは同意しなかった。

「そうではなさそうだ」

画面の一つを指差す。

「発信源は、この近隣ではない。まだ特定には至っていないようだが、少なくとも、太陽系内ではない」

「太陽系内ではないといって・・・」

「行こう、今ここで私たちに出来ることはない。もうすぐ問題の電波の分離ができそうだから、じきに復旧するだろう。可能なら人を回してくれ。電波解析ができる人間がいい。15分後に第2解析室へ。それまでには分離が完了するだろう」

ナーナリューズは言うと、部屋を出て行った。


 一応ざっとプロジェクトのスケジュールとシフトを確認する。現在、プロジェクトは、Galaxiaのテスト飛行の結果解析を終えたところで、小休止状態にある。エネルギー発生装置に若干の問題が見つかり、その修正を待っているのである。エネルギー発生装置を一旦停止させたので、次にGalaxiaが飛べるようになるまで、最低でも20日はかかる。

 そういう意味では、最も休みを取りやすい時期ではあった。皆考えることは似たり寄ったりなので、目下火星にいる地球人の数は少ない。火星にいる地球人の数が少なければ、トラブルが起こる率はぐっと低くなる。ウェイの成人式まで10日足らず。式の前後数日程度休みを取っても、罰は当たらないだろうとシャハンは思った。

 地球人スタッフのシフトを再度確認する。特に問題はなさそうである。皆各々、日時を調整して上手い具合に休みを取っている。ただし、一人を除いて。一人だけ、全く休暇申請を出していないスタッフがいる。シャハンは、小さく息をついた。

 水嶺(すいれい)。火星にいる地球人としては、シャハンに次ぐ古株である。彼女が火星へ召喚されたのは、弱冠16の時だった。以来、一度も地球に帰っていない。

「あら、シャハン」

部屋で資料を整理していた水嶺は、愛想良くシャハンを迎え入れた。

「やあ」

同じく部屋にいた火星人が、軽く手を上げる。

 ロスハン3。火星人の中では変わり種で、地球人の間を絶えずうろうろし、あれやこれやと首を突っ込んでくる。通常の火星人たちは、大抵無表情で冷ややかに見えるが、彼は地球人並に愛想が良く、人当たりも悪くない。ただ、「何を考えているのかよく分からない」というのが、地球人たちのもっぱらの評価である。

「資料整理か」

シャハンが言う。

「ええ、今の間にと思って。Galaxiaが航行に出たら、また忙しくなるから。でも、駄目ね。時間があると思うとなかなか進まない」

水嶺は言って笑った。お茶は如何?と茶を淹れにかかる。好意に甘えるか、とシャハンは椅子に腰を下ろした。

「で、君は手伝い?」

「いや、邪魔をしに」

ロスハンは笑った。仏頂面の火星人でも、笑うと意外と愛嬌がある。地球人に火星人の顔の見分けは難しいが、ロスハンだけは皆が見分けるのは、この表情によるところが大きいのだろう。

「放っておくとこのワーカホリックは、倒れるまで仕事をするからね」

時々息抜きさせないと、云々、云々。

「君が相手して欲しいだけじゃないのか」

「まあ、それもある。これがぼくの仕事だし?」

「仕事、ねえ・・・」

一体何の仕事なのやら?本人によれば、地球人関連の研究をしているのだという話だけれども。

「遊んでいるように見える?」

「有り体に言えば」

「キツイねえ。言うだろう?遊びも仕事のうちって」

「それは、子供の話だろう」

「あれ、そうなんだ」

ロスハンは、確認するように水嶺を見た。

「まあ、普通はそうね。たまに大人も使うけど」

水嶺は、カップを三つ運んで来ながら言った。

「ほら、大人でもいいって」

何が、というのでもない。ロスハンと話をしていると、だんだん頭が混乱してくる。相手は火星人なのだから、何かが変でも仕方がないといえば仕方がないのだけれども。

「それで、シャハン、どうしたの?」

水嶺が聞いてくる。

「ああ、ちょっと頼みがあって」

とシャハン。

「休暇を取るの?」

水嶺は勘がいい。

「長男のウェイが成人なんだ」

「ウェイ君が?もうそんなになるのね。おめでとう」

「成人と休暇に何の関係があるんだ?」

案の定というのか、脇からロスハンが首を突っ込んできた。水嶺が答える。

「成人は、地球では大きな行事なの。家族で揃ってお祝いするのよ」

「いつも悪いが、留守を頼めるかい?」

シャハンの言葉にもちろん、と水嶺が答える。シャハンは、君は休みは取らないのか、という言葉が喉まで出かかったが、辛うじてそれを飲み込んだ。規定の休暇すら取らない彼女である。ましてや、別途休暇申請を出すはずもなかった。

「そういえば、通信は復旧したのかな」

茶を飲みながらシャハンが言う。二人は初耳だったらしい。水嶺が言った。

「通信がどうかしたの?」

「太陽系外から干渉電波が来ているらしい。衛星からドーム都市への電波が攪乱されて一時期大騒動さ。気付かなかったかい?」

「ずっと部屋にいたから・・・でも、系外からって、一体どういうこと?」

「詳しいことは、まだよく分からない。とりあえず、分離作業中だ」

「解析待ち、だな」

ロスハンが言って、茶をすすった。シャハンが知る限り、火星人で茶を飲むのは彼くらいのものである。火星人たちは、通常、勧めても絶対に飲まない。もっとも、火星人に茶を勧めるような酔狂な地球人は、まず滅多にいないが。

 茶の類いだけでなく、火星人たちは、菓子類はもちろん、どんな食べ物も決して食べることがない。一体彼らが何を食べ、どうやって生きているのか、誰も知らない。

 ただ、例外的にロスハンだけは、勧められれば茶も飲むし、食事もする。量は少ないけれども。彼の舌は、恐ろしく精密で、一度教えると一口食べただけで、大体の材料と分量割合を当ててしまう。料理好きのキハが面白がっていろいろと実験していたが、ほとんど外すことはなかった。ロスハンからすれば、食べても内容が分からず、そのくせ、分からなくても平気で食べる地球人の方が不思議らしい。ともあれ、彼が「食べる」ところを見ると、恐らく火星人も食事をするにはするのだろう。

 最後の一口を飲み終わり、シャハンが礼を述べて出て行く。水嶺は、どこかやるせなくも見える表情を浮かべ、見送った。

「上手く休みが取れるといいのだけれど」

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