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 北の街道からすぐ横に外れると、『禍時の森』という薄暗い森林地帯へ足を踏み入れることになる。ザッツはギルドの面々に加わって、この暗い森のなかを行軍しているところだった。


 これから挑むダンジョンは『大迷宮』だけあって大所帯だ。舵を取るのは受付嬢のクリルであり、信頼を置いている――かつて彼女と共にダンジョンを駆けていた仲間――筋肉ひとつを己の武器とするラルフ、寝ても覚めても睡眠不足を訴える魔術師のエミーなど、計五名の『A』ランク冒険者が加わっている。

 そこに対アスターの切り札である聖絶執行者アンデッドハンターのバラッドと、ザッツたちが足された形となる。


「それで、なんでお前らもついて来てんだよ?」


 ザッツの疑問は当然だった。

 一行が目指しているダンジョンは、より危険な場所であることは明白。

 だというのに、彼らは付いてきてしまった。


「だって、おにーさんだけじゃ心配だしさ」


 ニナは眠たそうな目をこすっている。

 もちろん、夜を徹しての消火活動が影響していることは言うまでもない。


「ザッツちゃんはたったひとりの義弟おとうとなんだから、面倒みるのは当然でしょお?」

「寒気がする」


 シャーリィは『B』ランクの冒険者なのだから、実力的にはザッツも文句が言えない。それに行き先である『逢魔の洞窟』は、彼女がソロで攻略――もとい、イーギルのストーカーを行っていたのだ。彼女がついてくるのは逆に心強いものがある。


「二人はさておいてよ、サカナは付いてくることなかっただろ」

「わたしだって、被害者だもの」


 被害者だからこそ、ザッツは気にしている。

 サカナはアスターの吸血を受け、衰弱している身のはずだからだ。


「一発ぶんなぐらないと、気がすまないよっ」

「気がすまないっておまえ無理すんなよ、ぶっ倒れたら迷惑掛かるんだからな?」


 ところが、サカナは昨夜と打って変わって活力に満ちていた。

 空元気というわけでもなく、一夜眠っていただけで衰弱が回復している。

 これにはギルドで治療にあたっていたウェインという名のヒーラー――回復術式を専門に扱う冒険者の総称――も驚いていたようだった。


「元気そうならいいけどよ、宿で待ってても良かったんだぜ?」

「………」

「まったく、ザッツちゃんったら、女心を理解してあげなさい」

「どういうことだよ」

「サカナちゃんはアナタと一緒に居たいのよ、分かってやりなさい」

「そうなのか?」


 そう問われれば、少女は恥ずかしそうに俯いてしまった。


「おいおい、そんな理由でついてきたってバレたら、怒られちまうぞ」

「うん……」


 ザッツがそう言った矢先、前の方から怒号が飛んできた。

 二人は思わず身を竦めるものの、彼らを責めているわけではなく。


「『ベヒモス』が現れやかった! 総員戦闘態勢に入れ!」


 先頭を行くラルフが叫び、警戒を促した次の瞬間――巨大な象のような魔物が、唸り声をあげて一同を囲い込んでいた。


「ブヴォオオオオオオオオオ!」

「一体ならどうにでもなると思ったんだが、こりゃあまずいな」


 ベヒモスはこの巨体でありながら、草食であるため群れて生息している。

 彼らは一日の大半を食事に費やしており、種類を問わず、手当たり次第に目に入った植物を食べているのだが――それ以上に縄張り意識が強く、他の動物が視覚範囲に存在することを許さない。


「バラッドさんを中心に散開、彼に攻撃がいかないよう全力で食い止めて!」


 クリルが音頭を取って、ベヒモスとの戦闘が始まった。

 バラッドは『禍時の森』から絶えず吹き出している闇を払うため、パーティを包む防御結界を貼り続けている。この闇が人体にどのような影響をもたらすか分からない以上、彼が落とされてしまうことを第一に避けたかった。


「クソッ、数が多すぎる」


 ラルフが片っ端からベヒモスを殴りつけ、自分が狙われるように仕向けるものの、土石流のように流れ込んでくるベヒモスたちに圧倒されてしまう。


「一体抜けたぞ! なんとかしろ!」

「いやはや、自分も戦う羽目になるとは――想像以上に地獄ですねここは」


 バラッドが戦闘用の書物を開こうとしたとき、ザッツたちが前に躍り出る。


「バラッドさんは下がっててくれ、ここはオレちゃんたちがやってやんよ」

「おや、よろしいのですか?」

「アスターをシめられるのは、アンタだけみてーだしな」


 ザッツは波状槌を構えた。

 他の面々も臨戦態勢を取っている。


「一体ぐらいなら、こちとら落第生グループで十分いけるだろ?」

「む。ザッツちゃん、私は落第生じゃないからね?」


 シャーリィは不満げな顔を浮かべながら、弓を引き絞っては放つ。

 突進してきたベヒモスの四肢を穿ち、『腐食式』によって肉を腐らせるが――膨大な生命力ゆえか、腐食の進度は遅く行動不能に至らせることはできない。


「これだけ大きいなら、外しようがないよね」


 上空にニナが舞う。

 すでに彼女の大剣は風の魔力が注がれており、その刀身には竜巻をまとっていた。


「食らえっ、春風駘蕩の大剣技――ドラゴンズ・ブレス!」


 上から叩きつける形で、ニナの大技が炸裂した。メキメキと風圧がベヒモスを押し潰し、腐食した四肢から夥しい量の血が噴き出している。


「どうだっ、いつもの口上より強そうでしょ!」

「疾風怒濤の方が強そうだけどな!」


 ベヒモスの動きが鈍くなり、ザッツは間隙を突いて飛び出した。

 彼は『アレスの怪力式』によって筋力を増強し、波状槌でベヒモスの右前足を思い切りぶち抜いた。


「ブヴォオオオ!?」

「よっしゃ!」


 ザッツはビリビリと震える腕に、確かな手応えを感じていた。

 ベヒモスは前足の骨が完全に砕け、バランスを崩した――はずだった。


「ブヴォオオオオオオオオオ!」

「な、なんだと!?」


 ベヒモスは無力化の攻撃など物ともしない。戦意の衰えをまったく見せず、のたうち回りながらザッツに迫る。命尽きるまで巨体を振り回し、一族のため縄張りを蝕む者たちを蹂躙する。


