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アスガルド・サガ(ASGARD SAGA)  作者: 扶桑かつみ
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フェイズ01-2「フロンティア再び(2)」

 新たなことわりのもとで暮らしを始めたヴィンランドの人々は、温暖な場所で順調に人口を増やしつつ勢力圏を拡大していった。

 グリーンランド社会も、現地を鉄や木材、船の供給源と考え、それらを取得させるための移住者を供給した。

 そしてヴィンランドの人々は、現地で鉄や木材を生産するためと、原住民と戦うために人手がいるとして、帰りの船にグリーンランドの人々を乗せていった。

 

 また、ヴィンランドからは鉄と木材、さらには船舶そのものが輸出されたが、ヴィンランドがグリーンランドに欲する物産はほぼゼロで、辛うじてセイウチの牙ぐらいだった。

 実際に欲しいものがあるとすれば、ヨーロッパ本土の最新の知識や技術、現地で農業を営むための家畜や種籾であり、そうした物産はヨーロッパからグリーンランドに来る商人から得ることが出来た。

 12世紀頃からは、ヴィンランドからグリーンランドを経由して、自分たちがヨーロッパに赴くことも増えた。

 このためグリーンランドそのものは、製品の代価として相手を満足させるだけの何かを支払わねばならなかった。

 この代価としてヴィンランドの人が求めたのが、現地で依然として不足していた女性だった。

 

 そしてグリーンランドでも、ヴィンランドである程度自活できる人口を構成させるために女性が必要だということを理解していたので、鉄や木材、船を「結納金」とした「結婚」という形での移民が行われた。

 

 ただし、ヴィンランドからグリーンランドに人が移住するという事はほとんどなく、またヨーロッパに伝えられるヴィンランドの情報は意図的に常に限られていた。

 また現地からヨーロッパに伝えられる話しも、ヴィンランドはグリーンランドより温暖だが外敵や害獣が多く、生活が過酷なことに変わりがないというものが多かった。

 ヴィンランドへの航路も、ヴァイキング達だけの秘密であり続けた。

 

 そして距離の問題もあるため、ヨーロッパ(ノルウェー)から赴任したキリスト教の司教や司祭は一人もなく、グリーンランドの司教が交易にきたヴィンランド入植地の人間から口伝で聞いた恐ろしげな話しや、ヴィンランドから来た船乗りの言葉だけがヨーロッパへと伝えられた。

 

 しかも話しの多くに誇張が含まれていると考えられ、新天地という場所が危険が多いが豊穣が約束された場所だという言葉のプラス面は大きな誇張があると考えられていた。

 

 このためグリーンランドの向こうにある土地は、「蛮族の地」や「悪魔の地」、「闇の世界」とも言われた。

 

 しかし実際は、狼などの野獣はグリーンランドよりずっと多いが別に脅威というほどではなく、何故か土地の豊かさに反して原住民が少ないため、ヴィンランドのヴァイキング達は年々大幅な拡大を続けていた。

 

 (※原住民は天然痘や麻疹などの伝染病で壊滅していた。)

 )


 その後ヴィンランドでは、グリーンランドからの移民と現地での大幅な人口増加により急速に拡大した。

 主にグリーンランドとアイスランドからは、合計2000人が半世紀の間に移住した。

 再入植から一世紀を経た西暦1150年頃の総人口は、1万人に達していたと見られている。

 一見少ないように見えるが、グリーンランドの最大人口包容数が5000人程度だったことを考えると、十分以上に大きな躍進だった。

 ヴィンランドでの資源の豊富さもあって、グリーンランドとの主従が逆転したのも12世紀後半だった。

 現在のレイブズ半島のトールヴィルの町に、最初の入植地が建設されたのもこの時期だった。

 

 アイスランドと比較しても、中世のアイスランドの最大人口が5万人程度なので、隔たれ過ぎている距離を考慮すると、アイスランドからではグリーンランドはおろかヴィンランドに影響を与えることはできなかった。

 さらにヨーロッパ本土のノルウェーでは、ヴィンランドは多少南にあるが木材ぐらいしか物産のない貧相な場所で、新天地というよりはグリーンランドの余剰人口の棄て場所や製鉄や造船を行う場所ぐらいだと見られていた。

 そして往復するだけでも危険な上に、住むには適さない敵意の多い場所だと考えられ続けた。

 

 だが事実は違っていた。

 ヴィンランドの人口は年々拡大し、入植地の数も順調に増えた。

 現地ヴァイキング達は、文明程度の差もあって圧倒的な存在だった。

 

 12世紀前半には、社会規模でアイスランドを上回るようになった。

 そして13世紀(西暦1200年代)初頭には初期の国家と呼ぶべき社会の形成も始まり、文明レベルや社会規模は直接の出発点となったグリーンランドを完全に凌駕するようになっていた。

