運命の日 つづき
そのときデスクの電話のベルが、けたたましく鳴りはじめた。いつの間にかもの思いに耽っていた私の思考は中断された。電話に出ようとしたベヴァリーを制して、私は代わりに受話器をとった。
「はい、こちら<レイモンド・デイヴィス探偵事務所>です」
電話の向こうで交換手が告げた。
「市内通話でセオドア・スローカム氏からお電話です。おつなぎ致しますか」
「ああ、頼む」
「やあ、テッドか」
「よう、レイ。久しぶりだな。ベヴァリーは元気にしてるのか」
「ああ、もちろん元気にしてるさ。例の社長令嬢の婚約者の信用調査以来だな。そっちは商売の調子はいいのか」
「俺を誰だと思ってる。引く手あまたの情報屋だぞ。お前こそ仕事は順調なのか」
「こっちは相変らずさ。ぼちぼちやってるよ」
「そうだと思ったよ。だから電話してやったんだ。俺に感謝しろよ。これからお前にとびきりの依頼を仲介してやるんだからな」
テッドことセオドア・スローカムは、私の友人で<情報屋>をしている。<情報屋>とは、第三者が容易に手に入れることができない様々な人や組織、出来事の情報を調べあげて売るのが仕事だ。かくいう私も、調査を進めるには必要だが自分で収集するには骨が折れる場合、テッドに依頼する。手の空いたぶん、こちらは別の業務を進めることができるからだ。ある意味、探偵のための探偵とも言える。限りなく黒に近いグレーな仕事だし、あちこちにコネクションをもち、高度なコミュニケーション能力を必要とするため、誰にでも務まるというものではない。そのため高い報酬を得ることができる。一見やさぐれた中年男にしか見えないが、テッドは確かな腕をもつ<情報屋>だ。彼はそのスキルを<ピンカートン探偵社>で手に入れた。
テッドが若き日の<ピンカートン探偵社>は、未熟な警察組織に代わり民間警察として犯罪捜査をしていた。テッドはそのような調査業務はもちろん、シカゴやニューヨークでギャングや武装強盗相手に警備任務をしたり、ストライキを企てている労働組合への潜入調査なども行っていた。
テッドはいつしか古参の敏腕調査員となっていた。ただ<ピンカートン探偵社>は、長年にわたり労働組合のスト破りに関わる業務をしてきたことがたたって政治的追及を受け、企業イメージをかなり悪化させていた。それに加えてライバル探偵社の台頭や、公的な警察組織が整備されてきたこともあり、急速にシェアを奪われていった。テッドは、そろそろ潮時と判断して、それまでの経験と人脈を活かした新たな仕事をすることにしたのだ。