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第十八話 対策会議 後編

 

 さてこれからが本番だ。


  足早に正門を出て、駅方向へ向かって歩く人の列に加わる。本当に小久保さんが俺を尾行しているとしたら、何とかして捲かなければ……。


 早歩きのまま駅に着いた。そのまま駅構内を通過し、会社とは反対側の南口ロータリーに出る。どこか人の多そうな場所は……あれだ! あそこがいい。


 ロータリーに面したパチンコ屋に入り、店内をS字を書く様に歩き回って、反対側の出口から裏通りに出る。左右を見回すと、この道路に人は見当たらない。これなら尾行にも気付きやすい筈だ。


 少し走るか……。二十メートル程走って、さらに細い路地へ飛び込む。少し進んで(おもむろ)に振り向く。



 よし、誰もいないな……。



 線路を越えて、小走りに裏路地の商店街へ向かう。七月に入ったばかりで十八時を過ぎているのに、まだまだ日が高い。さっき走ったせいか、汗でシャツが体に貼り付き額にも汗が噴き出ている。


 万が一にも小久保さんに見付かる訳には行かない。そのまま赤い看板の店に飛び込んだ。扉を開けると、キャッシャーの傍に立っていたアカネさんが微笑みながら迎えてくれた。


「あら~、片桐ちゃん、いらっしゃ~い。皆さん、奥でお待ちかねよ~」


「アカネさん。お邪魔します」


 奥の個室の方を見ると、大谷が顔を出して手招きしている。どうやら三人とも集まってくれているようだな……。


 アカネさんに案内されて個室へ。上座には矢澤が、下座には七瀬と大谷が着いていた。一度席を立った矢澤に勧められるまま、奥の席に着く。

 

「矢澤、色々とありがとう」


「こんな事、お安いご用です。片桐さんの方は大丈夫でしたか? だいぶ汗だくですね」


「ああ、少し走ったからな。駅の向こうまで行って来たんだが、後を尾けられている気配は無かったよ。時々振り返ってみたんだが、大丈夫だと思う」


 矢澤が頷いた。七瀬と大谷を見ると、二人とも真剣な眼差しで俺を見ていた。


「七瀬、大谷。業務時間外なのに時間を取ってくれてありがとう」


「いいえ、いいえ。片桐主任がゴハンをご馳走して下さるって聞きましたので、もう即答でしたよ~。ねぇ未来?」


 はしゃいでいる大谷に、七瀬は気まずそうに「ええ……」と答えた。元気がない。やはり相当に参ってるようだな……。そんな七瀬の様子に気付いたのか、矢澤が大谷を(たしな)める。


「大谷、今日はそんな浮かれていられる話じゃないぞ」


「は~い。わかってま~す」


 大谷は、ペロッと舌を出した。


「あの、主任。これどうぞ。汗が凄いですよ」


「ああ、ありがとう」


 七瀬が差し出してくれた白いハンカチを受け取り、額の汗を拭く。さて、本題に入ろう。


「みんな、今日は何でも注文していいぞ。矢澤はビールでも何でも頼んでくれ、それから、この四人で緊急の会議を行いたい。現在までの状況について説明させてくれ」









「ほんっと、なんなのよあの女~、ムカつくわね~。なんだって未来ばっかり(いじ)めるのよ~」


 説明が終わり、真っ先に口を開いたのは大谷だった。普段はだらけた感じの大谷が、怒りを(あら)わにしている。ここまで真剣になってくれるとは、七瀬は本当に良い『心友』を持っているんだな。


 そんな大谷に矢澤が釘を刺す。


「落ち着け、大谷。ここで怒っても何も変わらないぞ。大切なのはこれからどうするかだ」


「だって、あの女、未来を目の敵にして~、最近は、私だって睨まれてるんですよ~。……でも、そうですよね。文句じゃなくてこれからどうするか考えないと、ですものね」


 大谷は落ち着きを取り戻し少しシュンとしたが、それでも目には強い怒りが籠っている。心なしか口も尖っているようだ。


「大谷、すまんが迷惑を掛ける。七瀬は何も悪い事はしていない。元はと言えば俺の『身から出た錆』だ。本当に申し訳ない」


「片桐主任は、何も悪くないと思います。悪いのは、あの厚化粧の年増女ですよ。それで、私にどうして欲しいですか? ハッキリ言って下さい」


 俺の答えは一つだ。最初から決まっている。




「七瀬を守ってくれ! 頼む」




 大谷はニッコリ微笑んだ。


「やっぱり、未来の上司が片桐主任で良かったです~。でも私、言われなくてもそうしますよ~」


「片桐さん。課長や部長に報告するにしても、何か証拠が欲しいところですね。現状では、具体的にあの女をどうこう出来るだけの材料が足りません。一応、週明けにでも課長の耳には一言入れておくべきかと思いますが、どうしますか?」


