798/918
798 いなだ貸せ
いなだ貸せという妖怪がおります。
福島県の沿岸部に伝承があり、これは全国各地に伝わる「船幽霊」の類いのものです。
名前の「いなだ」は船内の水を汲み出す「柄杓」のことで、いなだ貸せはこのいなだでもって、船が沈むまで海水を汲み入れるので、漁師は底が抜けたいなだを渡しました。
ところが海水が汲めないとわかると、いなだ貸せは漁師に文句を言ってきました。
「ほかのいなだを貸せ!」
「では、こちらを」
船頭はやはり底の抜けたいなだを渡そうとします。
「そいつもだめだ!」
「これのどこか悪いとでも?」
船頭はとぼけてみせました。
いなだ貸せが、船頭の手にあるいなだの底を指さしました。
「ソコ、ソコだ!」
・ソコ=底=そこ




