第3章 綾乃(VOL.2)
綾乃の手が、敏夫を労わるように優しく動いてゆく。
「焦ることはございませんよ」
綾乃の声は、優しさの中にも力強さがあり、聞いているだけで敏夫は勇気をもらえた。
「奥さまと仲直りできただけでも、いいことではありませんか。そうやってひとつずつ、問題を解決していけばよろしいんではありませんか?」
囁くような言い方だが、よく通る声で綾乃が諭す。
「そうだな」
怒るどころか、敏夫は綾乃の言葉に励まされた。綾乃のマッサージは身体に優しく響、綾乃の言葉は心に気持ちよく響いてkる。
「わかってはいるんだが、つい、結果を求めてしまうんだよな」
この言葉には自嘲の念は含まれていない。敏夫の気持ちを素直に吐き出したものだ。
「お気持ちはわかります。ですけど、焦っても良い結果は生まれませんよ」
母親が、優しく子供に説いて聞かせるような口調だ。
「焦っているつもりはないんだが」
本当にそうなのか?
胸の内で考えてみる。
「早く軌道に乗って、里美を安心させてやりたいんだ。やっぱり、焦ってたのかな?」
言うなり、敏夫が呻いた。
ちょうど、綾乃が腰のツボを押したのだ。
「痛いですか?」
綾乃が嬉しそうに訊いてくる。
「痛い」
敏夫が素直に答える。
「ずいぶん、嬉しそうですね」
「ふふ」
綾乃が含み笑いを漏らす。
「痛いのは、生きている証です」
これも、嬉しそうな口調だ。
「綾乃さんは、指先一本で人を殺せるんじゃないのか」
敏夫は本気で思った。そのままを、素直に口に出した。
「人を、殺し屋みたいにおっしゃらないでください」
別に、気を悪くしたわけでもなさそうだ。綾乃の口調には、相変わらず笑いが含まれている。
「お仕事は、どう、うまくいかないんですか?」
痛いところを押しながら、綾乃が話題を変えた。
「そうだな。まず、職場の人間関係。それと、どんなに頑張っても、なかなか受注が取れない。自分では、やり方を変えてるつもりなんだけどね」
途中、呻きをあげながら、敏夫が答える。
綾乃は、敏夫の呻きを無視して、次々とツボを押していった。
「まいったな。本当に、痛いところだらけだ。よく、そんなに、痛いところがわかりますね」
「ふふ」
またもや、綾乃が含み笑いをする。