 矢澤が真剣な顔をして聞いてくる。


「そうだな。相談と言う事で話をさせてもらおう」


「了解です。私も勿論同席しますからね」


「いつも、何から何まですまん。お前には何と礼を言っていいか……」


「片桐さん。水くさいですよ。俺達の仲じゃないですか。そんな堅苦しく言わなくったって出来る事は何でも協力します」


 矢澤の太い腕が俺の肩を叩く。

 ありがとう、ただただ感謝を。ありがとう。


「それじゃ、そうと決まった訳ではありませんが、小久保は最近話題のストーカーになっていると想定して、我々四人で警戒するという事で――」


「あっ! そう言えば未来~、あの事言った方が良いんじゃないの?」


 矢澤の言葉を遮って、突然大谷が切り出した。

 何だ? 既に何か被害が出ているのか?


「何かあるのか?」


「あの~、最近なんですけど、未来のロッカーに、何かを叩きつけた様な凹みが出来てたんですよ」


「七瀬。本当か?」


「はい……。いつからなのか分かりませんが、気付いたらロッカーが凹んでいました」


 七瀬は淡々と打ち明けた。


「女子更衣室か……男が入る訳にはいかないしな。ここは大谷、頼めるか?」


「はい。出来る限り警戒致しま~す。その代わり矢澤主任、業務の割り振りは考慮してくださいね」


 矢澤の言葉に大谷は敬礼して答える。矢澤も渋々といった感じで、首を縦に振った。


 大谷の業務を減らせというちゃっかり発言を最後に、このストーカー対策会議は終わりを迎えた。


 やはり現状では具体的な対策を講じるのは厳しいか……。それでも、七瀬をこれ以上傷付ける事態は、何としても避けなければならない。


 結局、具体的な対策は殆ど何も決まらなかったが、情報共有という意味では有意義な時間だったと思う。






 茜亭を後にして裏路地を歩く。矢澤は方向が違う為、茜亭の前で別れた。随分と話し込んでしまったせいで、既に時刻は二十二時を回っている。やはりこの時間帯は、若い女の子を歩かせるには気が引ける。


「二人とも、俺が送って行くぞ。先週と一緒で、こんな時間に若い娘を歩かせるのは気が(とが)めるからな」


「本当ですか? 片桐主任の車に、私も乗せてくれるんですか?」


 大谷が嬉しそうに聞いてくるが、こんな時間に女の子二人帰して、何かあってからでは遅い。


「こんな時間になったのは俺のせいだから、二人とも責任持って送り届けるよ」


 自宅に向けて三人で歩く。この路地を曲がれば我が家が見えるという所で、大谷が囁いて来た。


「主任、静かに歩いてください。あそこに誰か立っています」


 ん? こんな真っ暗の中、立っている人がいるのか? 目を凝らして見ると、確かに俺の家の向こう、塀の切れ目に黒いコートを着た誰かが立っているのが見えた。こんな夏にコートを着ているなんて、明らかに怪しい。


「あっ!」


 思わず声が漏れる。


 俺達に気付いたのか分からないが、黒いコートの人物は、俺達から遠ざかる様に走り去って行った。まさか、まさかな……。




 二人を乗せて松木町へ車を走らせる。七瀬はともかく、後部座席の大谷は興奮しっ放しでキャーキャー騒いでいる。二十分程でアパートに到着した。


「片桐主任~、今日はごちそうさまでした~! また連れてって下さいね」


「主任、ありがとうございました」


 七瀬と大谷に見送られて車を発進させる。しかし気になるな、あのコートの人物。もしかしてあれが小久保さんだったとしたら……。俺の家が監視されている事になる。


 本当に小久保さんだとしたら……。

 ハンドルを握る手に立った鳥肌は、家に帰り着くまで治まる事はなかった。




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