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碧玉寺へようこそ!  作者: 佳景(かけい)
第四章 ストーカー
27/37

―27―

 週が明けて、特に何事もなく火曜日が過ぎた。

 

 そして木曜日。

 

 志奈乃は本堂の雑巾がけを終え、魔王の監督の元に墓地の草むしりをしていた。


 今日は小雨が降っていて、少し冷える。


 志奈乃は雨だれの中から猫がちょこんと覗いている白いビニール傘を差し、軍手を嵌めた手で黙々と雑草を抜いていた。


 屋根がある本堂の中はともかく、外掃除は休みかと思いきや、魔王はそんなことを許してくれる程甘くはなかったので。


 今日も軍手は持って来ていたが、濡れた草に触っているとどうしても水が中に染みてくるので、これから雨の日にはゴム手袋を持参した方がいいだろう。


 黙々と草むしりを続ける志奈乃の側で、魔王は紫の桜柄の和傘を手に静かに佇んでいた。


 どうやら魔王の今日のファッションテーマは和洋折衷のようだ。


 漆黒の小袖。


 青みがかった灰色の羽織は、両の羽袖が反対の肩に回されて、まるでマントのようだった。


 紫色の玉が連なる羽織紐が、黒い小袖によく映える。


 羽織と同じ色の袴の下には、黒いブーツがあった。


 長い黒髪を後ろで編み込みにして、青みがかった灰色のリボンを結っている。

 

 先日コスプレを勧めた時には特に興味はないと言っていたが、魔王はファッションセンスが独特なので、最早限りなくコスプレに近かった。


 こういう少し変わった服を堂々と、それも綺麗に着こなせる辺りがこの人だなあと志奈乃が思っていると、雨音に混じって車のエンジン音が聞こえてくる。


 この辺りは民家や畑ばかりのとても静かな所なので、音が聞こえれば嫌でも意識せざるを得なかった。


 志奈乃がこの寺に来るようになってから、ここをわざわざ訪ねてくる人はほとんどいなかったので、きっとこの車も通り過ぎるのだろうと思っていたら、予想に反して音は遠ざかることなく近付いて来る。

 

 志奈乃が何気なく音の方に目をやると、志奈乃の車の脇に駐まった車のドアが開いて、二十七、八歳くらいの見知らぬ女性が出て来た。


 差しているのは、色とりどりの花が咲き乱れる透明なビニール傘。


 肩に付かない長さの髪は落ち着いた茶色で、緩やかにウェーブしている。


 きっちり化粧を施したその顔はなかなか綺麗に整っていたが、どこか寂しげでもあった。


 白いプルオーバーに、着丈の長い白いカーディガン、細かくプリーツの入った濃い目のピンクのフレアスカート。


 スカートより更に一段濃いピンクのトートバッグにベージュのパンプスというフェミニンな装いがよく似合っていて、志奈乃は少し気後れする。


 密かにこういう可愛い服装に憧れがあったりするのだが、自分のような地味な女には絶対に似合わないので、フェミニンな服が似合う女性を見ると、憧れと同時に劣等感を覚えずにはいられなかった。

 

 女性が本堂に向かうのを確認して、志奈乃は再び草むしりに戻る。

 

 わざわざこんなマイナーな寺に参拝に来るとは物好きなことだが、寺の規模によってご利益が変わる訳でもないのだから、近くの住人が来ることもあるだろう。

 

 志奈乃が大して気にも留めずに草むしりを続けていると、賽銭箱に賽銭を投げ入れる音がした。


 そのまますぐに帰るのだろうと思っていたら、程なくして背中に女性の声が掛かる。


「すみません、このお寺の方ですか?」

 

 志奈乃が手を休めて傘ごと後ろを振り返ると、先程の女性が墓地の前に立ってこちらを見ていた。


 立ち上がった志奈乃は、女性に歩み寄って質問に答える。


「寺族ではないですけど、留守を預かっている者です。何か御用ですか?」

「実は、御朱印を頂けないかと思って……」


 御朱印は元々経典の書写を寺に納めた時にもらう証だったそうだが、今では参拝した証にもらうものになっていて、スタンプラリー感覚で御朱印を集めている人も多いらしい。


 若い女性の好むような可愛らしいデザインの御朱印帳もあって、御朱印集めはそれなりに人気があると聞いていた。


 興味のない志奈乃からすると、一体何がそんなに楽しいのかよくわからないが、志津子も友達と遠出をした時に寺巡りをして御朱印を集めていたりするし、コレクター気質がある人にとっては御朱印が増えていくのが楽しいのだろう。


 しかし、果たしてこの寺に御朱印はあるのだろうか。


 御朱印は全ての寺にあるものではないと志津子が言っていたので、この寺にあるとは限らなかった。


 留守番を引き受けるに当たって、魔王はこの寺のことを一通り樹達から教えてもらっているようなので、魔王ならその辺りのことも把握しているのだろうが。


 志奈乃が御朱印のことを魔王に尋ねようとした矢先、魔王が女性に向かって言った。


「この寺にそういったものはないが、寺印はあるし、墨字ならば書くことができるぞ。雰囲気を楽しめさえすれば構わないと言うのであれば、用意をしよう」

「じゃあ、お願いします」

「では、こちらへ」


 魔王はそう言うと、庫裡へ向かって歩き出しながら、志奈乃を振り返って続ける。


「客人に茶をお出ししろ」

「あ、はい」


 志奈乃はゴミ袋を引っ掴むと、慌てて魔王の後を追った。






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