最終話『後編』〜エピローグ
「うん、切られないかも知れないね……」
悠木には意味が判らなかった。そして疑問に思っていた事を思い出しミサに尋ねた。
「そういえばさっき名前を付けてくれなかった……って言ったよね? あれはどういう意味?」
そう確かにミサは『名前を付けてくれなかった』そう言ったんだ。
「言葉通りの意味だよ、鈴美って名前だもん」
「…………ッ!!」
悠木は衝撃を受けた。
確かに鈴美が産まれたとき、悠木の奥さんは『ミサ』って名前を付けたいと言っていた。
しかし、悠木がそれを拒んだ。
自分が好きだった人の名前を子供に付けるのはあまりにも背徳的に感じられたから。
「でも、ミサって名前を付けなくて正解だったかも」
ぎこちない笑顔で言った。
見ている悠木が心を締め付けられた。
「だってミサは17歳までしか生きられなかったから……きっと鈴美ちゃんは『ミサ』じゃないから大丈夫」
「何となくだけどそんな気がするの」
悠木は耳を疑った。
(17歳までしか生きられなかっただって!?)
「ミサは……」
言葉が続かなかった。否、言える訳が無かった。
『ミサは何で死んだのか?』
そんな言葉はどういう言い回しをしても無慈悲以外の何物でもないのだから。
しかしそんな心情を悟ってかミサは自ら告げてくれた。
「うん、私は……ミサは……体が弱くて……それで……」
「言うな!!」
ミサは一瞬体をビクっとさせた。
そして目をぱちくりしながら悠木を見た。
「わかったから……もう言わなくて良い……」
悠木はそう言うとミサを優しく抱きしめた。
告白をするミサはあまりにも痛々しくて、触れるとすぐに壊れそうだった。
「やっぱりパパは優しいね」
そう言うとミサは悠木の腕の中で泣き始めた。
「ここはね、パパが良く連れてきてくれたんだよ? 自然の空気は体に良いって」
「……うん」
「でもここにビルが建つって言って切り倒しが始まって大変だったんだよ?」
「……うん」
ミサはずっと泣いていた。
不安だったのだろう。
怖かったのだろう。
今までの思いをぶつけるかの様に悠木に会った時の事を話始めた。
「初めはビックリした……写真でしか見たことの無いパパの若い頃そっくりな人が居るって」
「そしたら本人だったと」
悠木は軽く笑った。
それを見てミサは泣きながらではあるが、確かに笑った。
「うん……そう。パパ本人だった……」
「その時、私はこれは神様がくれた時間だ。って思った、もう私はこの世界に居てはいけない存在って何となくわかってたから」
ミサは涙を拭いて真摯な瞳でそう言った。
悠木はビックリした、そんな感じは微塵にも無かったから。
「あ〜ビックリしてる〜本当だよ? あの時、初めて話をした時。何故だかパパとしてではなく、他人って言ったらおかしいけど、血の繋がりが無い人として接してみたいって思ったの」
ミサは一呼吸置くと。
「今考えると血が繋がってる言いうのもちょっとおかしいね」
二人は笑った。
ひとしきり笑った後、悠木は昔に思っていた事を聞いた。
「そういえば、最後にミサと会った日……俺の前から消えた日……何で俺の前から消えたの?」
それは聞いてはいけないことかも知れない、たが悠木は聞いた。
ミサとの出会いは『思い出』になったとはいえ、その疑問はいつも頭から離れなかったから。
それを聞いてミサはちょっと難しい顔をしながら答えた。
「あの時、頭の中に声みたいなのが聞こえたの『もう時間は無い』って、それは私も何故だかわからなかったけど……」
ミサの言葉を聞いて悠木はわかった気がした。
もし悠木が告白をしたならば、ミサは多分その告白に応じただろう。
それがマズかったのだ。
どうであれ、ミサと悠木は娘と親なのだ。
それは禁忌。
