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第六話 夢 其の壱

 霧がたちこめる中をひたすら歩く。

 足元の砂利がザッザッと音を立てる。


 視界が悪く、殆ど先が見えない真っ白な世界。



 なぜ歩いているのか

 どこに向かっているのか

 いつまで歩き続ければいいのか

 そして……この先に何があるのか


 何も分からないまま俺は歩き続ける。

 まるで何かに突き動かされているかのように……。



 やがて日の出を迎えたのか、後方からオレンジ色の陽光が差し込み、少しずつ霧が晴れていく。

 すると、前方に大きな影が見えて来た。


 あれは木なのか?


 霧が晴れるに連れて、輪郭がハッキリとしてきた。



 物凄く大きな木。


 それは、事務棟がすっぽりと隠れてしまう程の、とても大きな木だった。

 幾重にも伸びた枝は青々とした葉を纏い、(みなぎ)るほどの生命力を感じさせる。


 こんな大きな木があるのか……


 ファンタジー小説で『世界樹』という言葉をよく見掛けるが、この木はそれくらいの荘厳さと神秘性を持ち合わせている様に思えた。



 俺はこの木を目指していたのか?


 分からない。

 ただ、目的地はあの木だという確信めいた感情を抱いている。



 木の根元に何か白い物が見える。


 何だろう?


 近付くにつれ、その輪郭がはっきりしてきた。

 白い円形ダイニングテーブル。

 木目のダイニングチェア。

 そして、白いワンピースを着た女性がこちらを向いて立っている。


 俺は彼女に会いに来たのか?


 さらに近付く。

 あれは…………あれは!

 

 慌ててその女性に駆け寄った。


「弥生! 弥生! 何故こんな所にいるんだ? ここはどこなんだ?」


 白いワンピース姿の弥生はニッコリと微笑んで、無言のまま俺に席を勧めてくれた。


 白い椅子に着いて、周囲を見渡す。

 霧はすでに晴れ渡り、その残滓すら見付ける事は出来ない。

 どこまでも果てしなく広がる草原。

 とても大きな木。

 砂利道が一本だけ、うねうねと延びている。




 ――いいところだな



 向き直ると、弥生は、お茶の準備をしていた。

 添えられた菓子は、チョコチップクッキーだった。

 俺の好物。


「ありがとう、弥生」


 弥生はニッコリ微笑んだ。


 二人で向き合い、お茶を飲む。

 チョコチップが入ったクッキー、俺が好きだと言ったら、クッキーなんて毎日でも焼くよって言ってくれたね。

 その言葉が嬉しくて、俺の好物になったんだよな……

 いや、違うか。

 クッキーを頬張る俺に、幸せそうな微笑みを向けてくれる弥生の姿が見たくて、好んで食べる様になったんだ。


 弥生はいつもクッキーを焼いて俺の帰りを待っていてくれた。

 

 そう、待っていてくれたんだ。




 ()()()()()()()()




 何故俺は、過去形で話しているんだ?




 ――そうだ。

 弥生はもう死んでしまったんだ。



「弥生!」


 気付けば、向かいの椅子に弥生はいなかった。


「弥生、どこだ!」


 周りを見渡しても姿は見えない。

 木の後ろに回り込んでみたが、弥生を見付ける事は出来なかった。



「弥生、どこだ! 弥生、出て来てくれーーっ!」












 ピピピピピピピピッ


 目覚まし時計の電子音に目が覚める。


「夢か……」


 不思議な夢だった。これまでに何度も見た、(やよい)が亡くなった時の夢とは、全然違う。

 しかし、なぜ今になってこんな夢を……。


 妻は生きていた。

 生きて、俺を迎えて、一緒にお茶を飲んだ。クッキーも食べた。

 ハッキリと覚えている。

 

 でも、微笑むだけで、返事をしてくれなかった。

 一度でいいから、声が聞きたかった……

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