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第10章 団結(VOL.6)

「やれやれ」

 茂樹が出ていった扉を見つめながら、敏夫がため息をついた。

「なんで、あのまま返したんですか。警察に引き渡しゃよかったのに」

「凄いですね。話には聞いていたけど、あんなに自分勝手だとは。あいつ、清水さんのことなど、これぽっちっも心配してませんでしたよ」

 憤懣やるかたないという様子の内村とは対照的に、小川は呆れている。

 他の社員も出てきて、敏夫たちを労った後、口々に茂樹のことを言い合った。

「あいつ、あんなとこで張ってますよ」

 外を覗いた小川が、会社のビルの前にある電柱の陰に茂樹がいるのを確認し、敏夫に告げた。

「懲りない奴だな。ようし、俺が追い返してやる」

 意気込み勇んで出ていこうとする内村の腕を、敏夫が掴んだ。

「やめておけ。これ以上騒動を起こしたら、清水さんに迷惑が掛かるだけだ」

「それもそうですね」

 早苗に迷惑が掛かるの一言が効いたのか、内村は敏夫の制止に素直に従った。しかし、口調はさも残念そうだ。

 一応、茂樹を撃退したものの、あの様子ではなかなか諦めないだろう。

 敏夫は早苗に連絡を入れ、今日のところは直帰するように伝えた。

 迷惑をかけたみんなに謝りたいのと状況を聞きたかった早苗は、なかなか敏夫の言葉にうんと言わなかったが、茂樹が会社の前で張っていることを伝えられて、渋々ながら承諾した。

 敏夫も、このまま帰ったのでは落ち着かないだろうと思って、どこかで待ち合わせて、自分が報告すると早苗に告げた。

 早苗は、感謝の言葉を口した。

 その声が、少し震えていた。

「と、いうわけさ」

 茂樹にあらぬ疑いを持たせぬよう、何気ない態を装って定時に退社した敏夫が早苗と落ち合って、今日のことを一部始終告げた。

 誇張することも、恩に着せるような言い方もせず、あたかも業務報告をするがごとく、淡々と告げた。

 敏夫が会社を出たとき、茂樹は、まだ電柱の陰で張っていた。

茂樹が後を尾けてくるのではないかと思った敏夫は、しばらく歩いたのち、さりげなく振り返ってみたが、茂樹はまだそこにいた。

「そこまでは、頭が回らないようだな」 

 敏夫が小さく呟いて、安心して歩きだした。

 あの粘りを、仕事に活かせばいいのに。

 敏夫は、人とは不思議なものだと思った。

 誰しも、頑張れるものは持っている。茂樹も例外ではない。それが、違う方向に向いているだけだ。

 残念だな。そう思うと同時に、自分は気を付けようと思った。

「本当に、申し訳ありません」

 敏夫の報告を聞き終えた早苗が、深々と頭を下げた。

「いいんだ。想定の範囲内だったからね」

 敏夫の物言いは、まるで些細な事だといわんばかりである。

「でも、これからがやっかいだぞ。あの様子だと、暫くは諦めそうもないな」

 早苗が暗い顔になる。

「わたし、やっぱり、会社を辞めたほうが」

 思いつめた表情で早苗が言った。

「このままだと、みんなに迷惑がかかるばっかりで申し訳ないです。杉田さんにも、これ以上ご迷惑はかけれられません」

「馬鹿言っちゃいけない」

 敏夫が厳しい顔でたしなめる。

「そんなことで迷惑だと思うのだったら、初めからあなたを庇ったりはしない。みんなもそうだ。今日のことだって、あなたに同情する者はいても、あなたに怒っている者は、一人もいなかったよ」

 早苗が、顔を手で覆って俯いた。

 激しく肩が震え、覆った手から嗚咽が漏れてくる。

 暫く敏夫はなにも言わず、黙って早苗の姿を見守っていた。



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