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「そのときが、ノイアさんを見た最期でした」


 クリルは、パラディール家に関する出来事をあらかた説明し終わっていた。


「そして、次にわたしたちの前に現れたのは――高位アンデッド、吸血鬼と化していたアスターさんだったのです」


 ノイアの異常体質について悲劇的に物語り、彼女の引き起こした惨事を掛け値なしに説明し、アスターという少年が魔術を習いにギルドに通っていたこと、彼はノイアと主従の関係にあり愛し合っていること、パラディールの家長ヒューゴから娘の討伐依頼を受けていたことなど、包み隠さず話していた。


「彼はパラディールの屋敷を焼き払い、ヒューゴ様と彼に仕える使用人を殺害し――今日のように、街ひとつを炎で包み込んだのです」


 それは闇に身を堕としたアスターの、そして心に深い傷を負ったノイアによる、ウィンデル街に対する復讐だった。


「アスターさんは、ウィンデル街を壊滅させるだけの能力を持っていました。その気になれば、この街を跡形もなく消し去ることだって可能だったでしょう。しかし、彼は要求を出してきました。街を破壊する代わりに、ノイアの食料をよこせ――と」


 ウィンデル街の住民に、選択権はなかった。

 そして、彼らは一様に思ったことだろう――ノイアに取り憑いた『化け物』はこの少年だったのだと。


「それが、『誰そ彼刻』の真実であり、つい一か月前に起きた出来事です」

「……間違いなく、悲劇だなそりゃ」

「一か月前ってことは、宿の繁忙期で忙しかった頃ねえ。知らないはずだわあ」


 誰も責めることはできないだろう、悲劇的なシナリオだとザッツは思った。

 しかし、よくよく話を整理してみれば、納得がいかない綻びもある。


「質問いいか?」

「はい」

「そのノイアとかいうお嬢様の討伐ってのは、本当に殺るつもりだったのか」

「とんでもない」


 クリルは両手を振った。


「その依頼には、きちんとヒューゴ様から指示された『段取り』があったんですよ」

「『段取り』だと?」

「ええ、ヒューゴ様の立場を守りつつ、ノイアさんを国外に逃がすという算段が」


 シャーリィが、露骨に不機嫌そうな顔をした。


「あのおじさま、保身に走っていたのねえ。人の親としては失格だわあ」

「オレちゃんもそう思うな。そのお嬢様のことを思うなら、娘を連れて静かに隠居生活をしても良かっただろうによ」

「単純な資産家というだけでなく、街の有力者として責任もあったのでしょう。宿屋の経営を通して、地域に貢献しているシャーリィさんなら分かりますよね」

「そう言われちゃうと、そうなんだけど……」


 そこで会話が止まったので、ザッツはもうひとつの疑問点をあげてみる。


「その、アスターってやつを保護するときに現れたっていう……」

「黒い獅子の魔物ですね」

「そうそう、そいつらはこのあたりに生息してるモンスターなのか?」

「いえ、フィールドとダンジョン共に確認されていない種類です。ギルドの魔物図鑑にも登録されていませんので、名前もつけられていないのです。当初はノイアさんの召喚魔術ガーディアンかとおもったのですが、死体が残っていたので……」

「魔力で構成された存在ではない、か」


 召喚魔術ならば、魔力が供給されなくなれば跡形もなく虚空に消えてしまう。


「やっぱり、オレちゃんはさっきの話に作為的な何かを感じちゃうな」

「第三者がパラディール家の騒動に一枚噛んでいると?」

「断言は難しいけどな。そいつがお嬢様に異質を与えたかもしれないし、辺境伯を失脚させようと立ち回ったのかもしれない。アスターという上位アンデッドを意図的に作り出し、街を壊滅に追い込もうとした――なんて考えもありえるが、そもそも第三者が存在するって前提を立てると、見えてくる事実があるだろ」


 シャーリィは首を傾げている。


「ザッツちゃん、見えてくる事実ってなに?」

「ああ、なるほど、そういうことですか」


 クリルは答えにたどり着いていた。


「もし、この一連の出来事に黒幕がいるとしたら――すべての構図を俯瞰できる場所にいる人物なんですよ」


 アスターを保護しようとした日、あのとき街に現れたモンスターたちは、あまりにもタイミングが良すぎた。間違いなくヒューゴの討伐依頼を知っており、ギルド側の動きを知ることができる、そんな立ち位置にいる人物だ。

 しかし。


「そんな人物、居るわけありませんよ」

「……そうだな」


 すべての構図を俯瞰できる。それ自体が今の魔術の常識では計れない。

 探知や盗聴がお手のものである、風使い(エアリスト)でさえも――魔術式を行使すれば、その痕跡を残してしまう。そもそも、膨大な魔力を持っていなければ、広域に及ぶ魔術を使うことはできない。


「大魔術師なら、あるいは」

「それも無いでしょう。街ひとつを混乱に落としたかったら、人間同士を憎しみ合わせるような、回りくどい方法を取る必要なんかないんです」


 だから、行き詰ってしまう。

 人々を憎しみ合わせ、愉しむような輩はいないと――そう思い込んでいるからこそ、不明瞭になる黒幕の姿。当たり前という枠組みから外れなければ、決して彼らはこの絵図を描いた存在にたどり着くことはない。


