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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第一章 お姫様の刺激的な夜
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「それでは中に入るが――くれぐれもそそうがないよう願いたい」

「大丈夫だ、オレちゃんの肛門括約筋は健康そのものだぜ」

「そ、そういう意味じゃないと思うっ」


 アンフィリテが玄関口の戸に触れると、魔術的な施錠になっているのか光が紋様を描いて走り、両開きの扉が軋んだ音を立てて奥へと開き始める。要人の隠れ家だけあって、館まわりは厳重にプロテクトされているらしい。


「道を外れるまでは魔力遮断で気付かなかったが、少なくともこの屋敷にゃ二重の魔力結界を帯びてやがる。…こんだけ護りが堅いんなら、周辺の警らなんぞ必要なかっただろ」

「万が一ということもあるかもしれない」

「そんなんじゃストレスで早死にするぜ、もっとオレちゃんみたいにいい加減に生きようや」

「考えておきます」


 アンフィリテの案内に従い、ザッツたちは洋館の中へと歩みを進める。一片たりとも外に漏れていないまばゆい照明の数々と、古ぼけた外観とは正反対の豪奢な調度品の数々。三人はどこまでも続きそうな赤い絨毯を歩いている。

 お城みたい、とサカナは驚きを口にした。


「こんなところじゃ、逆に休めないかもしれねえな」


 ご心配なく、とアンフィリテは言う。


「ザッツさんには古い厩舎きゅうしゃを割り当てる予定ですので」

「それって馬小屋じゃねーか! ここに来てさすがにそれはひどいんじゃねーの」


 不平を漏らすザッツは振り返って、少し遅れて後ろを歩くサカナに、


「お前もなんか言ってやれ言ってやれ、主導権はこっちにあるんだからなっ」


 と、交渉材料を持たない男がなんか言っている。


「で、でもっ」


 困ったような素振りをみせるサカナに、アンフィリテは優しく声をかける。


「サカナさん、と申されましたか――ご心配は無用です、貴女はお好きな部屋をお使いください」

「そうそう、好きに部屋をな。…って、なんでこいつだけなんだよっ」

「どこの馬の骨とも分からない男を、姫を同じ屋根の下に泊めるワケにはいきませんので――万が一があっては困ります」


 表情ひとつ変えない騎士の女は、淡々と理由を述べる。


「お前の万が一は病的なんだよっ、というか要人って姫様だったんだな」

「もう隠す必要もないでしょう。現リーヴァルト領領主グレイアル様の嫡女――シレット・リーヴァルト様こそが、私の護衛中の要人となります」


 サカナはそれを聞いて、目を輝かせている。


「お姫様だなんて夢みたい、これから会えるのかしら」

「ええ、ぜひ貴女には――シレット様に、そのライツの茶を淹れていただきたい」

「そういうことなら、よろこんでっ」


 先ほどと打って変わって、紅茶を提供することに抵抗のないサカナに、やれやれとザッツはため息をついた。


「そうなると、オレちゃんはお外で待機ってことになるのか。…くそう、こんなことなら入るんじゃなかったぜ」


 期待を裏切るような内装の華麗さを知った今、馬小屋で寝泊りをしろというのは実に忍びない。家具のひとつぐらいくすねてやろうとザッツは思ったが、盗難防止術式が張られている可能性を考えれば、痛い目だけでは済まないので辞めておいた。

 アンフィリテは足を止め、落ち込み気味のザッツに向けて、


「厩舎に移っていただく前に、貴方には別室で話をしたいことがあります」


 と無表情のまま、言った。


「おっ、それって夜の身体検査ってやつか! お互いのことをよく知るいい機会だし、優しくしてくれよなっ」


 ザッツは冗談めいた言葉をけらけらと笑いながら言うが、アンフィリテは動じることなく二の句を継ぐ。


「貴方の大槌に刻まれた印に、気づいてないとお思いですか。…これは、そういう話になると考えてください」

「なんだ、よく知ってるじゃないか――アンタ、そっちをご希望かい」


 ザッツは一瞬、真剣な表情を浮かべた。


「分かった、その話とやらを楽しみにしてるぜ」


 そしてすぐに元の調子に戻ると、あくびをしながら歩みを再開する。


「ねえ、どういうことなの」

 