 ヴィンランド島やレイブズ半島だけではなく大陸に次の入植地が作られ始め、ヴァルハラと名付けられた新たな始まりの入植地が、入植村から町に発展したのもこの頃になる。

 町を形成するだけの社会と産業が育ちつつあった何よりの証拠だった。

 ちなみに、文化人類学的に総人口5万人という数字は、初期的な帝国(複雑な統治機構や階級社会を持った国家)が形成される人数でもある。

 

 その後も順調な人口の拡大と新たな入植地の建設は進み、ヨーロッパの人々が何も知らないうちに、白人の一派が新大陸へと静かに浸透していった。

 

 

 西暦1300年を越えると、地球全体の温暖期は終わりを告げ始めるようになった。

 グリーンランドも例外ではなく、むしろ最初に厳しい自然の洗礼に見舞われた場所となった。

 

 寒冷化とは寒い地方から始まることが多く、グリーンランドでの温暖期の終了と寒冷期に移行する気候の乱れた時期は、早くも13世紀中頃に始まっていた。

 完全な寒冷化はまだ先の事だったが、13世紀中頃にはグリーンランド全体が以前よりも寒冷な気候となり、北の海には流氷や氷山が頻繁に姿を見せるようになった。

 流氷や氷結で海が航行できなくなる期間も増えた。

 

 当然、北の大地に住むヴァイキング達の生存は脅かされた。

 グリーンランドでの生活は年々辛くなり、彼らの主な食料源も主産業である筈の牧畜によって得られた各種乳製品ではなく、近隣に多数住んでいるアザラシの肉になっていった。

 それでも足りないので、百年以上の時間をかけてグリーンランドのヴァイキングの体格は徐々に小さくなっていった。

 

 また過酷な自然環境を読み切れなかった自然破壊が人々の生活を脅かし、さらに現地での人口増加が柔軟性を失わせた。

 初期にグリーンランドに入植した人々は500名ほどだったが、13世紀中頃の最盛期には十倍の5000名のヴァイキング達がグリーンランドに住んでいた。

 そして人口増加により脆弱だった自然の破壊は加速し、寒冷化がトドメをさした。

 グリーンランドは、神に見放された大地となっていったのだ。

 

 13世紀の末頃には、早くも廃棄されたり壊滅した農場が現れた。

 翌年春まで持たないことを見越した人々の多くが、その年の僅かに海が航行できる夏の時期に訪れたヴィンランドの船団に我が身を委ねた。

 

 グリーンランド南西部の二つあった入植地のうち、より北にあって人口規模の小さかった「西の入植地」は、1350年頃に窮地を迎えた。

 

 この事は、現地の教会からヨーロッパのノルウェーにある教会にも報告され、当時のグリーンランドでの生活がいかに過酷であるかを知ることができる。

 ただし、グリーンランド全体が既にヨーロッパ本土からは価値がないと見られており、報告はほとんど重視されなかった。

 ヨーロッパ社会にとってのグリーンランドの価値とは、イスラム勢力の拡大により象牙が手に入りにくくなったため、その代替品としてのセイウチの牙にあった。

 しかし、十字軍の遠征以後再び象牙が得られれるようになると代替品にはほとんど価値はなくなり、当然関心も低下した。

 この頃のヨーロッパ世界にとってグリーンランド情勢は、「取るに足らないこと」に過ぎなかった。

 

 グリーンランド最後の司教は西暦1378年に現地で死去し、その後ヨーロッパから司教が赴任することは無かった。

 そしてヴァイキング達の策源地であるノルウェー王国自身がペストで人口が激減してデンマークに事実上併合されたこともあり、ヨーロッパ本土はグリーンランドへの興味を激減させた。

 このため、以後ヨーロッパがグリーンランドの情報を得ることは極めて難しくなる。

 そして司教に任命されなければ司祭は誕生できず、グリーンランドでキリスト教の祭祀を司る人々は減る一方になった。

 


 なお、西の植民地に最盛時1000名いた全ての者が、餓死や凍死で全滅したのではなかった。

 一部の者は東の入植地に逃れ、またそれよりも多い数が、ヴィンランドから大挙してやって来た「脱出船団」に乗り込み、新天地へと旅立っている。

 

 この情報は、かなりの期間東の入植地には伝えられなかった。

 閉鎖社会での抜け駆け行為に近いため、大きな怒りを買う恐れがあったためだ。

 しかし東の入植地でも大きな困難が始まっており、それまでにヴァイキング達が現地で行った各種自然破壊のしっぺ返しもあって、年々窮状は進んでいった。

 


