表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/72

第10章 団結(VOL.4)

 早苗の引っ越しから数日は、何事もなく過ぎた。

 が、ついにその日がやってきた。茂樹が会社へ現れたのだ。

 幸運なことに、敏夫は会社におり、早苗は外出中だった。

 連絡するまでは会社に帰ってくるなと、内村に早苗への連絡を頼み、敏夫が応対に出た。

「ここに、早苗がいるだろう」

 挨拶もせず、いきなり茂樹が切り出した。眼が血走っている。

「早苗?」

「とぼけるな、清水早苗だよ。早く出せよ」

「ああ、清水さんか」

 こいつが、最低野郎の元カレか。

 敏夫が、さりげなく茂樹を観察する。

 確かに、顔立ちはいい。しかし、どことなく品のない顔をしているし、全身から粗暴な雰囲気を醸し出している。

 清水さんも、よくこんなのを選んだな。

 今の早苗なら、絶対に選ばないだろうというような、顔だけが取り柄の男だった。

「あなたは、清水さんと、どういった関係がおありなんですか?」

 敏夫が、落ち着いた声で尋ねる。

「んなことはどうだっていいだろ。早く、早苗を出せよ」

 顔とは反対に、頭はまるっきしいけてないな。

 敏夫は、苦笑したいのを必死で堪え、あくまでも慇懃に対応する。

「そういうわけにはまいりません。どのような関係かもわからない人に、社員のことをお教えすることはできませんので」

「彼氏だよ、彼氏」

 そのくらいのことがわからないのかといった口調で、茂樹が苛立たしげに答える。

「清水さんの彼氏?」

「そうだよ。わかったら、早く早苗を出せよ」

 茂樹の眼は血走り、今にも敏夫の胸倉を掴みかからんばかりの勢いで、声を荒げた。

「生憎ですが、清水さんはおりません」

 敏夫が、さもすまないという表情で答えた。

「嘘をつくんじゃねえよ。いるんだろ、ここによ。ごちゃごちゃ言ってねえで、早く出せよ」

 今度は、本当に敏夫の胸倉を掴んだ。

「乱暴な人だな、警察を呼びますよ」

 胸倉を掴まれても、敏夫は落ち着いていた。

 心配して後ろに控えていた小川が、落ち着いた様子で携帯を取り出す。

「待てよ。俺は、なにもしてねえだろ」

 それを見た茂樹が、慌てて手を離した。番号をプッシュしようとする小川を敏夫が手で制して、じっと茂樹の目を見つめる。

 敏夫の迫力に圧倒されたのか、茂樹が一歩後ずさった。

「なあ、頼むから、早苗を出してくれよ」

 今度は哀願か。

 声も情けないが、性根も情けない。

 聞きしに勝る屑野郎だな。これ以上、こいつの面を見ていると反吐がでそうだ。

 そう思った敏夫は、平然とした顔つきで嘘をついた。

「清水さんなら、先週退職しました」

「早苗が退職?」

 茂樹は、大切なおもちゃを失くしてしまった子供のように、一瞬途方に暮れた顔をした。

「嘘だろ」

 茂樹が、社内中に渡るほどの大声で怒鳴った。

「俺は、そんなこと一言も聞いちゃいねえぞ。ついこの間まで、出世するために頑張ってたんだ。俺のためにな。そんな早苗が、俺に黙って辞めるわけねえだろ」

 どこまでも、おめでたい奴だ。

 敏夫は心の中でせせら笑いながら、真面目な顔を取り繕って、乾いた声できっぱりと告げた。

「嘘ではありません」

「おまえら、早苗をクビにしたな」

 逆上した茂樹が、またもや敏夫の胸倉を掴む。

「人聞きの悪いことを言わないでください。清水さんは我が社にとって、とても将来を嘱望されていた人です。そんな人を、解雇するわけがないでしょう。こっちだって、全力で引き止めたんだ」

 敏夫は、わざとムッとした顔を繕った。

「じゃあ、なんで辞めたんだよ。それに、どこへ引っ越したんだ。教えろよ」

 茂樹が、掴んだ敏夫の胸倉を揺する。

 敏夫の首が、がくがくと揺れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