だけど、子供が親と同じ年齢ならば好きになるのは当たり前かも知れない。
だって好きな人の子供、好きな人と似ているのだから……
だから、ミサに話しかけていた何者かは、それをわかっていてそんな事をしたのだろう。
「そうか……」
「うん……」
ミサは、はっとした顔になって言った。
「鈴美ちゃんだけど……私みたいにはきっとならないよ」
悠木は何を言ってるかわからなかった。けどすぐに思い当たった。
ミサは確かにこう言った。
『17歳までしか生きられなかった』と。
それは即ち、鈴美もミサと同じ年齢で死ぬという事。
ミサは悠木を心配させまいと付け足した。
「鈴美ちゃんは『ミサ』という名前では無いから、きっとミサとは違う運命を辿るよ!」
そして、こうも言った。
「きっと神様はパパに『ミサ』って名前を付けさせないためにこんな事をしたんだよ」
自信たっぷりに言うミサを見るときっとそうなんだ、そう思わせて少しの懸念も無くなった。
だが確かに、ミサと出会ったおかげで子供に『ミサ』という名前をつけなかったのだから。
「う〜んっと……言い難いんだけど……」
不意にミサが話しかけてきた。
「うん?」
悠木は先を促した。
「そろそろ……時間……」
悠木は何となくわかっていた。
またミサと出会い、今までに聞くことは聞いたのだ。
そろそろではないか?
思ってはいたが言えなかっただけなのだ。
自分が言い出さなければこの時間がいつまでも続くかもしれない、少なからず思っていたから。
(昔と……変わって無いな……ガキのままだ)
「うん、そうだね」
ミサはそんな悠木をお見通しかの様に微笑みながら言った。
「じゃ……多分これで会うのは最後だけど」
「あぁ……」
最後くらい笑顔で見送ろう。そう悠木は決めた。
(最後くらい……ミサに迷惑をかけるわけにはいかないよな)
「パパに会えて良かった」
「俺もだ」
「体に気を付けてね」
「……あぁ」
視界が白い光に包まれてきた。
それは温かくて、優しくて、とても心地良いものだった。
「元気でな! そして……ありがとう」
悠木は笑顔でそう言った。
その瞬間、光は視界を遮り何も見えなくなった。
(パパも……元気でね……)
もう何も見えない、ミサの言葉が微かに聞こえるだけだ。
だが、最後の言葉……悠木には、はっきりと聞こえた。
最後の最後まで悠木が言えなかった質問の答え。
(…………産んでくれてありがとう……)
確かにミサはそう言ってくれた。
【エピローグ】
「パパ〜! パ〜パッ!!」
その叫び声に悠木は目を開けた。
顔のすぐ前に見慣れた鈴美の顔があった。
「やっと起きた! ママが怒るから早く帰ろ!」
そういうと鈴美は一生懸命に悠木の腕を引っ張って起こそうとしていた。
「あれ? パパ泣いてるの? お目めが真っ赤だよ?」
鈴美は不思議そうに悠木の顔を見てそう言った。
言われて悠木は顔に手を添えてみたが……
確かに目元は濡れていた。
「いや、何でも無いよ。さて! ママも心配してるだろうし帰ろうか!」
涙を拭いながら悠木はそう言った。
「うん! パパ早く〜!」
悠木の言葉を聞くや否や鈴美は走り出した。
悠木は空を見上げた。
ミサと話をしている時みたいな綺麗な夕焼けだった。
「ミサ……ありがとう」
悠木の言葉の返事かの様に木々の葉を風が鳴らした。
ミサとの出会いは『思い出』だけでは無かった、ちゃんとした『形』となって残った。
証明すること何て出来ない。
否、証明する必要なんて元々無いのだ。
悠木さえ知っていれば良いのだから。
『産んでくれてありがとう』
そう言ってくれたミサはきっと、短い人生だったが満足したのだろう。
(鈴美……お前は特別な子だ)
悠木は最後に又、心の中でミサにお礼を言った。
夕陽を受けオレンジ色に映えた景色の中、親子は歩き出した。