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碧玉寺へようこそ!  作者: 佳景(かけい)
第二章 引きこもり
17/37

―17―

 樹は魔王と共に無事に寺へと帰り着いた。


 帰るために本堂へ向かう魔王を、深く礼をして見送ってから、玄関の引き戸に鍵を差し入れようとすると、その前に玄関の鍵を開ける音がして、戸が勢いよく引かれる。


 開け放たれた戸の向こうでは、作務衣姿の英知と普段着に着替えた真綾が揃って待ち構えていて、樹は面食らいながらも言った。


「た、只今……」


 真綾は「お帰り」の一言もなく間合いを詰めると、鬼気迫る形相で問い詰めてくる。


「どうだったの!? あの人と一緒に雅楽さんの家に行って来たんでしょ!? 大丈夫だった!?」


 どうやら真綾は思った以上に心配してくれていたらしい。


 それは多分、英知も同じなのだろう。

 

 樹は二人を安心させようと言った。


「大丈夫だったぞ。あの人、あれで結構優しいところもあるみてえだし、志津子さんの悩みを解決するために随分骨折ってくれたし。あの人がいなかったら、多分解決できなかったんじゃねえかなあ? 特に人助けに関心はなくて、暇潰し感覚みてえだけど、契約したからには、やることはきっちりやってくれる人だと思う」


 決して口からでまかせの心ない言葉という訳ではなく、一緒に仕事をして魔王から受けた正直な印象だった。


 わざわざ志奈乃を寺に来させることにした辺り、人助けをしたいという自分の願いを叶えるために配慮してくれているようであるし、魔王はただ悩みを解決すればそれでいいと考えている訳ではないのだろう。


 一見ひどく冷淡そうに見えるが、思った程ビジネスライクに仕事をするタイプではないようだった。


 少々荒っぽいところはあっても、基本的な礼儀は弁えているし、機転も利くし、一緒に仕事をしていく上で不安を感じるどころか、むしろ頼りになりそうだとすら樹は思ったが、真綾は表情を和らげることなく言う。


「今回は大丈夫だったみたいだけど、私達を信用させて油断させる作戦なのかも知れないし、一応気を付けてね」

 

 流石慎重派だけあって、真綾はまだ魔王に対する警戒を緩めるつもりはないようだ。


 最早どれだけ警戒したところで、全く何の意味もない相手なのだが。

 

 とりあえず安心したらしく、真綾は樹に背を向けると、すぐ近くにある自分の部屋に引っ込んだ。


 その場に残った英知に、樹は事務連絡を済ませておくことにする。


「今度の火曜から、火・木・土の週三日、雅楽さんの所の志奈乃さんに寺の手伝いに来てもらおうと思うんだ。平日は仕事があるから、魔王さんに見ててもらうことになるけど。無償奉仕で寺の予算も使わずに済むから、檀家さん達に承認もらわなくても大丈夫だろ? 親父がいない所で勝手に決めてきて悪いけどさ」

「それは構わんが、急にどうした? 志津子さんの悩みを解決するために必要なことなのか?」

「多分。今のままだと、根本的解決にはなってねえし」

 

 たとえ家族でも檀家の悩みをぺらぺらと話す訳には行かないので、詳しい事情は話せなかったが、その辺りは英知も心得たもので、特に詮索することなく言った。


「志奈乃さんがここにいることで物事がいい方に運ぶと思うなら、そうしてあげるといい」

「ありがとう」


 草履を脱いで靴脱ぎに上がった樹が深い溜め息を吐くと、英知が不思議そうに訊いてくる。


「浮かない顔だな? 志津子さんの悩みは解決したんだろう?」

「そうなんだけど……すげえ感謝してもらってお布施までもらったんだけど、俺ほとんど何の役にも立てなくてさ。こっちの話を聞く気が全くない奴を説得するのってすげえ難しくて、俺が未熟だからって言っちまえばそれまでだけど、『俺って無力だなあ』とかいろいろ思うところがあったんだよ」

「そうか……」


 英知は少し考えてから続けた。


「過程はどうあれ、結果的に志津子さんが喜んでくれたなら、それで十分だろう。救われたいと思っていない人間は、きっと仏様でも救えないものだ。だから、そう気落ちすることもないと思うぞ? 私達は僧侶だから、たとえどれだけ相手に拒絶されても、その人が助けを求めて来た時には、温かく迎える心づもりをしておく必要はあるだろうがな」

「……そうだな、親父の言う通りだ」


 樹は自分に言い聞かせるようにそう言った。


 たとえ魔王がいてくれたとしても、きっと救えない人や救われない人はいるのだろう。


 せめて自分が関わった人達くらいは全員助けたいし、幸せになって欲しいが、それができると思うのは傲慢に違いなかった。


 差し延べた手を取るも取らないも相手の自由で、良かれと思ってしたことを拒絶されるのは辛いが、きっとその人にはそうせざるを得ない理由があるのだ。


 それは決して責めるべきことではないし、英知が言うように、相手が助けを求めてきた時にはもう一度手を差し延べることを躊躇うべきではないのだろう。

 

 その時が来るまでは、ただ見守るしかなかった。


「人助けって、簡単じゃねえよなあ……」

「救うのも救われるのも、なかなかそう簡単には行かんさ。だから私達のような者がいるんだ」


 そう言って踵を返した英知を追いかけて、樹は歩き出した。






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