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4章 裏切り(1)

 そろそろ時間である。フューラは、再度配管図を確認した。船内に張り巡らされたダクトは、まるで巨大な立体迷路のようである。

 Galaxiaの内部には、至るところにGalaxiaの「目」とも言えるカメラやセンサが設置してある。船の検査・修理用の通路でさえ、例外ではない。これは、船が乗員を見失わないためのシステムである。

 船の目をかいくぐって船内を移動したければ、ダクトを使う他はない。勝負は、ほんの一瞬だろう。船がこちらに気付いて手を打つより先に乗員を押さえられなければ、全てはそこで終わる。

 これからしようとしていることを思うと、全身に震えが走る。押さえ込んだ恐怖心は、隙あらば膨れあがり、襲いかかろうと待ち構えている。

 自分のすべきことを再度頭の中でそらんじる。大丈夫、今まで何度も訓練して来た。訓練通りやれば、行けるはず。

 これは、地球人にとって希有の機会。危険を顧みず助けてくれた皆のおかげで、今、自分はここにいる。それをみすみす水泡に帰すわけには行かない。

----神様・・・!----

祈るように心が叫ぶ。戒めようとする自身を振り解いて。

 フューラは、ぎゅっとナイフを握り直した。


「ご苦労さん」

愛想良く火星局局長のヌヴェリャ・ホーファーが手を上げた。

「全くだ。こんな時期に下らん会議を入れて」

シャハンが怒る。

「まあまあ、そう怒るなって。どうせいずれ必要だったのだし。早い方がいいだろう」

しれっとホーファーが言う。

「ナーナリューズの差し金か」

「何のことだ?」

「隠しても無駄だ。一体奴は何を考えているんだ。地球人を遠ざけるための会議だろう?おかしいと思った。こんな時期に会議だなんて」

早口にまくしたてるシャハンをホーファーはじっと見、小さく肩をすぼめた。

「何をそんなに怒っているんだ」

「これが怒らずにいられるか。何故私に言ってくれなかった」

シャハンの言葉に、またホーファーがじっと見つめる。2秒ばかりの沈黙の後、シャハンはほうっと息をついた。

「それもナーナリューズの指示か」

「有り体に言えば。それに、君はすぐ顔に出る。嘘が苦手だし。知っていてもどの道どうすることもできないのなら、知らない方が幸せだ」

「だが、私は一応責任者だぞ。知りませんでしたではすまない」

「大丈夫だ、奴さんが何を企んでいるか、私も全然知らないから」

ホーファーの答えに、シャハンは身体中の力が抜けるのを感じた。全く楽天家なんだから。まあ、そうでなくては、火星局の局長など務まらないわけだが。前任者ルカスが選んだだけのことはある・・・のかもしれない。

「それより、水嶺は?ゲストで参加するはずだろう」

「彼女は参加する気はさらさらないぞ」

「どうして?要請は出したはずだが」

「その要請はゴミ箱に直行だっただろうな」

はあ。今度はホーファーがため息をつく番だった。

「彼女がこんな下らない会議に出るわけがないだろう」

とシャハン。

「なら、せめて返事を寄越すべきだろう」

「下らなさすぎて返事を出す値打ちもない、ということだろうよ」

「火星人並に面倒だな」

ホーファーは言って、頭をかいた。

「しかし困ったな。どうやって水嶺を管制室から引き離そう」

「多分、その必要はないだろう」

「どういうことだ?」

「とうに何かに勘付いてナーナリューズのところへ行ったようだ。ロスハンの話では、『ものすごく怒っていた』と」

「怒っても仕方がないんだがな」

ため息交じりにホーファーが言う。火星人がこうと決めたら、地球人には打つ手がない。シャハンもホーファーも、今までの経験でそれを嫌と言うほど知っている。

「まだ若いからな」

とシャハン。どうにも気が重い。

「水嶺が怒るくらいだから、相当ひどい話なのだろう。覚悟は決めておいた方がいいかもしれない」

シャハンの言葉に、ホーファーも沈んだ声でそうだな、と頷いた。火星人がGalaxiaから地球人を遠ざけ、水嶺が何やら怒り狂っている、となれば、何が起こりつつあるかは、なんとなく想像はつく。

