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F3の記憶

習作

 レースの世界に未練が無いかと言われれば嘘になる。

 まだガキの時自分の事周りで手一杯の頃、テレビの画面に映る魔法使いたちが命を懸けて競う所を噛り付いて見ていた。隈なく広がる紺青の空にホウキから溢れ出る多彩な色が組み合わさったレースの世界はとても輝いていて、自分の周りの世界がひどく褪せているように感じた。

 公園で遊ぶぐらいしかやる事が無かった自分がレースに憧れるのも必然、いやごく自然な流れだったのかも知れない。


 F1、それは箒の天才が集う世界最高峰のレース。ヨーロッパ、アメリカ、インド、全世界で市民から熱狂的な支持を受ける人気なスポーツの一つだ。GPで優勝すれば一生遊んだ使っても有り余る賞金と名誉を獲得する。

 子供がなりたい職業不動の一位であり箒協会が莫大な金をつぎ込む大規模なモノだ。

 レーサーを支える箒メーカー達は血眼になって入賞を目指す。

 F1を頂点としたSF、F3、F4と続いて行く。

 最高峰クラス以外にも集団で走行するカテゴリなどもあったが個人で競うレースへと人気はシフトして行った。現在はフォーミュラクラス底辺のS-FJがF4、F3への登竜門と言う形で聳え立ち。

 F3はSF、F1への若く才能溢れるレーサー達を集め上り詰めていく場所になっている。


マナと魔力、それは箒レースに切っても切れない存在だ。マナとは体内にあるエネルギーであり魔力はそれを表面化し外に出したマナの総称である。

生まれながらにして保有するマナの総量には差があり、昔ながらの貴族、華族の血を引くエリート層が優れている場合が多い。マナを持つ者、持たぬ者。

持たざる者の差は大きいと言える。

話が少し逸れてしまったがとどのつまり箒を操るにはマナが必要という事だ。

体内のマナを箒を通して世界に対し独自の力を加える。レースであれば宙を舞い駆け抜ける力に変換するのだ。

変換するならマナを持つものは誰でもできる、しかしそこに風を読み乗りこなす技術が必要とされると途端にできる人間は少なくなる。本来人間は飛ぶように設計されてはいないのだ。自分の感を頼りに微調整しながら飛行し少しのミスも許されない。失敗すれば生きて日の目は見れない。

そんなピーキーな操作が要求される箒だが全部で柄、房、回路で構成されている。

古くから魔力伝導の効率観点から全体が木で構成され回路は魔力で描くのが吉とされていたが1990年頃にアメリカと日本の共同メーカーが柄と房を金属で覆い回路を電気と魔力を混ぜた形にする混合回路と制御チップが開発された。

 突発的な横風に煽られてもマナを自動で調整しバランスを保つ画期的な部品である。

 金属箒は世間で賛否両論だったが規定違反では無く、表彰台を次々と飾る内に業界全体が金属箒の路線へとシフトして行く。


  ガキの頃の自分は思い立ったが吉日とフォーミュラカテゴリの最下層であるRACING BROOMに参加したい旨を両親に伝えると、特に反対される事もなく箒を買い与えられた。

 中流階級の実家では痛い出費にも思えるが、今まで何にも興味を示してこなかった息子がレーサーになりたいと言って嬉しくなったのだと思う。

 公園に箒を持ち込んでは制御の練習をしたりと特訓の日々と休日はレースの日々が続いた。

 そんなレースに漬けだった幼少期でもリリアン・マクレーンと言う選手が特にお気に入りだった。圧倒的なマナ容量によって他の選手を抜き去り、一切追い越しを許さない逃げの構えが好きだった。

 幼少期の自分のスタイルに多大な影響を与えたのは事実であると言える。


 そこからは秘めたるセンスがあったのか無かったのかはわからないがトントン拍子でRACING BROOM、S-FJ、F4へと最年少で登りつめて行き、各メディアでは”神童現る!” “期待の新星!?第二のリリアンか?”などと持て囃され二年前、F3へと昇格した。


