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269 火前坊
火前坊という妖怪がおります。
火前坊は平安時代の頃、当時の葬送地であった京都の鳥部山に現れたといわれています。
その正体は、焚死往生を願って焼身自殺を計るも、現世への未練のために儀式に反してしまい、極楽往生できなかった僧たちの亡霊だといわれています。
その昔。
ある火前坊は、焚死往生のあと幾度となく道に迷いながらも、ついに極楽浄土の入り口にたどり着きました。
――やっと往生が……。
火前坊は胸を大きく膨らませ、極楽の門戸を叩きました。
極楽の門番が顔を出します。
「帰れ、火前坊は入れん!」
門番は冷たく言い放って門を閉ざしました。
この火前坊。
極楽を前にして立ち往生しました。
・立ち往生=焚死往生
・焚死往生=自らの身体に火を放つことで極楽浄土へ往生