「通行止めになるわけだぜ、まったく……」


 万事休す。ザッツが防御姿勢を取った時だった。

 彼の背後から、極光に輝く光線が放たれ――ベヒモスの頭部を撃ち抜いていた。


「ブ、ヴォ……」


 ズシン、と鈍い音を鳴らしながら、ベヒモスの巨体が横たわる。

 明らかな即死だった。


「だい、じょうぶ……?」


 ザッツが振り返ると、そこには片翼を生やしたサカナが腕を突き出し立っていた。

 地下闘技場で見たものと同じ、肉塊の魔物を一撃粉砕した技である。


「オレちゃんは平気だけどよ……、それよりお前のほうが大丈夫かよ?」


 サカナは息も絶え絶えで、立つのがやっとな様子だった。

 ザッツが駆け寄って彼女を抱き寄せると、白い翼は虚空に融けていった。


「ザッツが死んじゃうかもって思ったら、急に背中が熱くなって――何か出ちゃったみたいだね、えへへ」

「えへへじゃねえよ、心配かけさせやがってよ」


 ザッツがその場にサカナを寝かせると、そこにバラッドが近寄ってきた。


「自分が出るまでもなかったようですね」


 バラッドは戦闘用の書物を閉じた。

 サカナが予想外の動きを見せなければ、彼がザッツを助けるつもりだったようだ。


「しかし驚きました。教会の資料に残っている『天使』そのものですよ」

「……やっぱり、サカナは天使なのか?」


 天使。

 それは魔獣大戦以前に存在していたという、人類を『正しく導くため』に天上から遣わされた――まさしく天からの使者である。狩猟から火起こし、農耕から建築技術など、人間社会初期の土台となった技術は、彼らが教え伝えたと言われている。


 しかし、人類の繁栄と共に――天使たちは地上から姿を消した。

 人類にふたたび混迷が訪れるその日まで、天上から人々の暮らしを見守っている。

 それがラウグ教を通して人々に広まった通説である。


「自分もザッツさんと同じリアリストなのでね、この手の与太話は信心深い方か、子供相手にしかしないのですが――いやはや、現物を見せられてしまうとパラダイムシフトも余儀なくされてしまいます」

「もう、オレちゃん相手には立場どうでもよくなってないか? 教会関係者とは言えないほどに、生臭感が溢れ出てるぜ」

「ふむ」


 バラッドは考え込むような仕草をして。


「ま、自分のような神父もひとりくらい居ていいでしょう」

「開き直ってやがる!」

「まあまあ。サカナさんのことは気になるところですが、まずはこの包囲網をなんとかしてしまいましょう」


 そう。

 ベヒモスとの戦闘は、まだ終わっていない。

 『A』ランク冒険者によって、その数は大きく減っているが――彼らの防衛ラインを突破した個体が、ザッツたちに向かってやってきていた。ニナは真っ先に飛び出してベヒモスに大剣を叩きつけるが、動きを止めることで精一杯のようだ。


「おにーさん、惚気けてないでなんとかしてよ!」

「惚気けてねーよ!」


 ザッツは波状槌を握りこんで、ベヒモスに向かって走り出した。




 十分ほど激戦は続き、ようやくベヒモスの一群を鎮圧することに成功した。

 一挙にモンスターを引きつけてきたラルフは満身創痍といった具合である。


「ああ、きっつ……、ウェイン回復頼むわ」


 ウェインと呼ばれた薄緑髪の女性は、無言でコクコクと頷くと傷ついた面々に回復術式を掛け始めた。寡黙で物静かな雰囲気だが、昨夜の大火では街中を駆け巡り、怪我人を助けて回っていた功労者だ。


「しかし、闇の中のベヒモスは――ただのベヒモスでしたね」


 クリルの言葉に、ザッツたち落第生は首を傾げている。

 そこでシャーリィが口を挟む。


「ザッツちゃん、さっきのベヒモスの生態は普遍的なものってことよ」

「だから、どういうことだよ?」

「森から噴き出している闇は、ベヒモスを凶暴化させてるわけでもないし、弱体化させてるわけでもないってコト」

「だったら――」


 いったいこの闇はなんなのだ?

 本能的に忌避感を覚えるし、見掛け倒しの演出ともザッツは思えなかった。


「じゃあ、ボクが確かめに行ってくるよ」

「やめとけって、結界の外に出ない方がいいぞ」


 ニナはなかなかの胆力を持ち合わせているが、あまりにも無謀がすぎる。

 ラルフがそれを諌めるものの、落第生代表はやはり無鉄砲で。


「いいからいいから、結局こけおどしか何かなんだよ」

「おい馬鹿!」


 制止を振り切ったニナは、ついにバラッドの結界の外へ抜けてしまった。


「あ、あれ」


 闇はみるみるうちにニナに纏わりついていく。

 そして――彼女だけを対象とした、『敵の攻撃』が始まった。

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