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「どういう意味だよ、そりゃあ……」


 何を以てアスターを失敗作と断ずるのか。

 そう語るからには、今のアスターを創造したのはお前なのか。

 ザッツは次々と疑問が浮かび、突っ込まずに居られない。


「失敗作は失敗作だ。それ以上でも以下でもないのさ♪ ……なーんて、誤魔化す必要もなくなったか。『これ』はもう殺る気じゃないみたいだしね。命拾いしたじゃないか、ツンツンした赤毛クン♪」


 どこまでも他人事。

 他人の生き死になど、自分とは何の因果もないと言わんばかりの台詞。

 アルゴノーツは先程と打って変わって、律儀に理由を語り始めた。


「ボクにとっての失敗作とは『面白くないもの』だ。…アスター君はね、人間社会がおおよそ意識しない、隣人への不当で、理不尽な悪意に煩悶し――その果てに人類を見限り、愛する者の為に世界を焼き尽くす、狂気のナイトにプロモーションして欲しかったのさ」

「分からねえな。その口振りだと、お前こそがアスターの吸血鬼化をデザインした――みたいなニュアンスになるじゃねえか」

「全く以てその通り」


 床にへたり込むアスターの目が見開いた。

 自分の経験したこの数ヶ月間、そしてこの顛末は――不条理な運命が齎した結果では無く、アルゴノーツが敷いたレール上の出来事だと言うのか。

 虚言なのだとしても、この男は単なるギルドの冒険者などではない。

 そもそも人間なのだろうか。それすらも怪しい。 

 吸血鬼のような知性のあるアンデッドはね――アルゴノーツは再び語り始めた。


「吸血鬼のような知性のあるアンデッドはね、魔に見初められた死者のみがたどり着ける競争率の高い世界なんだ。生まれつき魔力量の高いアスター君は、そうなれるだけの資質があったというワケで――だから、ギルドで偶然出会った時から興味を持った。故に、ニンゲンとしてのキミを壊したのさ」

「壊すって……」

「とはいえ、特別なことなんて何もしていないさ。ヒューゴ氏に理由をつけてお嬢さんを討伐するよう進言してみたり、ウィンデル街に黒獅子を解き放ってみたり……」

「なん、だって……」


 アスターの目に、ふたたび憎悪の光が宿っている。

 アルゴノーツの言葉は、渦中の当事者であることの証明ではないか。


「だけど、間違いなくキミを――キミたち二人に不幸を与えたのは、ノイアさんの特異体質であり、人間社会から生じた闇そのものさ。責任逃れをするつもりじゃないが、ボクは主導じゃない。ボクは見ていただけだ。ずっと見ていた。キミたちが堕ちていく姿は最高の悲劇だった。うん、まぁ……そこそこ愉しめたよ♪」


 激情に支配されたアスターは、アルゴノーツに踊りかかった。

 吸血鬼の桁外れの膂力は、たとえ相手が誰だろうと屈服させ征服する。

 それなのに――アルゴノーツは軽やかに身をかわすと、差し出された腕を取って相手の勢いを利用し、床に叩きつけてしまった。


「が、ァァ……」

「飼い主の躾が行き届いてないなあ。直情的なところは嫌いじゃないけれど、もう少し力量を考えて挑んだらどうかな。せっかくの知性あたまが台無しだよ♪」


 のたうつアスターの頭部に、革底の靴が押し付けられた。

 たまらず、ザッツは手頃な瓦礫をアルゴノーツに投げつけ、彼を飛び退かせた。


「てめえ……、何が目的でそんなことをしやがった」

「キミも少しは自分で考えたらどうかな。ええと、ザッツ・ニルセン君だっけ?」

「ちっ、いつからオレちゃんは有名人になっちまったんだ……」


 名を知られている。

 バラッドに言い当てられた時と違い、この男とのニアミスはなかったはずだ。

 見ていただけ。ずっと見ていた。

 ならば、アルゴノーツは全てを俯瞰している――そう考えるのが妥当だろう。

 見ているだけで、成り立つ目的。

 人間の虐殺、はたまた社会の転覆を望むにしては、回りくどいやり方。

 と、なれば。


「面白いかどうかで決めるってなら、結果じゃなく過程を重視してるってことだろ。予定していた被害規模が街単位だが国単位だが知らねえが、そんなのはどうでもよくて――世界を盤上に他人を駒に見立て、ボードゲーム感覚で裏方から動かしては、過程をニヤニヤ見下してる。…そういうとこに収まるヤツだとオレちゃんは考えるが」

