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 私の自由はそこにはなかった。


 鋼鉄の椅子が私に無機質の冷たさを与え、両足両手は椅子に備え付けられた枷によって身動きを封じられている。


  まるで、かつて行われていた電気椅子を想わせるが、今から行われることはそれよりも質が悪いことは明白だった。


「何か言い残すことはあるか」


 私の前に悠然と立つ執行官は静かに、それでいてこの小さな箱部屋全体に響き渡る声を発した。

 その姿が漆黒の衣装を纏っていることから私には神父のような錯覚を覚える。


 執行官の背後には耐火防音措置が施された強化硝子の向こうに二十四脚のパイプ椅子がる。

 そこに座る男女の姿が見え、それを取り囲むように濃紺の制服に身を包んだ警備員が屹立している。


 パイプ椅子に座る男女はそれぞれが私に向けて怨嗟と殺意を滲ませた視線を送り、口々に何かを呟いていた。


 本来ならその声は一言たりとも強化硝子に阻まれて私へは届かないはずだが、彼らが漏らす憎悪の言葉は私には聞こえた。


「早く死んでしまえ狂気に狂った科学者め」

「あの子が受けた苦しみを味わって地獄へ行きなさい」


 私は胸が苦しくなり、心の奥底で漆黒の感情が沈殿する。


 何故だ?

 何故分からない?

 君たちもあれほど私の理想が気に入っていただろう?


「死刑人、何か言い残すことはあるのか?」

 執行官の声が再度私の耳を打ち現実へと引き戻す。


 そこで私は心の中の激情を問うてみることにした。


「あなたたちには理想が存在するのですか? あなたたちは理想を叶える力を欲しているのですか? その力を手に入れるために努力をしてきたのですか? あなたたちには愛が存在するのですか? あなたたちには平和が存在するのですか? あなたたちは争いを望まないのではないですか? あなたたちには生きるための明確な意味があるのですか? あなたたちには――――」

「……もういい」

 

 漆黒の服を纏った男は短くそう告げた。


 そして私は硝子越しの列席者たちが立ち上がり怒気を孕んだ瞳で私を睨み殺さんばかりに、「何を今さら言うか!」などの暴言を吐いているのが見えた。

 何人かは無意味なのを承知で強化硝子に唾を吐きかける者までいる。


 どうやらスピーカーか何かで私の言葉が聞こえ、それが彼らの怒りに火を点けたようだ。


 警備員が暴れる列席者たちを無理やり元の席に座らせ場が落ち着くと執行官は一つ頷き宣言した。


「それではこれより死刑執行を執り行う」


 それだけ言うと私に黒い布地のマスクを被せ、


 唯一の出入り口を出ると思い鉄扉を閉ざす。


 暫しの沈黙。

 そして箱部屋内の温度が徐々に増していくのに気付く。


 ある程度予想はしていたが私は火刑に処されるようだ。


 それもそうだろうと納得する。


 絞首刑では窒息せず、毒殺では毒を分解し、電気椅子では感電もしない。

 そんな人間を殺すのにはやはり灰も残らずに焼失させるしかない。


 本来の死刑の方法すら捻じ曲げねば私を殺せないという政府の考えに失笑も禁じえない。

 さらに実際に死ぬのを一部の者とはいえ、一般人に公開させるという念の入れようだ。


  そんな事を考えていると肌が泡立つ感覚が全身を駆け抜ける。

 すぐ後に身体中の毛が逆立ち、ちぢれ、燃えカスとなる。 


 人間の限界温度を超えた温度上昇は私の身体を発火させ激痛に身体が痙攣する。


 瞬時に痛みを堪えるよりも叫ぶ方が緩和できると判断した脳が口から絶叫を上げさせるが喉に侵入してきた炎と熱気によって体内が炙られ肺が溶け崩れる。


 身体全体が熱い。

 これが死の感覚なのだろうか?


 さらに高温に熱せられ瞳が凝固し視力を失い、眼球が陥没する。

 鼻腔に侵入する焦げた臭いが逆に鼻から流れ出す脳漿に変わり、同じことが耳でも起こる。


 激痛はとうに過ぎ去り麻痺した身体が、ただ虚無だけを訴えていた。


 あと数刻で私の生命は永久に失われるだろう。


 それならば。 


 私は絶叫を哄笑に変え、想いの限りに笑った。

 既に部屋内の酸素はほとんどが燃焼させられて声を出すことは出来ないはずたが、それでも私は笑うという行為を止めなかった。


 何に笑っていたのかは分からない。


 それは多分何も与えてはくれない世界にであったり、不条理に嘆く事しか出来ない人間にであったり、理想郷を掲げ叫んだ先に結局は愚かな死しか生み出せなかった自分自身に対してだったのだろう。


 私は、今ここで死ぬ。


 私という人間はここで消え去る。

 だがそれでも……それでも………


 そして死が訪れた。



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