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約束

はじめまして。初投稿です、お手柔らかに

 「ワタルじゃないか」


 宇田川亘は、十年ぶりに集まった高校の同窓会で背後から声を掛けられた。振り返ると、幼なじみの佐藤弘臣がいた。高校時代からモテていたルックスをそのまま大人にした端正な顔立ちには、当時と変わらぬ意志の強さを感じた。互いに40の大台を迎えたというのに自分との差は何なのかと少しうらやましくもあった。


 「久しぶりだな、ヒロ。女性陣からの熱い視線は相変わらずだな」


 「まあな、ひがむなよ?」


 悪びれることなくあっさり認めた。だが不思議と憎めない。そういう男だった。


 ヒロこと佐藤弘臣とは小学校からの付き合いだった。勉強も運動もできるヒロは男女ともに人気があり、憧れの的だった。もともとはただの同級生で、仲良くなったのはたまたま同じ高校に進学してから。きっかけはもう覚えていないが、同郷の友達があまりいなかったせいか自然と話すようになった。


 ただ、大人になってからは話すことがなくなった。まぶしすぎたのだ。ヒロは高校時代から「俺は将来総理大臣になりたい。まずはT大に入って官僚になる」と言ってはばからなかった。ヒロがT大に合格したときは心から喜べたけれど、厚労省に入省したと聞いたときにはひがみに変わっていた。自分の就職活動がうまく行かずに、しばらくフリーター生活を送っていたせいかもしれない。徐々に疎遠になり、10年ぶりの会話だった。


 「ワタルは今何をしてるんだ?」


 「ナイショ」


 大して隠す職業でもない。ただ、なんとなく言いたくなかった。


 「なんだよ、教えてくれたっていいだろ」


 「そういうお前は?そろそろ国会議員?」


 「おう。出馬が決まったら報告する」


 まだ学生時代の夢に向かって突き進むのか。悔しくなって自分の仕事を明かした。


 「俺はいま議員秘書をしている」


 「は?俺の秘書になる約束だっただろ?」


 ヒロは急に語気を強めた。「お前が総理大臣になるなら、俺を秘書に雇ってよ」と言ったのは遠い昔。約束を忘れたわけではないけれど、本気で実現させようという気もなかった。定職に就かない宇田川を見かねた親戚が知り合いに頼み込んで地元の政治家の事務所で働くようにとお膳立てしてくれたのだ。


 「仕事なくってさ、拾ってもらったんだ」


 「ふーん。誰の?」


 ヒロは不機嫌そうに尋ねた。


 「そんなに怒るなよ。土居元靖先生だよ」


 なだめるように言うと、急にヒロの顔が明るくなった。


 「なんだ、あの狸親父かよ、ヒヒ」


 「訂正しろ。土居先生は立派な方だ。あとその気持ち悪い笑い方やめろ。票なくすぞ」


 笑い方も高校時代から変わらなかった。


   ◆   ◆


 同窓会から一週間後、先輩秘書の河内さんが困り果てた顔で東京から事務所に戻ってきた。事務所に詰める地元の秘書がすぐに集められた。


 「落ち着いて聞いてほしい。土居先生がご勇退されるそうだ」


 河内さんは声を震わせながら言った。


 「え、うそ。まだあと1期やれるのに」


 「ちょっと待って、俺たちは次の衆院選で無職になるのか」


 同僚秘書たちはパニックになっていた。土居元靖衆院議員は71歳。党の規約ではまだあと1期ならできる年齢。1年後と目される衆院選に向けて、自分も含めて地元の秘書たちは票固めに奔走していた。党内では信頼が厚く、スキャンダルもない。いったいなぜ。


 「土居先生の後は誰が継ぐんですか」


 秘書の一人が河内さんに尋ねた。


 「一応公募するらしいが、本命はすでに土居先生が決めておいでだ。佐藤弘臣という厚労省官僚らしい」


 「はあ!?」


 思わず声が出た。あいつが土居先生の地盤を継ぐだって?あり得ない。党幹部に働き掛けてヒロが土居先生を引きずり下ろしたのだろうか。突然の知らせに幼なじみへの猜疑心が沸き起こった。すぐにヒロに電話した。


 「おい、どういうことなんだ。土居先生の地盤をお前が奪うのか」


 「違う。俺は奪ってなんかいない。土居先生がくれたんだ。奥さんが癌なんだと。ちゃんと側に居てやりたいらしい。あの狸親父、俺がお前との思い出話をしたときにワタルが自分のとこで秘書しているなんてちっとも言わなかったんだぜ。代わりに『僕の秘書たちは優秀だから君さえ良ければ雇ってほしい』とさ。にこにこしやがって。だから、お前は安心して俺のとこに来い。約束だからな」


 めまぐるしい展開にくらくらした。同窓会の日にヒロが「ヒヒ」とうれしそうに笑った理由がようやく分かった。

高校時代、佐藤のように「国会議員になりたいから、まずは官僚を目指す」と豪語していた同級生の言葉を拝借しました。彼は夢を実現できたのでしょうか。

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