「へえ……、答えてあげようと思ったのに、なかなか確信に近いところを突く」

「はっ、本当にそんな陰湿なヤツが居るとは思わなかったけどな」

「それでも、キミの言う通りさ♪ ボクの本質は見えざる手、舞台の裏から世界を動かす脚本家。…もちろん、最終的な目標は人類の根絶を目指しているけどね」

「てめえがイカれた野郎ってのは分かった。が、オレちゃんはそれよりも気になってることがある」


 ザッツは威圧するように、波状槌の先をアルゴノーツへ向けた。


「黒幕の立ち位置に居る、神を気取った狂人が――どうしてぼろぼろと目的を吐露し、舞台の上にあがって来やがった」

「別に、神だと思ったことはないけどねえ」


 アルゴノーツはくつくつと笑う。


「もうあの街に留まる理由はないということさ。ボクの主目的は吸血鬼の製造実験なんかじゃないのだから」

「主目的だと?」

「そ、アスター君に目をつけたのはオマケでしかないんだ。本当の目的はこっち♪」


 ぎゃあぎゃあ、とけたたましい鳴き声が響いたと思ったら――アルゴノーツのマントの下から、無数のコウモリが飛び出した。

 ザッツは思わず身構えるものの、彼らは一目散にある場所へと向かっていき、そこに横たわっていた物体に纏わりつくと、軽々と『それ』を持ち上げた。


「てめえ、どういうつもりだ」

「どうもこうも、最初からボクはこの子に興味を抱いていたのだけど?」


 コウモリたちに吊られて宙に浮いているのは、先程アスターが吸い殺してしまった少女――ノイア・パラディールの死体だった。


「ヒトの身でありながら、他者の心を聞くことができる特異体質。ただ魔力があるだけの凡人より、レアリティが高いとは思わないかい?」

「ノイア様を……どうする気ですか」


 床に転がっていたアスターは、力のない声でそう問いかけた。

 声色から無力感が滲み出ており、怒りに身を任せて突進することはなかった。ノイアを守るためだけに身につけた――才能と努力で積み上げた力が、アンデッドに堕ちてまで手に入れた力が、立て続けに、二度も通用しなかったからだ。


「どうするんだろうねえ……、手厚く葬ってあげちゃったり?」

「………」

「そんな目をしないでおくれよ、真面目に答えるからさ♪ …ま、オブラートに包んで話すなら、ちょっと体をイジらせて貰って、研究に協力してもらうって感じかな」


 その気になれば、いつだってノイアを誘拐できた筈だ。それをしなかったのは、彼の言う研究ですら、結果を重要視してないからに違いない。

 彼はずっと見ていたのだろう。一人の少女が己の異能力によって傷つき、壊れていく姿を。最高の特等席で、最高の悲劇コメディとして。


「で、キミにはもう彼女は必要ないでしょ。ここにあるのは物言わぬ肉塊なんだから。…それとも、死体になった彼女を愛したいかい? そうだね、今のキミはアンデッドだもの――死体同士がお似合いかもしれないね」


 アスターはゆっくりと立ち上がる。

 どこか怒気に似たようなオーラを纏わせて、再び闘志を燃やし始めている。


「そんなの……、僕が許すわけないじゃないですか。ノイア様を殺してしまったのは確かに僕で、抑えが効かなかったのは事実です。彼女は最後まで、恵まれた生ではなかったのでしょう。だから、眠りの番くらいは最後まで務めようと思うんです」

「それで?」

「たとえ師匠であろうとも――ノイア様の尊厳を穢させはしません!」


 作戦はない。勝算はない。

 切り札はない。奥の手はない。

 魔術は使えない。格闘は得手ではない。

 それでも。

 アスターにとって、ノイアを守ることは存在意義の全てだ。

 ゆえに走り出した。

 彼は――ノイアのたった一人のナイトだから。


「そう、君は歩き続けないといけない。そうでなくっちゃ、面白くないもんね♪」


 そんな意思を打ちのめすかのように。

 アルゴノーツの前方、空中に無数の魔法陣が展開され――ひとつひとつから様々な属性の上級魔術がアスターに襲いかかる。


「が、ああああああああああ――ッ!!!」


 灼熱が、氷雪が、稲妻が、風刃が隕石が水流が閃光が冥闇が。

 現象が現象を食い合いながら、慈悲なき圧巻の質量が――アスターを押し潰した。


「ふっ、この程度で死にはしないよ。…キミにはこれから、もっと多くの死を築いてもらう必要があるんだからね♪」


 血溜まりに沈むアスターは気絶こそしていたが、五体満足のままだった。


(あの猛攻で加減をしていたのか……?)


