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3章 潜むもの(5)

 話を聞き終えたロスハンは、しばし無言だった。地球人と関わりの深いロスハンにとっては、聞くだけで気分が悪くなるような話である。

 Galaxiaを囮に「大地の守護者」が密かに根を張った小惑星帯の基地の場所を突き止め、破壊する。それが、ナーナリューズが防衛局と共同して進めている作戦。技術の粋を集めたGalaxiaの能力を思えば、「大地の守護者」が食指を動かさないはずはない。

 例えば、Galaxiaに搭載している空間跳躍----コンソルドー跳躍と呼ばれるが----装置は、使い方次第で強力な武器になる。原理としては、通信で用いられる「光通し」と変わらない。こちらの現空間のあらゆる点に対し1点で接触するコンソルドー空間を利用し、現空間の離れた場所へと物体を移動させる。この装置は、人工的な空間歪曲を引き起こすため、「空間を引き裂いて」物体を破壊することも可能である。

 Galaxiaだけなら、囮にしたところでそう問題はない。最悪、船を失うことになるかもしれないが、船はまた作ることができる。しかし、今回はテスト飛行とは異なり、子供が乗っている。地球人が計画を受け入れるはずがない。それ故に、ナーナリューズは地球人を遠ざけた。上手く行けば、彼らは何も気付かず、何も知らぬまま過ぎるかもしれない。本当に、全てが上手く行けば、の話ではあるが。

 そんなことが本当に可能なのだろうか。完全に専門外だと分かってはいても、ロスハンは、それを思わずにはいられなかった。

 地球人たちに完全に情報を伏せる困難さもさりながら、計画を成功させること自体、簡単ではない。基地を破壊することはできるだろう。けれども、こちらのプロジェクトにとっては、Galaxiaと乗員を無事回収できなければ、意味がない。

 イレニスは、特殊艦を飛ばしているが、それは基地を叩くためのものであって、Galaxiaを守るためのものではない。他方、Galaxiaの制御権を完全に奪われれば、非常に厄介なことになる。空間歪曲に対抗する手立ては、現在のところ存在しない。ナーナリューズは言わなかったが、恐らく、Galaxiaには自爆装置が積んである。

 狭いクレバスの隙間をぬって飛行するような作戦である。Galaxiaの敵は、「大地の守護者」だけではない。味方であるはずの防衛局も、果ては、管制室さえもが、ある意味船を「裏切って」いる。イレニスは、Galaxiaにためらうことなく攻撃をしかけるだろう。仮にそれをやり過ごせたとしても、制御権を「大地の守護者」たちが握っているようであれば、最終的にナーナリューズが自爆装置を作動させるに違いない。

 火星人の感覚では、特に問題のない計画であり、作戦だが、地球人にとっては、決してそうではない。もし失敗すれば、話を伏せておくことはできなくなる。そうなれば、地球人たちは、今後一切の協力を拒否し、プロジェクト自体が成り立たなくなる可能性もある。もっとも、たとえ失敗したとしても、ナーナリューズは、地球人に事実を知らせるつもりはさらさらないのだろうけれども。

 早い段階で自分に相談してくれていれば、意見を言うこともできた。けれども、今となっては何を言っても無駄である。ナーナリューズが自分に相談しなかったのは、地球人がどういう反応をするのであれ、計画を実行するつもりだったからなのだろう。そうであれば、ロスハンとしては、沈黙する他はない。

「Galaxiaの飛び方に異変が起きた」

不意に、管制室からそう連絡が入った。

「すぐ行く」

ナーナリューズが答える。そこへ、今度はファリスが割り込んだ。

「ナーナリューズ、イレニスからの通信です」

「大もてだな」

ロスハンが小声でつぶやく。火星人の間でこうした軽口は、通常意味をなさない。案の定ナーナリューズはそれを黙殺し、軽く手を振ってファリスに通信をつなぐよう指示した。

「船に気付かれたようだ」

イレニスは、開口一番言った。

「どういうことだ。艦隊は下げてあるのだろう?」

Galaxiaから視界異常の問い合わせを受け、イレニスには船に近づき過ぎないよう警告を出してある。

「もちろん、かなり下げた。だが、船が急減速をかけたんだ。恐るべき減速力だな。おかげでこちらの対応が間に合わなかった。どこまで船が認識したか分からないが、とにかく、今度はものすごい勢いで加速して、水をあけられつつある」

