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軽く会釈をした和人が、足取り軽く山門へ向かっていく。
志奈乃は樹と魔王と三人で、遠ざかっていく和人の背中を見送りながら言った。
「何だかドタバタだったけど、解決して良かったね」
「確かに良かったけど、すげえ疲れた。本気で本堂が殺人現場になったかと思ったし」
げっそりした面持ちでぼやく樹に、志奈乃は少し同情した。
「うん、あれはビビるよねえ」
殺されるかと本気で怯えていた和人の形相は夢に出て来そうな程凄まじかったし、ぐったりして動かなくなった時には本当に死んでしまったのかと怖かった。
傍から見ていているだけであれだけ怖いと、当事者には絶対なりたくないと思う。
生きている以上、いずれ死ぬのは避けられないが、たとえこの先ホームレスになることがあったとしても、自殺だけはしないでおこう。
自分で自分を殺すなんて、怖過ぎてとても無理だ。
志奈乃がそんなことを考えていると、樹が非難がましい目を魔王に向けた。
「幸い、今回は大事にならずに済みましたけど、ああいう真似は金輪際やめて下さい。その内本当に訴えられますよ」
「覚えておこう」
反省という言葉を知らないかのような顔と声で魔王が言うと、志奈乃は樹に尋ねる。
「ねえ、魔王さんって平気で人の首絞めたりできるようなキャラだから、『魔王』なんて渾名なの?」
「あー……まあ、当たらずとも遠からずって感じだな」
「ふーん」
どうやら結構な資産家のようであるし、表はクリーンでも裏ではかなり黒い商売をしていたりするのだろうか。
そう考えて、志奈乃はすぐにその考えを打ち消した。
そういう人が、こんな所で無償奉仕活動をしているというのは考え難い。
多分「魔王」という渾名の由来は全く違うところにあるのだろうが、日常の姿とはかけ離れた裏の顔がある方が面白いので、妄想の世界における魔王の設定の一つに追加しておこう。
ああ、楽しい。
何だかんだ言って、この寺が結構気に入っている志奈乃だった。




