第1章 敏夫(VOL.1)
都心までわずか一時間足らずという郊外の高台にある街、希望の丘町。
ふた昔くらい前は、新興住宅地として賑わっていたが、今はめっきりと錆びれてしまっている。
この町が開発されたのは、バブル真っただ中の時で、そんなに大きくもない家が、現在からすれば考えられないくらい高かった。
その頃は、ほとんどの人々が将来になんの憂いも抱かず、いつまでも豊かな経済が続くと信じていた。それがため、多少高くても良い家に住みたがる人が多く、今では信じられないくらい多額のローンを平気で組んでいた。
だが、バブルが弾けて、ある者は会社が倒産し、ある者はボーナスが出なくなり、ある者は給料が下がって、ローンを返せなくなった人々が続出した。
その結果、売られた家や自己破産をして競売にかけられた家々が多くあり、そのほとんどが、買い手も見つからないままに放置されている。今ではすっかり荒れ果ててしまい、かつての華やかな面影は見る影もなく、半ばゴーストタウンと化している。
かろうじて残っている人々は、自分たちの住む町を半ば自嘲気味に、絶望の底町と呼んでいる。
帰宅時の、ラッシュアワーの時間帯でも乗降客の少ない、きぼうの丘駅。まばらに降りてくる乗客の中に、この町と同じように、くたびれた様子の中年サラリーマンがいた。
彼の名は杉田敏夫。中小企業とは名ばかりの、しがない会社の営業マンだ。少し前までは、一部上場の大手電機メーカーに勤めていた。
バブルの頃は、黙っていても飛ぶように物が売れた。工場を二四時間体制でフル稼働しても生産が追い付かず、会社の業績もうなぎ昇りに上がっていった。それと同時に、敏夫の給料も大幅にアップしてゆき、ボーナスは信じられないくらいの大判振る舞いが続いた。
その頃の敏夫の懐は、いつも充分過ぎるほど潤っていた。
そんなとき、敏夫は結婚した。ちょうど、三十になったときである。
時代の波を自分の力と錯覚していた敏夫は、結婚を機に多額のローンを組んで、希望の丘町に家を建てた。当時の稼ぎであれば、ローン返済などなにほどもないと思えた。
彼の計算では、このまま年収がアップしてゆけば、十年でローンを繰り上げ返済できるはずだった。後は悠々自適の暮らしを描いていたのだ。
しかし、世の中とは無常なものだ。敏夫が家を建てて二年後に、バブルが弾けた。
それまで上がり続けていた給料は、株価同様一気に下り、大判振る舞いだったボーナスも、一ケ月分だけでも出れば御の字という状態に急変した。
敏夫の描いていた夢は無残に砕け散り、繰り上げ返済どころか、月々のローンが重くのしかかってきた。毎月のローンを返済するだけでも大変になり、ボーナス時に設定していたローンなどは、とても返せない状態となった。かといって、バブル崩壊後、土地も家屋も価値が急落したため、家を売ってもローンだけが残ることになる。
売るに売れない状態が続き、敏夫は次第に窮地に追い込まれていった。
敏夫は家を建ててから二年間、それほど蓄えができていなかった。いつでも貯金できるとの慢心から、ゴルフを始め、そのために車も買い換えていた。国産の高級車である。
敏夫は、上司に勧められて会員権を買った。しょぼくれたコースなのに、一千万も出した。その頃の名門カントリークラブは、軒並み億を超えており、余程の資産家か有名人でもなければ購入できなかった。
バブルが弾けて、会員権の価値が一気に下がった。一千万出しても買えなかったものが、五十万でも買い手がつかないようになった。
それでも、売れるだけましである。多くのゴルフクラブが潰れ、その会員権は、ただの紙屑にすぎなくなった。敏夫の買った会員権も、ただの紙屑になってしまった。一気に価値が急落していき、売買が成立しなくなったのだ。