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「ふああ、ようやく帰ってこれたよ」


 気怠げな朝を迎えていた。

 ニナは一丁前にホテルへ朝帰りをしたわけだが、それは堅実に仕事をこなした結果だった。街一丸となって行った消火活動は、明け方まで続いたのだ。建物を破壊することに全力を尽くしたニナはもうくたくたで、さっさと眠ってしまいたかった。


「このまま夕方まで寝ちゃうんだもんね――ってあれ?」


 ニナが部屋に入っていくと、ひとつだけ妙なベッドがあることに気がついた。こんもりと盛り上がった掛け布団は、明らかにふたり分の人間をその中に抱え込んでいたからだ。


「………」


 トゥンク。

 ニナの心臓は大きく高鳴った。霹靂が頭の中に迸って、眠気はすっかり覚めていた。あの言い訳ばかりして逃げていたザッツが、サカナと一緒に寝ているのだ。他のベッドは空いているし、感じ取れる魔力パターンから見て本人たちに違いない。


 だがもう一歩、ニナは確信となる何かが欲しかった。

 掛け布団の中が見てみたい――それは、非常に下卑た考えだった。

 悪いことだと分かっているが、自分の本当の目に焼き付けた感動は、一生の宝物になるのだと正当化し、好奇心を満たすためにその足は自然と動いていた。


「えーいっ」


 掛け布団を捲り上げると、その期待した光景が――


「なにやってんだ、おまえ」


 既に目覚めていたザッツが、不機嫌そうな顔で睨みつけていた。

 二人は背中合わせで寝転んで、もちろん一糸まとわぬ姿というわけでもなかった。


「な、なんで……?」

「なんでじゃねーよ! その顔は間違いなく、とんでもないこと考えてただろ」


 ザッツは上半身を起こして、足をベッドの外へ放り出した。


「だって……」


 そもそも三人は相部屋なのだから、急展開などあるはずもなく。

 しかし、それ以前に。


「ふたりが一緒の、ベッドに寝てるから……」

「ちゃんとおまえの望みを叶えてやっただろ? 良かったな」

「ボクが期待してるのは、そうじゃなくってさ!」

「ま――オレちゃんもどうかと思ったけどな」


 ザッツが隣をみれば、サカナは安らかな寝息を立てて眠っている。

 少女の目元には、涙の乾いたあとがあった。


「霧中で孤軍奮闘し続けてきたこいつの、傍に居てやれなかったら男の子としてどうかと思った――それだけさ」


 目を逸らしたくなるような過去と向き合う、それは本当に勇気がいることだ。誰かが支えとなってくれなければ、ひたすら辛い思いをするばかり。サカナが病気を治す旅をはじめてから、自分の知らない過去と向き合うことになってしまい、まさしくその通りになっていた。

 そこで頼りになったのは、奇しくもちょっかいばかり掛けてきた――それでいて一本芯が通っているザッツだった。その気持ちを打ち明けられれば、ザッツは応えないわけにはいかなかったし、彼もまた自身の過去と向き合う上で、サカナの存在は大きいものとなっている。


「というわけで、オレちゃんとサカナは一緒に寝ました。おまえの旅の目的はこれにて終了! お疲れちゃんでした!」


 ニナは不服そうな表情を浮かべる。


「ち、ちがうよおにーさんっ、それはニンゲンの愛の営みとして間違ってる!」

「うるせーぞ思春期のピンク頭、もっと思考を乙女なベクトルに寄せていけっての」

「………」


 それを言われてしまっては、ニナも困ってしまう。

 今まで暗殺者として、彼女は森羅万象をシンプルに捉えすぎた。その短絡的な思考回路は、人間の愛ある行為も記号としか見ておらず、形而上的な――いわゆるプラトニックな愛を理解できないようだった。それでいて自分の感性を絶対と物語っているのだから、かのギルドが与えた影響はあまりにも根深い。


「ボクも……」

「あん?」

「ボクもそういう感情が欲しかったな……」


 自分があまりにも世間とズレている、という認識が――ニナに空虚な笑みを浮かべさせた。そんな彼女の頭を、ザッツは優しく撫でてやる。


「そういう考えが持てるなら、おまえだって成長してる証拠だよ」

「うん……」

「今は、無理して背伸びしなくてもいいんだからな」


 体だけが先行して成長してしまったニナは、彼女なりに大人になろうと必死なのだ。ザッツはその気持ちにようやく気づいてやれてよかったと思っている。


「よし、決めたっ」

「ん?」

「ボクは将来、おにーさんと結婚するよ!」

「は?」

「だって……、ボクみたいなのに優しいのおにーさんぐらいなんだもん」


 優しくするんじゃなかった、とザッツは後悔している。

 ザッツがお葬式な空気を醸し出したところで、シャーリィが部屋の中にノックもせず入ってきた。


「あらあら、ザッツちゃん二股はいけないのよお?」

「どこから聞いてたんだよ……」


 シャーリィの現れるタイミングは、いつもザッツをからかうのに都合がよい頃合いだ。狙ってやっているのかもしれない。


「宿主自ら起こしに来るってサービスいいな。早めのブレックファストか?」

「きゃっ、ザッツちゃんったらブレックファストだなんて……ダ・イ・タ・ン♡」

「………」


 ザッツの記憶によれば、シャーリィは深夜遅くまで働いていたはずだが、そんな気配は微塵も見せないし、肌ツヤの調子も良かった。もしかしたら深夜のテンションで一周回っておかしくなっているのかもしれない。


「ブレックファストってなに?」

「ニナちゃんったらウブなのねえ、ダンジョンでザッツちゃんとサカナちゃんがやってたじゃない?」

「ちげーよ! 朝食って意味だよ、決してやましい意味じゃないからな!」

「ふーん……(疑いの眼差し)」


 ザッツはニナが訝しげな視線を投げかけていることに気づく。

 それを回避したいという気持ちが逸って、呂律が回らなくなっている。


「そ、それで、朝食の時間なのか?」

「まさか。こんなボロホテルで朝食を提供するわけないでしょう?」

「自分からボロホテルって言っていくのか……」

「否定できないしね。それで用事っていうのは私じゃなくって、ギルドの方がザッツちゃんたちを呼んでるのよ」


 ギルドが呼んでいる?