「分かった。Galaxiaと話をする。後ろにいるのが火星の艦隊だと告げた方がいいだろう」

「任せる」

イレニスが言い、通信が切れた。

「Galaxiaの状態は?」

管制室へ入りながら、ナーナリューズが尋ねる。

「計器等のデータはオールグリーン。船体に異常はない。ただ、既に予定速度の162%を超えている。現在の加速を続けた場合、85分後には警戒速度に達する」

「船からの連絡は?」

「まだだ」

報告を受けて、ナーナリューズは矢継ぎ早に指示を出した。

「ファリス、防衛局と通信オープン。Galaxiaからの全データをシンクロ配信。ドゥイズ、船を呼び出せ」

「防衛局との通信を開始。Galaxiaからの全データの同時送信、開始しました」

ファリスが言い、やや遅れて、Galaxiaの声が管制室に響いた。

「何です?」

これは相当怒っているな----ロスハンはそんなことを思った。もっとも、通常、火星人は、相手の口調の変化など気にしない。口調も語調も表情も、火星にあっては、基本的に無意味である。地球人たちがいるので、そういうものがある、ということくらいは認識されているが、といってそれを考慮する必要があるとは、露ほども考えていない。火星人の中で、相手の口調や表情、その奥にある感情の動きに注意を払うのは、ロスハンくらいのものである。

 その意味では、Galaxiaは、火星で作られた船でありながら、火星人よりむしろ地球人に似ていると言えるだろう。Galaxiaには、感情がある----少なくとも、そうであるように見える振る舞いをする。頭脳の基本を作ったのが、地球人であるタブラン・チェスフであり、育てたのが水嶺であることを思えば、当然といえば当然かもしれない。

「逃げる必要はない。君の後ろにいるのは、防衛局の艦だ」

ナーナリューズは、いつに変わらぬ口調で言った。

「ならば、何故隠そうとするのですか?そもそも、一体何故ついて来ているのです?」

「必要に応じた措置だ」

「はぐらかさないで下さい。何のためについて来ているのです?」

「それについては、答えることはできない」

「ナーナリューズ!一体あなたは何を企んでいるのです?」

「私の考えを探るのは君の仕事ではない。自分の仕事に専念したまえ。必要な情報は与えた。後ろに続く艦から逃げる必要はない。そうである以上、現在速度は、リスクとのバランスにおいて早すぎる。君はこの件について対処すべきだ」

 火星人なら、これで納得して引き下がるだろう。けれども、相手はGalaxiaである。ロスハンは、そっと水嶺の様子を窺った。水嶺は、Galaxiaのデータを刻々と表示するスクリーン群をじっと見つめている。その顔は、真っ白で、人形のように無表情だった。まるで生きていないかのように。

 案の定、Galaxiaは、すぐに了とは言わなかった。何を企んでいるのか教えてくれるまでは、速度を下げない、と頑張っている。火星人相手にこうした「粘り作戦」は、無意味なのだが、Galaxiaは、まだそこがよく分かっていないらしい。

 水嶺は、小さく拳を握りしめた。ナーナリューズが引き下がることは絶対にない。船の安全を思えば、スピードを上げすぎるのは、決して良いとは言えない。周りが皆火星人である以上、Galaxiaに、火星人との取引は無駄だと教えられるのは、自分しかいない。

 しかしながら。

 ここでナーナリューズの指示にGalaxiaを従わせるのは、彼の計画に荷担することを意味する。それは、Galaxiaに対する裏切りに他ならない。もっとも、計画を知っておりながら、危地へと向かうGalaxiaに知らせずにいる時点で、とうに裏切ってしまってはいるのだが。

