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碧玉寺へようこそ!  作者: 佳景(かけい)
第四章 ストーカー
28/37

―28―

 志奈乃は女性を居間に通すと、台所に向かった。


 この間真綾から茶葉や茶菓子、やかんといった物の場所を教えてもらっていたので、迷いなく流しの下や戸棚を開けて必要な物を出していく。


 好きに使っていいとは言われているが、何だか泥棒みたいだなと思いながら、志奈乃は盆の上に人数分の茶器や饅頭を乗せて居間に戻った。

 

 志奈乃は床に両膝を付いて盆を置くと、襖越しに言った。


「失礼します」


 志奈乃は右手を襖の取っ手に掛けて少しだけ開けると、手を下に滑らせて半分程開けてから、手を変え、更に大きく襖を開けた。


 先程の女性は机の奥の窓際に敷かれた座布団の上にきちんと正座をしていて、その向かいでは魔王が硯で墨をすっている。


 机の上には水差しや筆、朱肉や印が入っているらしい箱も置かれていた。


「お茶をお持ちしました」


 志奈乃は畳に盆を置くと、女性の分から蓋付きの湯呑み茶碗と饅頭を並べ、全てを机に並べ終えたところで、女性に言った。


「どうぞ」

「頂きます」


 女性は取っ手を摘まんで片手で蓋を開けると、その蓋を茶托の脇に置いた。


 右手で湯呑み茶碗を持ち、左手を添えて一口飲んだところで、魔王が手を止めて言う。


「朱印帳を」

「はい」


 女性は湯呑み茶碗を茶托に戻すと、バッグの中からA6サイズくらいの大きさの御朱印帳を取り出した。


 黒地に大小様々な色や柄の花が咲き乱れた御朱印帳は、とても可愛らしい。


「可愛い御朱印帳ですね」


 受け取った御朱印帳を開く魔王の横で、志奈乃が敷いた座布団に正座しながらそんな感想を漏らすと、女性はにこりと笑った。


「今まで御朱印集めに興味なんてなかったんですけど、たまたま文房具屋さんで見付けて、思わず買っちゃったんです。最近体を壊して仕事をやめたところで時間もありますし、せっかくだから集めてみようと思って」

「私の祖母も好きで集めてるんですよ。祖母は熱心に仏様を信じていて、このお寺の檀家もやってますし、その縁でこうやってお手伝いをさせてもらっているんです」

「じゃあ、そちらの方も檀家さん、ではないですよね……」


 女性は御朱印帳に筆を走らせる魔王を一瞥してそう言った。


 人種からして仏教徒ではなさそうであるし、女性が言うようにこの寺の檀家でもないのだろう。


 そんな事実があればとうに話に出てきているだろうが、全くそんなことはなかったし。

 

 志奈乃は先日聞いた説明に基づいて、簡単に説明した。


「その人はこの寺の副住職の知人で、善意でこの寺の手伝いに来てくれているんです」

「ということは、お二人共ボランティアな訳ですか。毎日このお寺にいらっしゃるんですか?」

「いえ、流石にそれは……火曜と木曜と土曜だけです」


 志奈乃がそう答えたところで、魔王が筆を置いた。


「書けたぞ」


 どれどれと御朱印帳を覗き込んだ志奈乃は、目を瞬かせた。


 魔王は日本語が流暢に話せるだけでなく、書く方も堪能のようで、文字は全て草書体で書かれている。


 これでとんでもなく字が下手だったら、外見から受けるイメージとのギャップに思わず萌えそうなところだが、下手どころかあまりに達筆過ぎて半分くらいは読めなかった。


 引きこもりであること以外は、本当に期待を裏切らない完璧さだ。


「すみません、これって何て書いてあるんですか?」


 志奈乃が右上の二文字を指差して、魔王にそう尋ねると、魔王は淀みない口調で答えた。


「奉拝――慎んで参拝するという意味だ」


 魔王にそう教えられても、志奈乃には元の漢字の片鱗すら見付けられなかった。


 草書体は字画の省略が大胆過ぎるので、知識がないと解読できないことが多い。


 流石に「奉拝」の下方に書かれた今日の日付は大体読めるけれども。


 志奈乃は中央に一番大きく書かれた文字へと指を移した。


「これは『大日如来』、ですよね?」

「来」の字だけ読めなかったが、「大日如」まで読むことができれば後の一文字は推測できる。


 魔王は浅く頷いて言った。


「そこには寺の本尊の名や、本尊のいる堂の名を書くものなのだ。ちなみに、ここには本尊を梵字で表した宝印や、『仏法僧宝』の四文字を彫った三宝印などを押すのが一般的だな」


 この人、本当に仏教関係のことに詳しいなあと感心しながら、志奈乃は左下の文字へと指を滑らせた。


 赤い寺印に被って書かれた墨字はこれまた達筆で、上の二文字は読めないが、最後の一文字は「寺」のようだ。


「もしかして、これってこのお寺の名前ですか?」


 魔王は上品に湯呑み茶碗の蓋を開けながら答えた。


「そうだ。そこには寺号を書くことになっているのでな」


 魔王はそう言いながら、御朱印帳を女性に向けて差し出した。


 女性は御朱印帳を受け取ると、嬉しそうに目を細めて魔王の書いた墨字を見下ろしてから、魔王に問いかける。


「あの、御朱印を受け付けていないということは、御朱印代は特に決まっていないんですよね?」

「そういうことになるな」


 静かに湯呑み茶碗を傾ける魔王に、志奈乃は尋ねる。


「ちなみに、御朱印代の相場っていくらくらいなんでしょうか?」

「三百円程だ」

「では、三百円お支払いしておきますね」


 女性はそう言うと、トートバッグからピンクの長財布を取り出し、きっちり三百円を支払った。


 魔王は女性から御朱印代を受け取ると、懐からパソコンのマウスも入らないであろう小さな巾着袋を取り出し、御朱印代を入れてから再び懐に戻す。


 あんな小さい巾着を使う機会などそうないだろうに、よくこのタイミングで持っていたものだと思いながら、志奈乃は魔王と同じように湯呑み茶碗の蓋を開けた。






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