 サカナは先のやり取りが気になって、彼に話しかける。


「ん、ちょっと待ってくれ。…あと少しだけ先に進めばわかるから」

「進めばわかる?」


 どういうことだろう、と考えること数秒。

 黙々と歩く途中、いきなりザッツは少女に向き直って――


「くらえっ」

「え――」


 むんず、とザッツは少女の豊満な胸を片手で握りこんだ。


「きゃああっ!」


 指が吸い付くように沈み、羞恥からなる黄色い悲鳴が館内に響いてしまう。

 人前で、いったいこの男は。


「なにするのよっ――!」


 こほん――とひとつ、アンフィリテが咳払いを挟み。


「こちらがシレット様の私室になります。…サカナさん、どうぞお入りください」

「あ…」


 まさか。


「やーいやーい、お姫様の部屋の前で変な声出してやんのっ、ざまーみやがれ! お前だけ良い思いはさせないもんね!」


 この男はそれを狙っていたのか。

 だとすれば何故、目的地が分かっていたのか。

 なんと浅ましい、とアンフィリテが小声で言った。

 何にしてもサカナは、この男のせいで様々な感情が綯交ぜになって――顔を赤くしたままドアノブに手をかける。


「言っておきますけど、シレット様の魔力結界は、館内の会話が筒抜けですので」

「えっ、そうなの。…オレちゃんやっちまったってやつ?」


 ザッツは慌てふためく素振りをみせる。

 それを聞いてちょっと安心したのか、サカナは片手を胸に当てつつ。

 失礼します、と一声かけて入っていった。


「……」

「ん、どったの?」

「分かってて、やったのではないですか」


 二人だけになった廊下で、アンフィリテがそう問いかける。


「いやいや、急にムラっときた――ただのそれだけさ」

「そうですか。…言葉通りに受け取れば、だいぶ危ないひとですが」

「そんな危ないひとと、これから話し合うわけだ。せいぜい食われないように気をつけろよな」


 その言葉に返事はなく。

 踵を返したアンフィリテと、それに続く食えない男は――別の部屋を目指して歩いて行った。




 ★ TIPS ★

「波状槌」――アイテム/武器/ランクB


 ザッツの背丈よりも大きく、鋼鉄で出来ている魔法槌。平頭部にはある紋章が刻まれている。エンチャント「音狂打」により、叩きつけた部位から強力な爆音波を発生させ、周囲のモンスターたちを昏倒スタンさせることができる。「ヘパイストスの鍛冶式」にも使われるほか、ダンジョンコアを破壊するなど、彼にとってこの武器の用途はとても広い。




 「キミがサカナさんかあ。…想像してたよりも小っちゃくて、可愛らしいじゃないか」


 部屋の中央にどっかり置かれた書斎机のそのまた向こう、安楽椅子に深く腰を降ろした桃色の髪の女性が、目を細めてそう言った。歳は二十歳くらいだろうか。

 だが――頭に黄金のティアラを、知的に眼鏡をかけているにも関わらず――どこか稚気を醸し出していて、サカナの抱いていたお姫様のイメージからは、十分に掛け離れているといえる風貌だった。


「あ、あなたが、シレット様」


 うんむ、とその言葉に女性はゆっくりと頷いて。


彼女アンフィが言ってたと思うけどさ、私は魔力結界で館内のすべての会話が聞こえてるんだ。もちろんキミの可愛い声も、ばっちり聞こえてたからね」

「さ、さっきの悲鳴は、ご無礼を」


 サカナは俯いて、顔を再び赤らめてしまった。


「いいさいいさ、刺激があったほうが人生は楽しいもの。…アンフィは私の我が儘をよく聞いてくれてるほうだけど、万が一万が一うるさくってね。それに比べてキミのカレシは羨ましいな」

