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712 鼻孔の虫
鼻孔の虫は説話の一種で、鎌倉時代中期の仏教説話集『沙石集』に次のような話があります。
ある在家の仏教徒の男は常に五戒を守り、善行を積んで日々を送っていました。
この男は臨終に際し、妻を見て「私が死んだ後、この者はどうなるのだろうか」という妄念にとらわれたために、死後、妻の鼻の中に棲みつく虫に転生してしまいました。
ある日。
妻が鼻をかんだところ虫が出てきたので、これを踏み殺そうとしたところ、そばにいた聖者が、その虫が夫の生まれ変わりだということに気づき、虫は危うく命拾いをしました。
そのあと。
聖者が法を説くと、虫は天に生まれ変わったといいます。
この鼻孔の虫。
虫になることはモウネンだと。
・モウネン=もうねえん(もうない)=妄念
・五戒=仏教において性別を問わず在家信者が守るべき五つの戒
・妄念=迷いの心
・『沙石集』(無住道暁編纂・1283年成立・仏教説話集)