 いっそこのまま超高速で行けば、何事もなく危険地帯を抜けられるかもしれない、とも思う。ただ、「大地の守護者」の基地がどの程度の戦闘能力を持つのか、水嶺はよく知らない。知っているのは、ガニメデ基地を破壊するに十分な能力だということくらいのものである。

 厄介なことに、Galaxiaには何一つ武器と呼べるものが搭載されていない。Galaxiaは、あくまで探査船なのである。問題が起こった場合、戦うのではなく、とにかく逃げる----それが、基本の設計思想である。そして、それは、火星人のみならず、地球人たちも認めた方針だった。

 丸腰のGalaxiaが単独で逃げ切ることができるのか。ナーナリューズと防衛局とが立てた計画の細部が分からない現状では、それが分からない。

 迷うように水嶺が口を開きかける。と、不意にその手をそっと押さえる者があった。

「ロシィ・・・」

ロスハンである。ナーナリューズに追い出されたはずの。ロスハンは、水嶺の手を押さえたまま、通信機に向かって言った。

「Galaxia、残念だが、火星人にそういう取引の類いは通用しない」

「誰です?」

「ぼくかい?ぼくは、ロスハン。わかばが乗り組む時、途中まで一緒にいたよ。まあ、ぼくのことはともかく。細かい状況が十分に把握できなくて、君が不愉快なのは分かる。だけど、ナーナリューズの言うことは間違っていない。それは、君も分かっているはずだ」

「ですが・・・」

「自身の合理性に照らし合わせて考えてみたまえ。君の後ろにいるものの正体が分かった今、なお超高速航行を行うことが本当に妥当なのかどうか。君が最も大切にする安全性に鑑みて、その選択が最良であるかどうか」

 普通の火星人なら、こんな説得の仕方はしない。意見が食い違ったら、食い違いの元となるデータを出す、それだけである。彼らは、相手の立場を汲んで話を進める、ということをしない。そもそもそういう発想がないのである。唯一外的に、ロスハンだけはこれが行える。その必要性を認識させ、実行するよう仕向けて来たのは、他ならぬ水嶺である。

 数多くいる火星人の中で、ロスハンだけが変わって見える。彼は、地球人の感情に反応し、それに応じた行動を取ることができる。「気持ちを汲む」ことを知っているのである。それでも、明るく能天気とも取れる振る舞いの奥には、他の火星人と変わらぬ目の光がある。鋭く冷徹な、観察者の眼差し。

 本当のところ、一体彼が何を考えているのか、水嶺にもよく分からない。彼が何のために地球人の振るまいや思考、感情を調べているのか、それすらも知らないのである。何故、と聞いたことはある。けれども、彼は「面白いから」としか答えなかった。およそ火星人らしくない台詞。彼らは、必要性に応じてのみ動く。基本的に、感情で動いたりはしない。

 Galaxiaは、ロスハンの説得に折れた。Galaxiaは、地球人に似てはいるが、地球人とは異なり、自説に固執することはない。Galaxiaにとって大切なのは、安全な航行、ただそれだけである。そういう点は、火星人に似ている。彼らは、面子や体裁、他者からの評価といったことは一切気にしない。彼らの関心は、ただ、自分の目的に適うかどうか、反しないかどうかだけである。

 加速が減速に切り替わる。妥当な速度まで落とすつもりなのだろう。

 ロスハンは、自分を見つめる水嶺に気がつくと、軽くウィンクした。

「とりあえず、一つ問題解決、だ。今のうちに少し休憩して食事を取った方がいい。君のことだ、朝から飲まず食わずだろう?」

小さく水嶺がかぶりを振る。とてもそんな気になれない。

「きちんと食べて休んでおかないと、いざという時動けないよ」

「どのみち、二日のうちには決着がつくのでしょう?平気よ」

地球人たちをGalaxiaから引き離しておくために開かれる会議は、今日の午後に始まり、明日いっぱいの予定である。明後日には、通常通りのシフトに戻る。つまり、それまでには、ナーナリューズと防衛局の作戦は、成功するにせよ、失敗するにせよ、終わる、ということである。

