表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/72

第8章 浩太と由香里(VOL.1)

 敏夫が家に帰ると、リビングで里美が厳しい顔をして、浩太と向かいあっていた。

「あなた」

 敏夫が入るなり、里美が困ったような眼を向けてくる。

「なにかあったのか?」

 里美と浩太を見比べながら、敏夫が尋ねる。

「今日、進路が決まっていないのは浩太だけだって、担任の先生から連絡があってね。それで、明後日先生がうちにみえられるそうよ。親と話がしたいんだって」

「そうか」

 里美の言葉に、事もなげに敏夫が答えた。

 小言のひとつも言われるだろうと身構えていた浩太が、えっというような顔をして、口をぽかんと開けた。

「そうかって、簡単に言わないで」

 無責任なことを言うなといわんばかりにため息をついた里美が、次の敏夫の言葉に驚かされた。

「俺も、一緒にいようか」

 浩太は里美以上に驚き、固まってしまった。

 馬鹿親父が、なにか偉そうなことを言おうものなら加勢に入ろうと思って、ドアの向こうで耳をそば立てていた由香里の顔にも、信じられないという驚きが張り付いている。

「いいの、そんなことをして? 会社はどうするの?」

 敏夫はこれまで、こんなことを言ったことはない。子供のことは、すべて里美に押し付けてきたのだ。

 最近の敏夫が変わったとはいっても、里美は、ここまで変わっていたとは思わなかった。

「一日くらいなんとかなるだろう。なあに、いざとなれば風邪をひいたってことにすればいいさ。それより、そんな大事な話を、おまえひとりに押し付けるわけにはいかんだろう。一応、俺も親だからな。かまやしないさ、俺も一緒に話を聞くよ」

「ありがとう」

 里美が頭を下げる。

「父さん」

 これまで、親父としか呼ばなかった浩太の口ぶりが変わった。

 敏夫が浩太に眼を向ける。

「浩太、お前はどうしたい?」

 敏夫が、優しい声で尋ねた。

「お、俺、俺は……」

 口ごもる浩太を、「ハハハ」と敏夫が豪快に笑って止めた。

「いいんだ。直ぐに答えを出さなくたって。どだい、今から自分の将来を決めろなんて、無茶な話なんだよ」

「あなた」

「父さん」

 里美と浩太が口々に言い、敏夫の顔を見た。

「今から苦労したって、社会で苦労しないとは限らないさ。同じ苦労するのだったら、社会に出てからでも遅くはない。浩太、おまえは、今のうちにやりたいことを見つけるんだ。いいな」

「うん」

 浩太が恥ずかしそうに返事してから、逃げるように出ていった。

「一体、どうしちゃったのかな、あのクソ親父」

 二階へ上がる浩太に付いてゆきながら、由香里が小声で話しかけてきた。

「わかんない。とにかく、俺、びっくりしちゃって、なにも考えられないよ」

 それだけ言うのがやっとで、浩太は混乱した頭のまま、自分の部屋へ閉じこもってしまった。

 由香里の頭も混乱していた。

 あのクソ親父が、なんで? 

 声だけしか聞いていないが、機嫌を取るような言い方ではなかった。かといって、どうでもいいような、そんな投げやりな口調でもない。

 威厳に満ちていて、でも優しい。父親のこんな声を聞くのは、由香里にとって初めてのことだ。浩太もそうだろう。

「一体、どうしちゃったのかな、あのクソ親父」

 由香里は、もう一度呟いた。その口元が、心なしか綻んでいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