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第十五話 夢 其の弐

 

 霧がたちこめる中をひたすら歩く。

 足元の砂利がザッザッと音を立てる。


 視界が悪く、殆ど先が見えない真っ白な世界。


 なぜ歩いているんだろう

 俺はどこに向かっているんだろう


 待てよ……ここは前にも来た事があるぞ。

 このまま進めば確か――


 後方からオレンジ色の陽光が差し込み、少しずつ霧が晴れていく。やがて、前方に大きな影が見えて来た。


 やっぱりそうか。あれは『世界樹』だ。


 歩みを進めるに連れ、木の輪郭がハッキリとしてくる。物凄く大きな木だ。前回と変わらず荘厳な雰囲気を纏い、草原の中に巨大な木が一本(そび)え立っている。大きく横に伸びだ枝はその一本一本が太く、相変わらず(みなぎ)るほどの生命力を感じさせる。


 あそこに行けば、また弥生に会える。急げ、急ぐんだ! 弥生の所へ。次第に歩みは早まり、気が付けば俺は走り出していた。


 世界樹の根元に近付くと、白いテーブルが見える。前に来た時は、あそこに弥生がいて、お茶の用意をしてくれたんだ。だけど今は弥生の姿は見えない。隠れているのか? きっとどこかにいる筈だ。


「弥生! どこだー。どこにいるんだーっ!

 俺だよ、優太だよ。出て来てくれーーっ!」


 どこにいる? どこにいるんだ。弥生を呼びながら辺りを探す。世界樹のまわりを一周して白いテーブルに戻ってくると、弥生がお茶の用意をしているのが見えた。


「弥生!! ここにいたのか……」


 こちらに振り向いた弥生は、柔らかな笑顔で椅子に手を翳し、俺に席を勧めた。いつもの弥生の笑顔に安心する。勧められるまま席に着くと、弥生はお茶とクッキーを差し出してくれた。


「ああ。弥生、ありがとう」


 受け取りながら礼を言うと、弥生も笑顔でお茶の入ったカップを手に取った。草原の中に一本だけ立つ世界樹の元でお茶をする。幸せな時間だ。とても静かに、愛する妻と二人でお茶を楽しむ。


 でも……



 そうだ。思い出したぞ。弥生は死んでしまったんだ。


 これは夢だ。前回、夢だと気付いた時には、目の前から弥生は消えてしまったんだ。でも今俺の目の前に、確かに弥生はいる。一体どういう事だ? 夢だと分かっていて、それでも夢の中で二度と会えないはずの弥生と話をしている。


「なあ、弥生。ずっとここにいるのかい?」


 弥生はキョトンとした後、笑顔を浮かべた。さっきからどうして何も喋らないんだ? 声が聞きたいよ。


「弥生、声を聞かせてくれよ。君の声が聞きたいんだ」


 それでも弥生は笑顔を浮かべるだけで、声を発する事はなかった。なら、今の俺の事を話そうか。とにかく話を続けないと、目を離した隙に弥生が消えてしまうような気がするから……。


「俺さぁ、今十八歳の女の子に仕事を教えているんだ。少し愛想が無いけど、とても真面目な子なんだ。その子をさ、この前泣かせてしまったんだよ。俺も辛くなって思わず――」


 その時、弥生の手が伸びてきて俺の頬に触れた。「や、弥生……」思わず声が出てしまった。弥生は、心配そうな眼差しで俺を見つめている。なんでそんな顔をするんだ。君はいつも笑っていてくれよ。


「どうしたんだ? 俺に何か言いたいのか?」


 尋ねても弥生の声は聞こえない。だけど、口の動きで何を言っているのか分かった。



(だ・い・じょ・う・ぶ?)






 だいじょうぶ?






 大丈夫? 



「弥生、何を言ってるんだよ。俺は大丈夫だよ」


 それでも弥生は心配そうな顔をして、俺を見つめ続けている。大丈夫だよ、俺はこのまま一人で生きていくよ。心配なんていらないから。忙しくしていれば、寂しくなんかないよ。


「なあ、弥生?」


 再び目を合わせると、弥生は否定する様に首を左右に振った。どういう意味だ? 違うのか? 俺の心配をしていたんじゃないのか……。それなら一体誰の?


 その時急に視界が真っ白になった。


「弥生、どこだ。やよいーー!」








 * * *


「やっぱり夢か……」


 時計を見ると、時刻は既に正午近かった。昨日は色々あったものな……。だいぶ疲れていたんだろう。今日が土曜日でよかった。とくに用事もないし、今日は、このままだらだらするのも良いだろう。


 一階に下りて弥生に線香を上げ、手を合わせる。


 弥生、今日の夢はどういう意味なんだ? 『大丈夫』って、君は一体何を心配していると言うんだい? 教えてくれよ。……教えてくれよ!



 弥生の遺影は、ただ微かに微笑むだけで、俺に何も教えてはくれなかった。



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