第6章 茂樹(VOL.2)
ここ数日、早苗の表情が変わってきた。
暗さが影を潜め、明るさが出ている。
それは微妙な変化だったが、敏夫は見逃さなかった。
どん底を脱した。
自分というものを客観的に捉え、それを認めた。
敏夫には、手に取るように、早苗の心境がわかる。
よかった。
早苗の変化を認めたとき、敏夫が思ったことは、まずそれであった。
そう思えるほど、近頃の敏夫は、人として成長していた。
「清水さん、変わったね」
ある朝、おはようの挨拶のあと、敏夫が言った。
そろそろ言ってもいい頃だろうと思ったのだ。
「えっ」
早苗が、驚いた顔をして敏夫を見る。
「自分のことを、すべて理解したようだね」
「なんで、わかるんですか?」
長く悶え苦しんだ挙句、早苗は、やっと自分のことを理解した。いや、認めたといった方が正しいだろう。
敏夫に言われたことは、早くから理解していた。それでも、本当に自分がそうなんだと、素直に思えるようになるまでに時間を要した。
自分の弱点をわかりながらも、「でも」、「しかし」と思い、なんとか取り繕おうとする自分がいるのだ。これではいけない、こんなことでは変われないと思うものの、その思考を止めることがなかなかできないでいた。
どうすればいいんだろう?
考えた挙句、早苗はある方法を取った。
過去の出来事を、ノートにメモしていったのだ。
成功体験や失敗談。その事象と経緯、その時の心情。自分はなにを考え、どう行動したのか。彼氏との出会い、そして別れ。友達との喧嘩や親交。仕事での失敗、上司との軋轢、取引先からどうyって信頼を得たか、なんで取引先に怒られたのか。
それらのことを、記憶の底をまさぐりながら、早苗は、思いつくままに書きだしていった。
そして、分析。
なぜ、成功したのか?
なぜ、失敗したのか?
自分がよかったところは?
自分の悪かった部分は?
なるべく客観的に見つめ、克明に記していった。
ノートが三冊目を数えたとき、早苗は、自分の姿を理解した。いや、認めた。認めざるを得なかった。
自分の心の闇、弱さ、脆さ、嫌な部分が鮮明にわかり、受け入れざるを得ないと思った。
それなのに、その夜はなぜか、ぐっすりと眠れた。
朝まで熟睡できたのは、久しぶりのことだった。
目覚めもすっきりとして、いつ以来かわからないくらい、心地よい目覚めだった。
カーテンを開けて、空を見上げた。
曇り空ではあったが、清々しかった。
早苗には、雲を突き抜けて、その上の青空が見える気がした。
その日から、早苗は変わった。
「わかるさ。どこがどうとは言えないが、俺にはわかる」
「やっぱり、杉田さんは凄いです」
尊敬の眼差しを向ける早苗に、敏夫が、はにかみながら微笑む。
その日から二人は、気持ちの上で支え合いながら、より一層、自分を変えていく努力を重ねていった。
やっぱり、茂樹と別れよう。
自分の本質を認めたとき、早苗は決意した。




