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471 短地蔵
短地蔵は京都府与謝野町に次のような話が伝わっています。
天正10年。
弓木城主の一色義俊は、義父である細川藤孝の田辺城へ向かう途中、ある地蔵の前を通りました。
そのときその地蔵が義俊を呼び止めて、「不吉の相あり。今日の田辺行きは思いとどまるように」と忠告しました。
短気な義俊はこれに怒り、地蔵を袈裟がけに斬りつけると、その場を後にしました。
ところが田辺城に着いた義俊は、細川の裏切りにより殺されてしまいました。
その後。
村人たちが両断された地蔵を継ぎ合わせて祀ったのがこの短地蔵で、その地蔵の裏側には肩から斜めに斬られた痕跡が残っているといいます。
この短地蔵の痕跡。
ウラギラレた証拠となりました。
・ウラギラレ=裏斬られ=裏切られ
・天正十年=1582年
・一色義俊=戦国時代から安土桃山時代にかけての武将
・細川藤孝=戦国時代から江戸時代初期にかけての武将




