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 ザッツはバラッドの姿を認め、驚きに満ちていた。


「バラッドさん、アンタ対岸の火事を決め込むつもりじゃなかったのか!?」


 バラッドは頭を掻きつつ、答える。


「若者を見殺しにするのはどうかと思ったものでね。それに今ならば『独り占め』もできそうだと」

「『独り占め』……?」

「ま、この場は任せておいてくださいよ」


 バラッドはザッツたちの前に陣取ると、アスターとの問答を始めた。

 アスターはもちろん、不機嫌そうな顔をする。


「さて、何か言いたいことがあるようですが」

「存在が、許されないって?」

「言った通りのことです。それがラウグ教の教義かんがえであり、アンデッドは例外なく地上から消え去るべき存在です」

「今は、アンデッドの話をしてるんじゃありません」

「ほう? では『化け物』とは、あなたが餌付けしている人間のことですか」


 アスターが街に要求した貢ぎ物は、人間用の食料品だ。

 つまり、彼は俗世間から離れた場所で、人間の誰かと暮らしていることになる。


「ノイア様はこの街のせいで『化け物』になったんだ! それを忘れたのか!」

「知りませんね。自分わたしはこの街の住民ではありませんし、誰が『化け物』扱いされようが、ウィンデル街の住民が何人死のうが知ったことではない」


 その発言には、さすがのザッツたちも目を見張ってしまう。


「だ、だったら、あなたには関係ないでしょう」

「アンデッドが存在する以上、こちらには関係あるのです。アンデッドを殺すことを生業としているのでね」


 アスターは思った。

 この男は、徹底的な差別主義者レイシストだと。


「もういいです。あなたの存在こそが、この場には相応しくない」


 バラッドという闖入者に、アスターの憎悪は集中していく。


「どうやらこの少年は自分わたしと遊びたいようだ――さあ、ザッツさん。二人を連れてこの場から離れなさい」


 バラッドの持つ書物のページがパラパラと開くと、虚空に魔法陣を描いた次には光の粒子がザッツたちへと向かっていく。


「傷が――!」


 それを浴びた一同は、みるみるうちに生傷が治癒していく。

 火傷の跡もきれいになくなって、行動不能状態に近かったザッツとクリルは、体を動かすことができるようになった。


「回復魔術か、ありがてえ」

「あとの者たちに掛ける余裕はない、そちらはどうにかしてくださいね」


 その言葉を皮切りに、アスターとバラッドの戦いは始まった。

 バラッドは咄嗟の跳躍で振り下ろされた灼熱剣を回避すると、本から無数の光の線を放ち、アスターを貫こうとデタラメに撃ちまくる。


「ザッツさん、彼が戦っている間に怪我人を逃がしましょう」


 クリルはすでに、負傷したギルドの冒険者三人を担ぎ上げている。

 あの小さな体から、どうやって力を出しているのが疑問だった。


「おいおい、アンデッド専門のハンターとはいえ、一人でどうにかなるのかよ」

「ザッツさん、あの人が誰か知らないんですか!?」

「私も知らないわよお」

「シャーリィさんはもう少し世間と関わってください! パラディール家のことも知らなかったじゃないですか! いや、今はそんなことより――」


 話はあとで――と、クリルはスラム街から抜けるべく走っていく。


「ザッツちゃんも、はやく行くわよお」

「わ、分かってる」


 ザッツは『アレスの怪力式』を使い、腕力の底上げをしてクリルと同じく三人の怪我人を担当することにした。シャーリィもぶつぶつ呟きながら、怪我人を背負っていく。


「ああん、箸より重たいもの持てないのにい」

「二人も担いでるじゃねーか」


 戯れ言にわざわざ突っ込みながらも、余裕をもってザッツたちは戦闘領域を離脱していった。


「さて、彼らは無事に脱出できたようですね」

「あなたは、逃がしませんよ」


 アスターは書物の光線を回避しつつ、やがて噴水の上へと戻ってきた。

 少年の表情から、怒りの炎は消えていない。


「あなたは街と関係のない役者だ。それどころか、存在そのものが害悪すぎる」

「ほほう、言ってくれますね? 誰がどう見ても、自分わたしは悪いアンデッドから街を守っている善良なハンターではないですか」

「これは街が約束を破ったから……、その報いですよ」

「報い? ははっ、笑わせる!」


 バラッドの顔には、狂気の笑みが張りつけられていた。


「楽しそうに建物を燃やして、嬉しそうに人々の血肉をぶちまけて――それはさぞかし、気持ちよかったでしょうねえ!」

「……何が言いたい」

「言わないと分かりませんか? どれだけあなたが自分おのれの行動に筋が通っていると主張しようとも、自分わたしのような第三者には、あなたが『化け物』でしかないということですよ!」

