第7章 二人のポイント(VOL.6)
暫く、黙って敏夫の様子を見守っていた早苗が、声をかけた。
「杉田さん」
早苗の声音は、心配というより、慈愛に満ちていた。
「あ、ああ、ごめん」
敏夫が、押さえていた親指と人差し指をくっつけるようにスライドさせて、溢れようとしていた雫を拭ってから、「みっともないところを見せちゃったね」と力なく笑った。
「気にしないでください」
早苗が、おごそかに首を振る。
「それより、どうしたかは知りませんが、凄く自分を責めいるように見えます」
早苗が、じっと敏夫の目を見る。
「今、気がついたんだよ」
「なにを気付いたんですか?」
「自分の馬鹿さ加減にさ。俺は、親として失格だ。最低な親だ」
敏夫は、子供達が自分から離れていった理由を、早苗に話した。
「最低ですね」
話を聞き終えた早苗が、ぽつりと言った。
「ああ」
力なく、敏夫が頷く。
「わたしだったら、家出してるかも」
「そうだよな」
肩を落とす敏夫を見て、早苗が微笑んだ。
「でも、杉田さんって素敵ですよ」
優しく包み込むような声だ。
えっという顔をして、敏夫が顔を上げた。
「俺が?」
早苗がにっこりと微笑んで頷いた。
「そうです。だって、ご自分が悪いのに気付いて、それを認めているじゃありませんか」
「認めざるを得ないだろ」
敏夫が自嘲の笑みを浮かべながら、力なく答える。
「そこなんですよ、杉田さんの素敵なとこって。自分の悪いところに気付いて、それを素直に認める。大丈夫です。今の杉田さんなら、お子さん達とも、きっと仲直りできます。奥さまとも仲直りできたし、会社の人達の人望も集めている。それに、わたしが尊敬しているくらいですもん」
早苗が、心から癒してくれる笑顔を浮かべている。
「まいったな。あなたにそこまで言われるなんて。どう返していいかわからないや」
早苗の笑顔と言葉に釣られて、敏夫に笑顔が戻った。
「でも、ありがとう。あなたに励まされて、俺も、大丈夫だって思えてきたよ」
「よかった。こんなわたしでもお役に立てて」
嬉しそうに笑う早苗に、敏夫が真剣な口調で言い返す。
「なにを言ってるんだい。俺は、清水さんを頼りにしてるんだぜ」
「本当ですか?」
胸に両手を当てて、早苗が感動した仕草をみせた。
「でも、本当に嬉しい。杉田さんが、わたしに相談してくれて。いつも、わたしが相談してばかりだったから」
「言ったじゃないか。お互い頑張ろうって。一人じゃ解決できないことでも、二人で考えればなんとかなるもんさ」
「そうですよね」
「そうさ。俺は、もう一人じゃないんだ。あなたもいるし、女房もいる。心強い味方が二人もいるんだ。なにかあったら、遠慮なく頼らせてもらうよ」
「わたしも。わたしも、一人じゃないんですよね。なにかあったら、杉田さんを頼ります。いいですよね」
「もちろん」
敏夫が、力強く頷く。
「といっても、すでに頼っちゃってるんですけど」
二人は笑い合った。
「ところで、あれから彼氏の方はどうだい?」
話が落ち着いたところで、敏夫は、気になっていた早苗の近況を尋ねた。
「あれから数回、わたしの部屋に来たんですけど、わたしが疲れた顔をしているので、直ぐに引き上げていきました。きっと、面白くなかったんでしょうね」
「本当に? そんな男が、なにもせずに帰ったのかい」
「少し、お小遣いは渡しましたけど」
嘘だった。
茂樹は金を貰うだけでは満足せず、来ると必ず早苗を抱いた。早苗が疲れていようがお構いなしに、一方的に自分の欲望を満足させた。逆らえば暴力を振るわれるのがわかっているので、早苗は、大人しく茂樹の言うことを聞いた。まるで、嵐が過ぎ去るのをじっと耐えるように。
いくら敏夫を信頼しているとはいえ、そこまでは言えない。




