第五話 配属会議
「片桐さ~ん!」
七瀬さんを見送って会議室へ戻ろうとした時、後ろから名前を呼ばれた。
この声は……
振り返ると案の定、満面の笑みを浮かべた小久保さんが駆け寄ってくるところだった。
しかし、なんだこの格好は!?
ファーが付いた紫のダウンジャケットにデニムのミニスカート。おまけに、タイツなのかストッキングなのか分からないが足がオレンジ色だ。目がチカチカする。
これは絶対に街中で会いたくないファッションセンスだ。だいたい、この人幾つだよ。十代の小娘じゃあるまいし……。
それに化粧臭い。
この匂い、長く嗅ぐと気持ち悪くなりそうだ。
「お疲れ様で~す。今日で研修、終わりですわよね。もしよろしければこの後ーー」
「いや、あの……」
「すみません、小久保さん。片桐主任はこの後重要な会議なんですよ」
間に割って入ったのは矢澤だった。
小久保さんは矢澤を一瞥した後、明らかな作り笑顔をした。
「あら、そうでしたの……。それじゃお先に失礼しますわ!」
小久保さんは、ツカツカと音を立てて去って行った。肩を怒らせて歩いているように見えたのは、俺の気のせいではないだろう。
さっきは明らかに矢澤を見てムッとしたな……。
「矢澤、すまん。助かったよ」
「ですから、片桐さんとは”合わない”って言ったでしょ?」
「う~ん。納得だ」
「ですよね」
矢澤はやれやれと言わんばかりの顔をしている。
「俺なんかに構っても無駄なのにな……。ところで矢澤、あの人何歳か知ってるか?」
「確か二十七だったと思いますけど……」
その時会議室のドアが開いて、岩本課長が顔を覗かせた。
「おーい、片桐君、矢澤君。そろそろ時間だよ~!」
「はい、すぐ行きます! 矢澤、この話はまた後で」
「了解!」
* * *
俺達講師陣を含めた四つの課の主任十二名全員と、その上司である課長四名、そして大場部長が席に着き、新人の割り当て決定会議が始まる。
新入社員達の研修での印象、教育担当との相性等を加味し、出来るだけ早く戦力となるよう配置を検討、決定するのがこの会議の趣旨だ。
司会進行は矢澤が務めている。
「皆さんに配布した資料が、新人の特徴を捉えた物になります。今回、研修担当ではなかった方も時間も見つけて会場に来ていただけたと思います。皆さんが感じた新人の印象や特徴、得られた情報を共有したいと思います。それでは、忌憚なきご意見をお願い致します」
「はい! 大谷まどかについてですが──」
先陣を切ったのは、第一試作評価課の松井だった。
やはり大谷か……。
あの子だけ飛び抜けてヤル気が感じられなかったからな。現状、俺に割り当てられる事になっているが、どう教育したものだろう。高校出たての小娘とは言え、女性と組むのは出来れば避けたいところだが……。
「私も意見、宜しいでしょうか?」
概ね意見も出尽くし、これで決定かと思っていた頃合いで、発言を求めたのは矢澤だった。
「何かあるのか?」
どうした、矢澤。何か妙案でも……。
「七瀬未来の事なんですけど、片桐さんが面倒みてみませんか?」
「俺が?」
「片桐主任と七瀬未来は相性が良さそうです。何度も質問していましたし、片桐さんもそう感じていたのではないですか?」
「そうかもしれないな……」
意欲は感じられたけど、相性はな……。
「どうですか? 当初は私のところに割り振られていましたが、あの子は片桐さんが面倒みてみませんか?」
「そうだね……大分気が強そうだが意欲も十分と感じられた。ただなぁ……」
「片桐、名前を間違えた縁だ。責任持ってお前が育てろ! それとも嫌か?」
そう言い放った大場部長はニヤリとしている。
どんな縁だよ……。
ええい! 仕方ない!
「いえ、嫌という事はありません。研修を受ける姿勢も真面目そのものでしたし……。分かりました。七瀬未来は私が受け持ちます」
やっぱり女の子かよ。
しかもあの七瀬未来か……先が思いやられるな。
まぁ、別に好き嫌いで選ぶ事ではないし、俺に出来る事をやればいいさ。
「それでは、決まりという事で。
七瀬を第一開発課に、それじゃ大谷は私のところに移動して宜しいですね?」
「うん、宜しく頼みます。
あ、大谷まどかは、どうも集中力が足りないような気がするから、飽きさせない様にしっかり面倒見てください」
「心得ました。私もそう捉えていますので問題ありませんよ。キッチリ仕込んで見せます」
矢澤は右腕をグッと握って力こぶを見せた。
おいおい、女の子に手を上げるんじゃないぞ。
こいつは少しやり過ぎるきらいがあるからな……。
「これで配属先は決定という事で皆さん宜しいですか?」
みんな無言で肯定の意を示す。
「課長も何かございますか?」
各課長は、いずれも無言のままだ。
「それではこれで確定という事で、しっかり育成していきましょう。議事録はこの後私が作成し、メールにてお送りしますので取り扱いには十分配慮願います。
以上、配属会議を終了します」
大場部長と四人の課長が席を立ち、順次主任クラスが会議室を後にする。
会議室に残ったのは俺と矢澤だけになった。
会議の為にコの字型に並べていた机を、元の位置に戻しつつ声を掛ける。
「矢澤、司会進行お疲れ様!」
「お疲れ様です」
「お前、大谷が欲しかったんだろ?」
矢澤は椅子を左手で持ったままこちらを向き、右手で頭をかきながら舌を出した。
「バレてましたか……。どうも自分は、ああいった一見ヤル気がなさそうで、磨けば光るっていうタイプが好きなんですよね」
「お前もそうだったしな」
「そうですね」
エヘヘっと矢澤が笑い、俺も釣られてフフッと笑った。
「さて、来週から新人教育だ。今年は主任クラス全員に新人が割り振られる事になったし、うかうかしてられないな。自分が受け持つ新人に不憫な思いはさせたくない」
「そうですね。若い頃は自分が進んでいるのか遅れているのか気になりますからね……」
「しかし、女の子を受け持つ事になるとはな」
「片桐さん……」
矢澤は何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言葉を発することはなかった。
机を元通りに並べ終えて、俺達は第一会議室を後にした。
来週からいよいよ新人教育が始まる。
あの、笑顔一つ見せない七瀬未来とのマンツーマンの教育が。