 水嶺は、どうしても動くつもりはないらしい。ロスハンは、それを見て取ると、それ以上言うのはやめにした。

 ロスハンが知る限り、水嶺は、地球人の中では理性的で合理的な方である。その水嶺でさえ、時折火星人の感覚からすると理解に苦しむ行動を取る。

 水嶺が食事を取るかどうかは、Galaxiaの運命に全く関係しない。自分自身の体調を犠牲にしてまで、飲まず食わずでここで突っ立っている意味など全くないのである。

 Galaxiaに何が起こるとしても、ここから彼女にできることは、恐らく皆無である。

 それでも、彼女は、ここに立ち続ける。

 地球人。この不可思議な存在。彼らの生物学的な解析は、ほぼ完全に終わっている。けれども、彼らの思考や行動は、ほとんどといっていいほど解明されていない。そういったものは、そもそも火星人の関心範疇に入らないのである。火星人から見ると、地球人の行動は、不合理で意味ないものに見える。当初、火星はそうした地球人たちの「無軌道な」行動を改めさせようとした。

 それが変わったのは、18年前のことである。火暦278年、ファリスが「停滞予測」を出した。火星は極めて均質な社会だが、それが原因でいずれ行き詰まりを迎える、というのである。

 地球人の持つ多様性が、行き詰まりを回避するのに有効かもしれない----ファリスはそう告げた。これを受け、火星は地球人に関する方針を大きく転換させた。地球人を改変するより、そのままに措き協調可能性を探ることを考え始めたのである。

 危険な賭である。地球人の行動は火星人の予測を容易に超え得る。

 本来、火星人はリスクを好まない。今でも地球人との協調については、慎重な意見が大勢を占める。地球人と関わりのある専識者たちでさえ、否、そうであるからこそ、地球人との協調は困難だという報告を出している。

 つまるところ、たとえ停滞するとしても、わずかずつでも発展するのであれば、時間をかければ良い。地球人は、何かというとかかる時間を気にするが、火星人にとって時間はそう重要な要素ではない。何であれ目的が達成できるのであれば、時間がいくらかかるかは、大した問題ではないのである。地球人との協調がなくても、実のところ、火星はそれほど困らない。

 地球人との協調や協働は、十分に危険性が低いなら、試してみる価値はある----元々その程度の位置づけである。

 火星におけるこのプロジェクトの位置づけの低さは、これだけの一大プロジェクトながら、携わる汎識者がナーナリューズ一人だ、という点にも表れている。通常なら、バックアップも兼ねて、最低二人、場合によっては三人いてもおかしくない。

 ・・・というよりは。

 プロジェクト自体に対し、非常な警戒心を抱いている、というべきかもしれない。

 ともあれ、こういうわけで、協調可能性を探るこの共同プロジェクトは、常にいつ打ち切られてもおかしくない状態にある。地球人の存在が危険でこのままには措けないと判断されれば、すぐにもプロジェクトは停止、地球人は排除されるだろう。

 時間が必要だとナーナリューズは言っていた。火星人と地球人のファーストコンタクトは、残念ながら良いと言えるものではなかった。自分たちはマイナスから仕事を始めている----ナーナリューズの言葉は、ロスハンにも重く響いた。

 地球人は、火星人を恐れ、心の隅に憎んでいる。隙あらば滅ぼしたいと思っている者も、決して少なくはないだろう。他方、火星人は地球人を危険な存在とみなし、いつ排除すべきか常にそれを考え続けている。

 火星が感じる「地球人の危険性」を少しでも下げ、時間を稼ぐために、ナーナリューズは、防衛局との危険な作戦の実行を決断した。「大地の守護者」が攻撃的な性質を示すたびに、「決裂へのカウントダウン」は進んでしまう。それを少しでも食い止めるためである。

----火星が決断を下す前に、地球人の存在が有用であること、協調可能性が十分にあることを証明しなくてはならない----

ナーナリューズはそう言っていた。

 Galaxiaとの通信が切れ、管制室に静寂が戻る。

 ロスハンは、椅子を運んで来ると、水嶺の側に置いた。

「長丁場になる。とりあえず座りなよ」

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