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21 イクチ
イクチという妖怪がおります。
これは常陸国の海の沖にいた怪魚で、江戸時代中期、津村正恭の随筆『譚海』に次のような話があります。
イクチは体長が2キロメートルにも及び、これが海上に現れると船の上をまたいで通過し、通り過ぎるまで3時間ほどもかかりました。
また体表からは粘着質の油が染み出していて、船をまたぐ際、この油を大量に船上にこぼしていくので、そのままだと油の重みで船が沈没してしまいます。
そこで船乗りたちは、柄杓で必死に油を汲み取っては海に捨てました。
油の汲み出しはイクチが通り過ぎるまで続き、その間イクチは、いっときも油を断つことはありませんでした。
このイクチ。
油断なりませんでした。
・油断=注意を怠る=油を断つ
・津村正恭(つむらそうあん・1736~1806・歌人、国学者)
・『譚海』(たんかい・随筆集)