 しかし神と言うのは残酷で、人に与えられた才能と言うのは差があるのである。都合のいい未来だって存在しない。自分が持つ能力で最大限戦う、それが勝負なのであり現実なのだ。



 ✳︎


 山間部特有の肌寒い風に三角帽が揺れ、寝ぼけていた目が覚めていくのを感じる。


「予選会ではゴードンと並んだらしいな!」


 耳元の冷たいインカムからは聞き慣れた声が漏れ出る。


「負ける訳無いだろ?」


 無線越しの仲のいいピットクルーに言葉を返した筈が不敵にも顔がニヤついてしまった。そもそもの話F3で長年燻ってるヤツに敗北を喫する訳無いのだ。さしずめF3の番長と言った所か。

 予選ではデビュー戦でポールポジションを取ろうとしたが、流石に一日のフリー走行ではコツを掴むことはできず上位スタートとなった。

 前から三番目のスタンディングスタートで開幕に接触さえ無ければ表彰台を余裕で狙える位置だ。最年少でF1に成り上がるためにはこんな所に収まってはいられない。

 焦る気持ちと気分を落ち着かせる為に箒の柄を触る。レース前、緊張してる時はこうして乗り越えてきた。

 そろそろレースが始まる。


「最初のシケインさえ気をつければお前だったら行ける」


 ゴードンに抜かされるなと最後に忠告される。

 気を引き締め直すと箒の房の部分を軽く叩き、上空へ舞い上がる。

 房からはマナが漏れ出て高度が高くなるにつれ飛行機雲が出来上がる。

 高度2500フィートまで上昇すると酸素が薄くなり自分の体に脈打つ速度が徐々に早くなるのを感じ自分の中の何かが研ぎ澄まされていく。

 周りに目を向けるとかなりの高さで恐怖を感じそうになるがそれに反するように東の水平線には月が昇りかけていてひどく幻想的に思えた。

 集中力が高まるのを感じると箒にマナを徐々に込め、箒は準備万端と言わんばかりに吼える。

 空中に浮いているボートにレッドシグナルが一つ点く。

 これがあと四つ刻まれれば始まる。


「風向きは問題無し、天候も安定してる」


 ピットクルーがそう言うと二つ、三つと赤色に点灯する。


「乱気流も発生しそうにない」


 四つ。


「オールグリーン、全力出してけ!!」

「了解」


 五つ

 是と呟くとマナを全力で投入し速度を上げる、前から吹き付ける突風が上に乗る自分のバランスを崩しに来る。

 スタートラインから第1シケインまでの300mの混沌とした直線での前に出る争いがこのレースの重要ポイントだ。

  前にいるゴードンを風よけに使いスリップストームを発生させようとするがケツから押してきている五位に縦に挟まれ自分が横に抜け譲ると言う形になった。

 後ろを振り返ると中間スタートと下位スタート組がぶつかり団子状態で争いあっていた。

 景色が切り替わり直線を抜け、第1シケイン手前で自分を含む上位6人よるイン取りが始まる。


「接触すんなよォ!!!」


  ピットクルーが叫ぶ声かインカムから響くが無視だ。空中に浮く縁石ギリギリを攻めコースの壁ギリギリでドリフトを効かせ曲がる。

 二位のゴードンと一位が争う隙間を練るようにシケインに突入し急ブレーキをかけた反動で体が前に吹き飛びそうになる。

 ゴードンのブロックによって前には出れなかったがケツの三人とはだいぶ距離を離した。

 シケインを抜けると直線なコースが続く、先逃げが強いモンテナコースでは第1シケインとスタートに戻る際のヘアピンとシケインさえこなせれば単調なコースでは追い越すことは難しい。

 

