0章 プロローグ(2)
出来てしまった。
シャハンは、ぽかんとして白い宇宙船を見上げていた。白いなめらかな船体に、黒い字でGalaxiaと書かれている。
あれから12年。共同プロジェクトは、太陽系外有人探査プロジェクトとして正式に公開され、今なお現在進行形で着々と進んでいる。
まさか、追い詰められて口走った思いつきが、形になってしまうとは。
あの時、それは無理だと言うだろうと思っていた。が、ナーナリューズは、いともあっさりと、それにしよう、と決めてしまった。慌てて止めにかかったが、問題ない、と取り合ってはくれなかった。
「どうした」
何か問題でも?そう声をかけられ、振り返る。見れば、ナーナリューズが立っていた。
「本当に、出来てしまったんだなと思って」
目の前にあるのに、未だ実感がない。
「君が言ったんだろう。作りたいと」
「まあ、そうなんだが・・・」
「何かまずいことでも?」
「まさか。ただ、本当にできると思わなかったから」
「実現の見込みがないプランを出したのか」
痛いところを突かれ、シャハンがぐっと詰まる。
「悪かったよ。他に思いつかなかったんだ」
「別に責めたわけではない。確かめただけだ」
何故わざわざそんなことを確かめる必要があるのか、よく分からない。地球人と火星人では、気にする場所が大きく違うらしく、10年以上たった今でも、予想外のことを言われて戸惑うことがよくある。
橋架を抜けて、Galaxiaへと乗り込む。Galaxiaのコントロール・ルームである中枢室には、既に大勢のスタッフが詰めかけていた。もっとも、その大半は地球人で、火星人は数えるほどしかいない。
「システムDによるロック、解除します」
脇の方でスタッフが告げる。カウントが0を刻んだ時、次々とランプが灯り始めた。
とりあえずは順調。皆は思った。が、いくら待っても、Galaxiaがうんともすんとも言わない。
Galaxiaは、人と会話できるように作られている。本来なら、ここで何か一言あってしかるべきところである。
シャハンは、少しばかり心配になった。Galaxiaの頭脳は、元々、太陽系外有人探査プロジェクトとは別のプロジェクトが開発を進めていた。疑似人工脳作成プロジェクト。人間に近い、人間のように発想できる頭脳の作成、それがプロジェクトの目的だった。
だが、このプロジェクトは3年ほどで問題が起こり頓挫する。中心、というより、ほとんど一人で担っていたタブラン・チェスフ----彼は地球人である----が、火星人を殺し、小型艇を奪って宇宙へと逃亡してしまったのである。
チェスフが奪った小型艇は、木星近くで発見された。全てのデータは当然の如く消去されていた。変わったことといえば、チェスフがいつも着ていた服のボタンが一個、引きちぎられた風で座席近くに落ちていたことくらいのものだった。火星人たちは、丹念に周辺を探したが、何も見つからなかった。結局、チェスフの事件は、未解決のままである。
その彼が残したのが、Galaxiaの基だった。チェスフは、基礎部分は完成したと言っていた。しかし、それは、今まで見たこともない作りをしており、何にも反応しない、「でくの坊」としか言いようのない代物だった。
皆がざわめきだした時、最前列から澄んだ声が響いた。
「初めまして、Galaxia。気分は如何?私は、太陽系外有人探査プロジェクトのスタッフ、水嶺。皆に挨拶してくれないかしら?」
皆が固唾をのむ。なめらかで中性的な声が響いた。
「失礼しました。初めまして、水嶺、皆さん。私は、恒星間宇宙船Galaxiaです」