 恐るべきは吸血鬼の強靭さか、あるいは。


「さて、ボクの用事は済んだ。そろそろ帰らせて貰うよ。…ええと、ザッツ・ニルセン君? 生き残れて良かったね」

「逃がすと思うか」

「もちろん。力量差を考えずに突っ込んで来るとは思わないからさ♪」


 ダンジョン消滅と共に、『勇者のギフト』は効力を失っている。

 それに、アルゴノーツはあれだけの大魔術を同時展開した――魔術師としては大陸の中でも最強に近い実力者だろう。

 現時点では、ザッツが勝てる要素など何一つとして存在しない。


「キミはお利口さんだ。不良ぶってはいるが、冷静に物事を判断できる慎重さと、分の良い賭けなら打って出る大胆さを兼ね備えている。だから、基本的には勝てる戦いしか挑まない、どこか冷たいニンゲンさ」

「………」

「違うかな?」

「違わねえな。…オレちゃんは捻くれモンで冷たい奴さ」

「でもボクはそう思わない。キミにはその冷静沈着さと共に、暖かい人情味があることも知っている。だからアスター君にトドメを刺さなかったんだろう? ボクはそれを利用させて貰うのさ♪」


 アルゴノーツは口元に人差し指を当てた。

 ふたりが沈黙し、静かになった空間で――響いてくるのは複数の足音だ。

 じきにギルドの面々がこの場所にやって来るのだろう。


「アスター君を気絶させたのはこの為さ。キミならきっと、見捨てないだろうと信じているからね。今から彼を救う方法を考えないと、ギルドの人に殺されちゃうよ?」

「そう思うんなら、勝手にそう思ってろよ」


 とはいえ、それは事実だった。

 吸血鬼に身を堕とそうとも、アスターの愛する者を守ろうとする強い意思は、極めて人間的で尊重されるべき営みであり――公益第一で行動していた筈のザッツは戦いのさなか、その思いに感化されていた。

 だから、殺せなかった。


「キミがどんな選択を取ろうが、ボクはその結果を受け入れるけれど――アスター君は吸血鬼だ。ダンジョンと同じく、この世界に存在するだけで無自覚にニンゲンを殺し続ける殺戮者だ。彼を救いたいなら、そこを覚悟しておくべきだと思うけどね♪」


 ああ、それと――アルゴノーツはそう言いながら、光り輝く球体を取り出した。


「これはさっきのダンジョンコアを破壊したときに出た『テラ』を凝縮したものだ。『勇者のギフト』を持っているのなら、これ欲しいんじゃないのかな?」


 その意味を、ザッツは理解している。

 コアから吐き出される膨大な生命力テラは、『勇者のギフト』を持つ者だけが『上手く取り込むことができる』のだから。


「はっ、間に合ってるから持ってけよ。オレちゃんはだいぶ世話になってるからな」

「ふーん……」


 アルゴノーツは何かを確信したのか、くすっと笑った。


「まあいいや。それじゃあ、ボクはこの辺で失礼することにしようかな。ザッツ君の『勇者のギフト』も、キミの彼女の歪な『ヒュムライト』も興味はあるけれど――ふふ、いずれ気が向いたら回収しに行かせて貰うよ」

「なっ……ちょっと待て」

「待たない♪」


 指の音がひとつ鳴ると、地面に大きな赤い魔法陣が出現した。

 アルゴノーツとノイアを運ぶコウモリたちがそこへ移動すると、みるみるうちに彼らの姿は掻き消えて、屋敷の中から完全に消え去っていった。

 魔法陣は役割を終えると消えていき、張り詰めていた空気が弛緩していく。


「……くそっ」


 何もかもが終わった後。

 何も出来ずにいた腹いせに、ザッツは悪態をつく。


「どこまで知ってるんだ、あの悪質な覗き魔は……」

 

 これから先、アルゴノーツという未知数の存在が脅威になるかもしれない――それを考えると、気が重たくなるのだった。

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