「順位は変わってないがリードは多少なりとも此方にある、最後のヘアピンで抜け」


 今のブロッキングとポジショニングによって前二人はマナの使用が通常より多かったようでまだチャンスはあるぞと細く笑む。

  次のカーブまでは後ろから駆け引きしているだけで済みそうだ。無理にオーバーテイクを狙う必要は無い。

  直線2/3に当たるところまで飛ばしていると下位スタート組が丁度シケイン抜けた辺りで混戦が終わったらしく中間層の上位と上位組の後ろの方にいた三人も後ろにつけている。

 F3のレベルに舌を巻きたくなるレベルだった。正直逃げ専として活躍してきた身としては簡単に引き戻されては話にならない。

 そう思っていると前方に上下の高さと大きく弧を描く第一コーナーが見えてくる。


  注ぎ込むマナの量を減らし機動性の良し悪しを選択することにした。急な乱高下に体に負荷がかかり軋み始める。しかしゴードンのケツにぴったりくっつくことが出来た。

 難易度の高いカーブでは相手も余裕が無いようだ。スリップストームが発生しゴードンを抜き去り、自分の方が上手いと笑みを振り返り浮かべる。

 風に揺れてはっきりとは分からないが顔が赤くなり怒りの表情を浮かべているように見えた。

  一位とゴードンに挟まれ縦に列を成す。

 第一コーナーを抜けた先には連続した第二、第三コーナーが続く。

 急激なロールによってGがかかるが体を捻りわしゃわしゃと髪の毛が暴れる。

 

「ゴードンのピットクルーのヤツら怒り狂ってるぜ!!!」


 あの煽りが予想以上に効果があり驚きを感じる。残り半分を超えたあたりから箒から出るマナの残痕が増え出すの感じる。素早く回路に制御をかけるが出力は落ちるばかりでコントロール不可能な域に達そうとしている。


(オーバーテイクする時に箒を酷使しすぎたか?)


 物思いに耽る中、次々とコーナーのインに敵が侵入して行く。ゴードンも猛然と追い越していくのを見届ける。

 

「ダック‼︎ 予備の回路を使え‼︎」


 ノイズ混じりの無線から聞こえる明確なアドバイス通り柄に付属している回路を摘んで捨てる。予備の回路を起動し速度を取り戻した。

 風を翔けるように次々捲り、中間層をごぼう抜きして行く。

 ヘアピンカーブに差し掛かる頃には上位層の団子には入ることができた。

 この五連続のカーブを制したものが勝つ、と言わんばかりに上位組の出力が上昇する。

 第一、第二のカーブを丁寧にコース取りし的確にインに侵入する。一人がランオフエリアへ曲がりきれず突っ込む。

  第三カーブ手前では激戦区で接触ギリギリのプッシュを真隣の男が仕掛けて来る。

 速度を軽く落としタイミングをずらしてやるとバランスを崩し縁石から飛び出る形になりタイムロスさせる事が出来た。

  第四では角度が急になり曲がりにくくなる。

  確実に行く為マナを落としブレーキをかけ、アウトからインへ走り抜ける。

 第五手前でゴードンと並ぶように走ることになり横目で伺うと目が合うのが分かった。

 嫌な笑みを浮かべるゴードンが何か口を動かしていた。

 四文字で風が強くなんと言っているかは分からない。嫌な予感を抱えながら最後のカーブへスロットを上げる。ゴードンの猛プッシュに負ける事なくインを取りカーブを抜ける瞬間。

 アウトにおり、少し前にいる形になったゴードンが減速し箒の房から逆噴射でマナの残骸を顔に吹き付けてきた。

 目の前が真っ白で何も見えなくなり、目を抑えたくなる。後で協会に訴えてやると思い目を開けるとそこにあったのは壁だった。

 体が衝撃を受け壊れそうになるのを感じながら記憶はそこで途切れた。




先輩呼びしてくる可愛い後輩を出したい

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