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第十二話 和やかなひと時 前編



 

 工業地帯を抜け、住宅街に入り大通りを歩く。スクランブル交差点を過ぎた所で裏路地に入ると、昔ながらの商店街の中に、洒落た赤い看板の店が見えて来る。

 独身時代、俺が頻繁に通った洋食レストラン、『茜亭』の前に着いた。


「七瀬、ここだよ」


「へぇ~、こんな奥まった所に、随分お洒落なお店があるんですね。『あかねてい』って読むんですか……私、知らなかったです。この辺りには初めて来ました」


 七瀬は物珍しそうに店の外観を見回している。


「そうか……。知る人ぞ知るって感じの店だからな。ご夫婦で経営されていて、以前は矢澤ともよく来ていた所なんだ」


「矢澤主任もこちらをご存じなんですか……。本当にお二人は仲が良いんですね」


「あいつとは、もう七年くらいの付き合いだからな……。さあ、入ろうか」



 扉を開けると、カランコロンとベルが鳴り、奥から女性が駆け寄って来る。

 赤みがかった髪をアップにし、白いシャツに臙脂色の胸当てエプロンという出で立ちで現れたのは、この店のママにして店主婦人のアカネさんだ。


「いらっしゃ~い。……あらっ! 片桐ちゃんじゃない。しばらくね~。もう全然来てくれないから、心配してたのよ~。元気にしてた?」


 アカネさんが、笑顔で迎えてくれる。


「何とかやってます」


「そう……。片桐ちゃんが元気になったのなら、それでいいわ、ってあらっ! あらあら~」


 俺の返事にニッコリ笑ったアカネさんが、七瀬に気付いて頬を緩める。


「お邪魔します……」


 七瀬がペコリと頭を下げた。


「アカネさん、紹介します。こちら、部下の七瀬未来(ななせみく)さん。今、私と一緒に仕事をしています。七瀬、こちら『茜亭』のママ、アカネさんだ」


「ちょっと、片桐ちゃん。ママはやめて~! 看板娘にしといて欲しいわ~」


 アカネさんがおどけてみせる。


 いやいや、あなた『娘』って歳じゃないでしょうが! 歳は知らないけど、実際、娘が二人いるママさんなんだし……。


「二人とも、いつまでもそんな所に立っててもしょうがないでしょ~。さあさあ、奥へどうぞ~。個室の方でいいのよね~?」


 そう言ったアカネさんは、奥の個室スペースに俺達を案内してくれた。個室といっても、天井部分は吹き抜けているから、半個室というのが適切な造りだ。話し声も通ってしまうが、カウンターやテーブル席よりは、七瀬も落ち着けるだろう。


「片桐ちゃん、注文はどうする~? お任せで良い?」


 席に着いたところで、アカネさんが言った。


「腹ペコなんで、肉が食べたいです。七瀬は?」


「私も、もうお腹ペコペコで……」


 お腹に手を当てながら七瀬が答える。


「という事で、お任せします」


「ハイハイ、かしこまりました~」


 アカネさんはメニューを畳むと厨房へ入って行った。

 今のやり取りに七瀬が驚き、目をパチクリさせている。


「あの、主任。今ので注文、大丈夫なんですか? 具体的な料理名が一切出て来なかったと思うのですが……」


「大丈夫だ。心配ない」


「そうなんですか」


 答えた七瀬は、不思議そうな顔をしている。


「ふふっ。まあ、来てからのお楽しみだ。それより気になっている事があるんだが、聞いても良いか?」


 もしかするとプライベートに立ち入るのはどうかとも思うが、やはり聞いておくべきだろう。あれ程取り乱した時の言葉だ。もしかすると、これまでの七瀬の振る舞いに関わりがあるのかもしれない。


「何ですか?」


「今日、お前が泣いた時『帰りたくない』と言ったんだが、あれはどういう意味だ?」


「えっ? 私そんな事言ってました? よく覚えてないですけど……」


 俺が深読みしただけなのか? 本当に覚えていないのか……。

 もう少し突っ込んでみよう。


「七瀬は長崎だったよな。ご家族は?」


「両親と弟が一人います。弟は今、高校一年生です」


「そうか……」



「は~い、お待たせ?」


 その時、個室の扉が開き、料理を抱えたアカネさんが入って来た。

 俺の目の前に置かれた料理はサーロインステーキ、七瀬には様々な肉が乗ったグリルだった。


「わぁ~、美味しそうですね」


 七瀬の目がキラキラしている。


「それじゃ、いただこうか」


「はい!」


 七瀬は早速チキンに取り掛かった。一口食べて幸せそうな顔をしている。俺も食べるとしよう。





「あ~、美味しかったです」


七瀬は幸せそうに腹をさすっている。


「そうか、それは重畳」


「ちょうじょう?」


 七瀬は首を傾げている。

 そうか、言葉の意味が解らないって事か……。


「良かったなって意味だ」


「はい、良かったです」


 七瀬は嬉しそうに笑顔で言った。


「七瀬さん、片桐ちゃんは優しいでしょう?」


 いつの間にか扉の前に立っていたアカネさんが七瀬に問いかける。

 これまで結構厳しい事も言って来たから、七瀬はどう思っているのだろう?


「はい、とっても優しいです! でも、間違えたときはしっかり厳しく指導してくださいます。私、片桐主任が教育担当で、本当に良かったと思ってるんです」


 七瀬は笑顔で答える。

 すると、アカネさんはさらに続けた。


「そう、良かったわね……。でも、それだけ?」


「「えっ?」」


 七瀬とハモッた。思わず顔を見合わせる。

 アカネさんの言った”それだけ”とは何の事だろう?



 < 後編に続く >

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