 アスターの件か、はたまた適正テストの件か――何の用で必要としているのか、ザッツにはさっぱり見当もつかなかった。


「そっちでは朝食も用意されてるらしいから、サカナちゃんを起こしたら一緒に行きましょう?」

「やっぱり、アンタも付いてくるんだな」

「当たり前でしょ? ザッツちゃんのお義姉さんとして保護監督は当然ですもの!」

「お義姉さんっていうのやめーや!」


 話は一応纏まったので、シャーリィは寝ているサカナを起こしにいった。

 ニナは眠そうな目をこすりながら、ザッツに話しかける。


「おにーさん」

「何だよ?」

「ダンジョンで、サカナちゃんと何かあったの?」


 あまりにも目を輝かせて訊いてきたので、成長はまだまだ先だな――とザッツはため息を吐いていた。




「というわけで、今回の吸血鬼討伐計画にはザッツさんにも参加していただきます」

「は?」


 冒険者ギルド、ウィンデル支部。

 そこでは早朝にも関わらず、アスターの対策会議が行われていた。

 コルクボードには吸血鬼討伐の依頼が一夜のうちに増え続け、その報酬相額も凄まじいものになっている。これまでも依頼がなかったわけではないが、アスターとの関係性からギルドの方が黙認していた。ところが今回の一件で、アスターが焼き尽くした街は――機能不全とはいかないまでも、著しく景観を損なう結果となってしまった。これではアースアルムの玄関口として示しがつかないと、緊急性が高まってしまい、ギルドも見過ごすべきではないという結論に達していた。


「バラッドさんに白羽の矢が立つことは、まあ分かる」

「本業ですからね。きちんとアンデッド狩りなら、断る理由にはなりませんよ」

「で、なんでオレちゃんまで参加しなきゃいけないんだよ?」


 ザッツはパンの切れ端を持ったまま、なかなか口に放り入れることができない。

 誰が見ても、彼は完全に戸惑っている。

 クリルはそこで、気まずそうな顔をしながら理由を説明する。


「すいません。バラッドさんが彼を参加させるよう言って聞かないんです」

「アンタのせいかよ! どうなってんだよ!」

「ですからね、万が一ということもありまして」


 そういえば、ザッツさんは聞いてませんでしたか――とバラッドは続ける。


「彼の潜伏場所は間違いなく『逢魔の洞窟』なんですよ」


 それは昨日、ザッツがクリルに聞いたダンジョン名だった。

 その『大迷宮』から強力な魔物が街道に出て、通行止めの原因になっているという話ではなかったか。


「ダンジョン攻略の過程が必要なら、ここの冒険者に任せればいいだろう。『大迷宮』規模の依頼は、ランク『B』から『A』までの冒険者が関わることを許されるってクリルには聞いたぞ」


 ザッツは確認するためにクリルの方へ視線を向けると、彼女はこくこくと首を縦に振っていた。


「それに、オレちゃんたちは適正テストに落っこちた失格者だぞ」

「そうでしょうか? 炎上する街で、あなたたちは臨機応変に動いていた――と自分わたしは思っていますが」

「買いかぶりすぎだと、思うけどな」

「ま、これは自分の我が儘ですよ。荷が重いと思われるなら、降りてもらっても結構。その場合は自分も降ろさせて頂きますが」


 それでは、この討伐計画は成り立たない。

 アンデッド狩りに長けた、デイヴォートの執行者ハンターが居なくては、アスターを圧倒できる者などウィンデル街には存在しないのだ。


「オレちゃんはやめとくぜ」


 ダンジョンを甘く見ていると、手痛いしっぺ返しを食らうと。

 分かっているはずではないか。


「バラッドさんには帰ってもらって、違う人に頼むしかないだろ。正規の依頼になるんだから、デイヴォートだって誰か寄越してくれるさ」


 ザッツがそう言ったとき、クリルが彼の裾を握ってきた。

 その目は真剣そのものだ。


「これは緊急クエストなんです、文字通り急を要するのですよ」

「……いいのか?」

「ダンジョンへの護衛任務だってギルドはやってるんです、任せてくださいよ」


 その言葉を聞いたバラッドは、ようやく憂いが晴れたようだった。


「決まりましたね、これでようやくハンティングを始めることができそうですよ」


 バラッドの一言で、ダンジョン攻略計画は順調に動き出していた。

 クリルが段取りについて話し始めていたが、ザッツの頭は違うことに夢中で、まるで話が入ってこない。


(バラッドさんは、オレちゃんに何を期待している?)


 ザッツは食べ物を口に運びながら、しばらくそのことについて考えて――ようやくある結論にぶつかった。


(ありえないことじゃ、ないか)


 バラッドは最悪の事態であっても――やはり人を救うことを考えていたのだ。

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