 そして14世紀後半のある年(※記録では1381年とされる)、厳しい気象などのせいで10年以上間途絶えていた交易船が、10数年ぶりにノルウェーからグリーンランドに赴いた。

 だが、交易船兼徴税船が東の入植地に赴くも、そこには数年前までいた筈の数千人の人々の姿はなかった。

 

 いたのは蛮族とされた小数のイヌイットだけであり、入植地は建物こそある程度残されていたが、完全に破棄されていた。

 イヌイットを追い払ってある程度の調査をしたが、新しい墓が異常なほど増えていることが分かり、家屋からは多くのものが持ち去られたような痕跡が見られた。

 家畜の姿もなかった。

 あるのは、墓石と文字通り骨の髄まで食べ尽くされた動物の骨と、そして文明の廃墟だけだった。

 

 このためヨーロッパから来た人々は、グリーンランドのヴァイキング達が厳しい気候の中で生活を維持できなくなり全滅したのだろうと単純に考えた。

 無論全てが餓死したのではなく、勢力が著しく衰えたところを原住民の襲撃を受け、生き残りは全て殺され、残されていた全ての財産と家畜が奪われたのだと結論した。

 

 その証拠としたのが、ノルウェー本国同様の立派な石造りの聖堂を備えた教会が激しく破壊されていたからだった。

 

 無論、数千の人々が一度にしかも短期間に滅びる可能性については異論もあったが、異教徒の蛮族に滅ぼされたというのはかなりの説得力を持っていた。

 ヨーロッパに住む人々が知るグリーンランドのヴァイキング達は、同じヨーロピアンとは思えぬほど非常に貧しかったからだ。

 

 それでも一部の者は、グリーンランドのさらに遠方にあるヴィンランドという入植地に思い至ったが、グリーンランドの人間以外ではヴィンランドという入植地があることを、知識として知っているに過ぎなかった。

 それに、ヨーロッパ世界での辺境中の辺境とされるヴィンランドという場所は、グリーンランドというヨーロッパ世界との中継点を失っては到底長く生存できないだろうと推察された。

 

 そして探索するにしても手間がかかりすぎる事もあり、その先への道も知らない人々は、余裕もなかった事もあってそれ以上西もしくは北に進むこともなかった。

 

 そうしてグリーンランドとその先のヴィンランドと呼ばれていた地域の人々も全滅したと考えられ、ヨーロッパ世界から長らく忘れ去れる事になる。

 


 しかしヨーロッパ世界で最も辺境のヴァイキング達は、全滅したわけではなかった。

 

 グリーンランドの人々は、生き残りのほぼ全てがヴィンランドなど新大陸各地へと脱出的移住を実施し、ヨーロッパ世界から決別し自らを隔離してしまったのだ。

 何しろ寒冷化とペストでのたうち回っていた当時のヨーロッパに自分たちが逃げ込める場所はなく、彼らが生きていける場所は緑豊かな新天地しか選択肢がなかった。

 それにグリーンランドが自力で大量の脱出船を建造する事は、木材の枯渇という自然条件から不可能であり、命がけで船を出したのがヴィンランドの人々だったからだ。

 

 そしてグリーンランドからの集団移民、ある意味脱出行を行ったのは、再入植から200年近く経った新大陸の人々が計画的に行った事でもあった。

 特に中心になったのが、南の地のヴァルハラ入植地だった。

 

 ヴィンランドは、既に入植から150年が経過したヴァルハラを中心にして10万人以上の人々が暮らすようになっていたため、入植地と言うより小さな国といえるまで拡大していた。

 そしてヴィンランドより南にあるヴァルハラは、豊富な資源と食料、製鉄を始めとする産業もあったため、現地ヴァイキング達の中心的役割を担うようにもなっていたからだ。

 10万人といえば、ヨーロッパ本土でも中世なら十分小国としてやっていける規模であり、彼らが祖とするノルウェーもこの程度の人口で国家としての運営が行われていた。

 

 そして彼らは、自分たちの覇権をより確実なものとするためには、ヨーロッパから距離を置く事が必要だと考えた。

 寒冷な気候の到来に伴うグリーンランドの窮地は、渡りに船という状況だったのだ。

 

 ただし、自らヨーロッパとの交流を絶つ前(主に14世紀初頭から以後半世紀の間)に、ヨーロッパからは馬、豚などグリーランドでほとんど飼えなかった家畜とガチョウやアヒルなどの家禽、様々な農作物の種子、さらには様々な技術を自分たちのもとに持ち込んでいた。

 この中には、アラビア商人から手に入れた蒸留機アランビクと彼らの使うアラビア数字という当時の文明の最先端の文物もあり、合わせてかなりの数の書籍などの知識もあった。

 蒸留機で作られたアルコール度数の高い酒は、使用した穀物に関わらず「アクアビット(命の水)」と呼ばれ、彼らの活力源となると共に酒に目がない原住民の懐柔に大いに役立った。