「か、彼氏じゃないですっ」


 むきになった、とシレットは楽しそうに笑っている。

 人種としてはザッツに近いタイプだろう。サカナは理想と現実のギャップに戸惑うしかなかった。


「お茶、いれさせて頂きますね」

「そんなにむくれてたら可愛い顔が台無しだよ――っと、そういえばそうだった。ライツの茶葉を持ってるんだっけ。近くの村々に置いてなくて困ってたんだよ。カナちゃんはそっちの方から来たの?」


 フレンドリーにあだ名呼びされているものの、サカナは気にせず茶葉を蒸らし始める。


「ザッツは違うけど、わたしはライツ村の出身なんです」

「えー、それってライツティーが飲み放題ってことじゃん、ずるいなあ」


 そこでシレットは難しい顔をした。


「そういえば、あそこの近くにあったダンジョン、無くなっちゃったって聞いたなあ。…もったいないことをする人もいるもんだ」

「もったいない?」


 確かにダンジョンは厄災だけでなく、利益ももたらすが――それで痛い目をみたサカナにとっては辛い記憶である。


「うん、もったいないよ――あんな刺激的なところ壊しちゃうなんて、本当にもったいない」

「は?」


 刺激的なところ?

 このお姫様は、ダンジョンに潜ったことがあるのだろうか。

 いけない、とシレットは舌を出す。


「これは内緒なんだけど、この近くには地図に載ってないダンジョンがあるんだ」


 シレットは何も書かれていない羊皮紙を机の上から持ってくると、インクのついていない羽ペンを手に取って。


「『狡知』の勇者ヘルメスよ――御身の名の元に、秘された真実を曝け出せ」


 彼女の手を離れ、宙に浮いた羽ペンは羊皮紙の上を高速で飛び回り、この森を含む周囲一帯の地形を描く。最後に屋敷からそう遠くない、ある地点に×印を刻むと、役割を終えたペンはぱたりと倒れてしまった。


「このバッテンの部分に、ダンジョンがあってね――退屈なときはこの隠れ家に来て、アンフィと一緒に潜ってるんだ」


 嬉しそうに語るシレットに、サカナは戸惑いの表情を浮かべる。


「ま、まさか、この建物って」

「大工さんにお金を握らせて、お父様に内緒で建てちゃった」

「シレット様が、ダンジョンに挑むための」

「拠点でした!」


 眼鏡をくいっとあげて、完璧なまでの相槌を入れてくる。

 紅茶を注ぐのを忘れて呆然としているサカナに対し、シレットは首を傾げている。


「そ、そんな危ないこと――もっといえばお姫様なのにっ」

「お姫様なんか、なりたくなかったよ」


 シレットはきっと年相応の、寂しそうな表情に転ずる。


「アースアルムの国王さまも、諸国に連なる領主さまも、若い頃は大冒険を繰り広げて、知見を得て大成したと語り継がれてる。それに比べて、女として生まれただけで旅に出ることを許してもらえなかった。婦徳を学べ作法を学べ品位を磨け知性を磨けと――毎日のように言われてさ。紋切り型のお父様の教育方針やりかたが、嫌になっちゃったんだ」

「え、えと」


 サカナは自分の人生に関して――酒場の亭主の娘であることを不服に思ったことはなく、それを継ぐことにも何の疑問も持たなかった。

 だからこそ、他人のこうした懊悩に対して、どう触れ合えばいいのか分からなくなってしまう。


「ふふ、こんなこと言って困らせるつもりはなかったんだ。恵まれた生活にあることは理解してるし、それに応えるための将来も大切だと思ってる。ただ、少しぐらいは自分の人生の舵取りをしたい。ちょっとした反抗期さ。…そろそろお茶を淹れてくれないかな」

「あっ、ごめんなさい」


 すっかり話に引きずり込まれていたサカナは我を取り戻して、茶葉が浸しっぱなしのポットを手に取って、差し出された煌びやかな装飾のティーカップに注いでいく。


「これこれ、この香りこそがライツの――」


 そこまで言ったところで、シレットの顔から急に感情がなくなっていく。


「ど、どうかなさいましたか」


 サカナが問うも、呼びかけには応じずに。

 シレットは――眼鏡のブリッジを人差し指で抑えて、


「まずい」


 と言った。

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