「最悪の事態だけは避けたいが」

ホーファーが言う。とはいえ、心配していても始まらない。

「では、13時に」

どんよりとしてシャハンが出て行く。それをホーファーもどんよりと見送った。


 環境系から上がってきた異常報告に、Galaxiaは、ひどく嫌な予感がした。火星を発って以来、どうも環境系が安定しない。特に二酸化炭素還元ユニットの稼働状況は、予測より高い状態を維持し続けている。いくら出発時に人の出入りが多かったとはいえ、もういい加減に落ち着いてもいい頃である。

 そこへ来て、今度は、ダクトに何かが詰まったという情報が上がってきた。微細なゴミなら、風で飛ばされ、所定の場所で自動的に取り除かれる。それで取り除けないほど大きなゴミとなれば、別途掃除用ロボットを送り込んで取り除く必要がある。

 やれやれ。

 Galaxiaは、ロボットに指示を出しながら、内心ため息をついていた。航行開始間もないというのに、ダクトに詰まるほど大きなゴミが出現するとは。どこかの部品が壊れて風に飛ばされて詰まったか、ダクト自体の壁が破損してそれが風で飛ばされたのか。しかも、奇妙なことに、このゴミ、少しずつ移動しているらしい。

 暗いダクト内を照らしながら、掃除用ロボットがダクト内部を進んで行く。ダクト内部には風圧センサや風向センサはあるが、カメラの類いがないので、ロボットに取り付けられたカメラで中を覗く他はない。角を曲がったところで、奥の方に黒っぽい物体が見えた。ダクトをあらかた塞いでしまっている。赤外線が感知できるところを見ると、どうやら温度を持っているらしい。部品や剥落した壁の類いであれば、こんなに熱を帯びているはずがない。温度だけを考えれば、何かの生物のようである。食料用の生物が逃げ出したのかもしれない。それにしては、少々サイズが大きすぎるのだけれども。

 ともあれ、このままダクトを詰まらせておくわけには行かない。ロボットを更に進めたところで、奇妙なことが起こった。その物体が不意に消えたのである。

 Galaxiaは、更にロボットを進め、辺りの様子を探った。ロボットのセンサやカメラの性能が今一つ頼りないのがじれったい。もし生物が逃げ込んでいるのだとしたら、捕まえるのは、簡単ではない。

 さて、どうしたものか。Galaxiaが思った時、あり得ないデータが飛び込んで来た。突如、通路に人間が----無論、わかばではない、Galaxiaの全く知らない誰か----が出現したのである。

 こんな事態は、全く想定していない。当然、どう対応すべきかも、分からない。その人物は、0階通路の通風口から飛び出してくると、素早い動きで0階各部屋の扉を次々と開け放ち出した。

「誰です?」

Galaxiaが声をかけるが、反応しない。どうやら地球人女性のようである。プロジェクトのスタッフや火星局の人間とはデータが一致しない。

「わかば、人がいるのですが」

Galaxiaは、育成室で水槽の魚を追い回していたわかばにそう声をかけた。

「人?」

意味が分からず、わかばが問い返す。

「ええ。火星に問い合わせた方が・・・」

Galaxiaが言いかけたところで、問題の人物が育成室に飛び込んで来た。

 わかばが手にした網から魚が飛び出し、床へと跳ね落ちる。あっという間に、その人物はわかばを後ろ手に拘束し、そののど元にナイフを当てていた。仰天したGalaxiaが思わず尋ねる。

「一体何を・・・!」

「火星との通信を全て止めろ。いいか、一切何も送信するな。機器の稼働データも全て、だ。お前の挙動は、私の仲間たちが監視している。もし送信したら、」

女は、ぐい、とナイフをわかばの首に押し当てるようにして言った。

「この子の命はない」

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