「そんなことより、今はアスターさんをどうにかすることが先決でしょうね」

「あいつは、どうなっちまうんだろうな」

「……そうですね」


 クリルは歯を噛み締めた。

 あのとき自分が、アスターを止めることができていれば、こんなことにはならなかったはずなのに。


「あの子は、無関係な人間を殺しすぎました。アンデッドとして討伐されなければいけない存在になってしまった」


 『誰そ彼刻』の調整は、ギルドの人間、特にクリルが率先して行った。

 その儀式めいた食料援助には、上位アンデッドへの恐れも含まれていたが――人々がノイアの異質を慮ってやれなかった、その贖罪という意味合いも含まれていた。だからこそ、アンデッド討伐機関『デイヴォート』にアスターの討伐依頼を出さなかったのである。


「彼を浄化するのなら、ノイアさんの保護を考えなければいけませんね」

「でも、居場所が分からないんじゃ、どうしようもないわよお?」

「本人に聞き出すしかないってことだな」


 だが――きっとアスターは今頃、『デイヴォート』の問題児バラッド・ブックエンドと戦っているのだろう。その勝敗如何(いかん)によっては、どう転んでしまうか分からない。


「もう一度、アスターさんと接触するべきでしょうね」


 ザッツとシャーリィが頷き、立ち上がったその時だった。


「おやおや、皆様お揃いでしたか」


 三人は、ギルドの入口に現れた人物へ視線が向ける。

 そこにいたのは、件の問題児バラッドであり――彼は意識のないサカナを背負っていた。




 時は少し前に遡る。


「なんだよ、あいつ……、まるで敵わないなんて」


 正真正銘の『化け物』だ、とアスターは口にした。

 彼の体は至るところが灰になっており、さらさらと音を立てて体が崩れ始めていた。ちぎれかけていた左腕はボトリと地面に落ちて、ビクビクと痙攣している。


「ようやく逃げてきたのはいいけど……、血が足りない……」


 誰でもいい。

 ニンゲンの血を一刻もはやく啜りとって、体を回復させなくてはいけない。

 このままでは浄化の果てに、二度目の死を迎えてしまう。

 そうなってしまえば、ノイアをあの暗い空間に残したまま――ひとり寂しく逝かせることになってしまう。


「だれか、いないのか……、だれか」


 そんなとき、アスターの嗅覚はニンゲンの匂いを捉えた。

 誰かがこちらに向かってやって来る。


「………」


 少年は、しめたとおもった。

 彼の目の前に現れたのは――巨大なコボルトの肩に乗って、こちらに走ってくる白い髪の給仕服を着た少女だった。三日月のような髪飾りをしていて、今の彼と同じ赤い瞳をしていた。


「だ、だいじょうぶですか?」


 少女は臆することなく、アスターに話しかけてきた。

 彼こそがウィンデル街を焼いている件の吸血鬼だということを知らないばかりか、ニンゲンとアンデッドの区別もついていないらしい。

 ゆえに、少年にとって絶好のカモだった。


「助けてください、腕がとても痛くって」

「これは……、ひどい」


 あまりにも痛々しい腕の切断面をみて、少女は怖気ついてしまう。


「目も、よく見えないんです……」

「目は……」


 少年の目は、一見して傷ついていないように見える。

 だが、その怪しく光る赤い瞳を見てしまえば――少女は術中にはまってしまう。


「もっと、よく見てください」

「ぁ……」


 少女はとろんとした目つきになって、考える力が奪い取られていく。

 吸血鬼をはじめとして、上位アンデッドが持つ能力――『魅了の魔眼』を受けてしまっている。


「こっちに来て、僕を抱いてください」

「ん……」


 少女は召喚魔術ガーディアンを解いてキングコボルトを消し去ると、言われた通りにアスターに近づいていき、少年を抱きしめる。

 少女のふくよかな体と、甘い香りに――アスターは顔を赤らめた。


「はっ」


 アスターはぶんぶんと顔を横に振った。

 自分の想い人はノイアただひとり、他の女性が介入する余地はない。

 これはただの捕食なのであり、決してやましいことはしていないのだと、少年は初々しい態度を見せている。


「えと……ぼくの顔に、首を近づけて」

「は、い……」


 少女は肩で息をしている。

 これは、彼女の精神力が必死で『魅了の魔眼』に抗っている証拠だ。

 術が解ける前に、吸血をしなくては――そう考えたアスターは口を、少女の首元に近づけて、一気に牙で貫いた。


「ひゃああっ……!」


 吸血のもたらす快楽に、少女は歓喜の悲鳴をあげていた。

 誰にも見せられないような弛緩した表情を浮かべて、全身を震えさせている。


「た、たすけ……、て……」


 助けを求めるは、脳裏によぎる赤髪の青年。

 その声は彼に届くことなく――少女サカナは、吸血鬼に捕食されていた。

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