 ヨーロッパ世界から新世界に持ち込まなかったのは「聖書と農奴だけ」と言われたほどだった。

 

 また知識の中には、12世紀にノルウェーやデンマークなどでまとめられた自分たちの神話サガもあり、これが彼らに大きな影響を与えることになる。

 


 ちなみに、西暦1050年頃に再びヴィンランドに入植したヴァイキング達は、12世紀に入る頃からほぼ20年に一度の割合で、南に新たな入植地を切り開いていた。

 20年という間隔は、人が生まれて結婚し子供を育て始める間隔からで、それだけ人口が拡大し続けている証拠だった。

 

 そうして半世紀もすると、ヴィンランドから出て新大陸の奥地へと進んでいった。

 入植地が再び開かれてから半世紀ほどはグリーンランドに対する鉄と木材の供給地という下の立場だったが、豊富な農作物が大人口を作り出し、勢力の逆転へとつながった。

 13世紀には、グリーンランドの主要な商品が、完全に移民する人間となっていたほどだった。

 

 そして数の多くなった人々は、新大陸の東海岸一帯を船で探して周り、北東部の入り江からノルン河を遡って五大湖へと至り、新たな大地が信じられないほど広大かつ肥沃で、しかも自分たちの勢力圏に近い地域は原住民の人口密度が極めて低い新天地であることを知る。

 

 そして12世紀からヨーロッパ人が再び新大陸にやって来る1492年までの約400年間の間に、ヴァイキングの末裔達は新大陸に強大な勢力圏を作り上げることに成功していた。

 移民と入植を半ば日常としていたヴァイキング達にとっては、豊富な森林資源と相応の鉄、銅などの鉱産資源さえがあれば、あとは家畜と作物の種だけで新たな生活を作り上げる事が可能だった。

 しかも新天地が温暖で肥沃、獲物も豊富とあれば言うことなしだった。

 

 その上、本来なら彼らの「邪魔」をしたであろう原住民達は、ユーラシア大陸からヴァイキング達が持ち込んた疫病(伝染病)の猛威によって数を激減させていた。

 全体的な比率だと、生き残ったのは最大で20%程度だと言われる。

 酷い場合は全体の僅か5%の20人に1人程度であり、原住民社会を根底から破壊していった。

 ヴィンランドのヴァイキング達がエーギル海と名付けた南の内海の島々では完全に全滅した例も見られた。

 天然痘、インフルエンザ、麻疹、百日咳、そしてペストなどに免疫を全く持たなかったが故の悲劇だった。

 

 しかもヴァイキング達が南進する四半世紀前に人口が激減もしくは全滅するという状況が多かったため、その地の主が自動的に入れ替わっていくという状況が新大陸各地で続いた。

 ヴァイキング達が広がるのに合わせての伝染病の広がりだが、保菌者が当のヴァイキングと彼らの家畜の影響だった。

 

 おかげでヴァイキング達の入植地は順調に数を増やし、南の温暖な地域での農業によって人口も激増した。

 そのヴァイキング達も、14世紀半ばにペストによって大打撃を受けたが、それでも死者の数は多く見ても全体の二割程度だったため、彼らの前進と拡大を止めるには至らなかった。

 新大陸でのヴァイキング達のペスト被害がヨーロッパより少なかったのは、都市の未発達、貧民の少なさが原因とされている。

 栄養が豊富で衛生状況が一定水準にあれば、疫病の罹患率が低下するのは道理だった。

 

 そしてヴァイキング達はあらゆる障害を押しのけて、広がりそして増えていった。

 グリーンランド時代の最大人口は5000人程度だったが、ヴィンランドではグリーンランドが寒冷化し始める1250年頃までに10万人近くにまで拡大していた。

 

 西暦1050年から400年間の間、新大陸での人口増加は平均して年率1.5〜2%を維持し続けた。

 とはいえグリーンランド入植地が壊滅する1380年頃までは、グリーンランドもしくはアイスランドの余剰人口が、ヴィンランドなど新大陸に流れていたので額面通り人口が増えたわけではない。

 

 また勢力圏内で生き残った原住民を、最初は奴隷として次に嫁として同化し、自分たちの社会に組み込む事も行われた。

 

 もともと北ヨーロッパ系のノルド人は、排他性が強く白人種以外との他民族との混血を嫌っているとされる。

 しかしヨーロッパ社会、キリスト教という二つの大きな要素から切り離された人々は、自らが生き残りそして繁栄するため、ある程度の寛容さを身につけていた。

 

 こうした変化は、ヴァイキング達がヴァイキングから別の存在へと変化している何よりの証だったと言えるだろう。


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