「黙れ!」


 アスターの灼熱剣が、今度は横薙ぎに振るわれる。

 しかし、書物から放たれる七色の光が、炎の斬撃を打ち消してしまう。


「そしてあなたが害悪な『化け物』である限り、アンデッドの聖絶ハントは執行される!」


 ペラペラと書物のページは進む。

 ひとつの兵器保管庫であるそれには、数多の光の魔術式が記されている。


「あなたがそういうアンデッドで、本当に良かった。ありがとうと、いくら感謝しても足りないぐらいだ!」


 アスターはそこで、自分が劣勢であることに気がついた。

 少年は莫大な魔力量を持ち、吸血鬼としての強靭なステータスを有しているのに。

 このバラッドという男は、それを超越するだけの力があると感じている。


「何が、言いたいんだ……」

「街に遠慮することなく、アンデッドを殺せる――そんな大義名分を、得ることができたということですよ!」


 バラッドは、これ以上ないほど喜びに満ちていた。


「さあやりましょう! 存分に戦いましょう! 遠慮は要りません! 好きなだけ燃やすがいい! 好きなだけ壊すがいい! 好きなだけ殺すといい! その罪全てを抱きしめて差しあげたい! 心を込めて浄化して差しあげたい! 懺悔の時間が必要なら痛みを与えましょう! 苦しみを与えましょう! 憤怒を、憎悪を、悲哀を、恐怖を! 全ての感情を剥き出しにしてかかってくるといい! 全ての力を開放し殺す気でくるといい! それでこそ面白い! 正義の味方はそれでこそやりがいがある!」


 アスターは生まれて初めて、人間に恐怖を抱いていた。

 バラッドの言葉は、全てが嘘偽りの無い本心で――正当性を掲げ、一方的に他者を虐げることに喜びを感じているのだと察した。


「あなたは――」


 少年は、口を震わせながら必死で言葉を紡ぐ。


「あなたこそが、存在してはいけない『化け物』だ」

「同僚にもよく言われます。自分わたしは人間としては破綻者だとね」


 アスターは右手を出すと、黒炎を噴き上げる火炎球を形成した。


「あなたは僕が殺します。きっとそれは、誰にも迷惑にはならないから」

「いやはや、まったくその通りです。自分わたしは部署でも『問題児』扱いされている存在。命を落としたところで悲しまれることもないし、残念がられることもない。他の『七勇騎』にも優秀な執行者は居るわけですからね。だから好き勝手やらせて貰っているわけですよ。例えば――」


 バラッドの唇が歪んだ。


「あそこに毒を仕込んだのは、自分わたしの独断でしたから」


 アスターの怒りの臨界点は越え――黒炎球が呼応するかのように爆ぜた。




 冒険者ギルド、ウィンデル支部。

 ザッツたちは手負いの冒険者を連れて、無事にここまで戻ってこれた。


「彼の名前はバラッド・ブックエンド。アンデッド討伐機関『デイヴォート』の執行者ハンター。その上位七人に入る『七勇騎』の一人ですよ」


 クリルは、怪我人の治療を行いながら説明を始めた。


「『逢魔の洞窟』が原因で、道が通行止めになっていることは話しましたね?」

「せやな。闇の領域になってるから、光使いを求めていることも聞いたぞ」

「そうです。可及的速やかに原因を突き止めて何とかしたいと考えたギルド長は、『デイヴォート』に『アンデッド狩り』の依頼を出してしまったのです」

「それはバラッドさんに聞いたな。ギルドのやり方に怒ってたぜ」

「はい。昼間にバラッドさんが、ザッツさんたちと入れ替わりでやってきましたが、静かにキレていましたね」


 それを語るクリルの耳は情けなく垂れていた。

 バラッドは温和そうに見えるが、あの手の人間は怒ると怖いのかもしれない。


「それで、『七勇騎』ってのは凄いのか」

「凄いもなにも、ことアンデッド狩りにおいては実力者揃いですよ。冒険者でいう『S』ランク――つまり、勇者に匹敵するレベルだと思います」

「そんなに凄い人だったのか」

「ええ、それと同時にバラッドさんという人物は、残念な方でもあります」

「どういうことだ?」

「このギルドでいう、シャーリィさんみたいなもんですよ」

「ああ」


 二人はシャーリィの方に視線を向けた。彼女はつまらなそうに怪我人に包帯を巻いている。イーギルちゃん以外にこんなことしたくなあい、などという泣き言も聞こえてくる。


「『問題児』ってやつか」

「はい」


 そんな問題児を、ギルドは押し付けられたということになる。


「噂によれば――彼は生粋の戦闘狂で、殺人欲求が抑えきれず、合法的に『死体を殺せる』アンデッドハンターになったんだとか」

「えげつねえ噂持ってんなあ。何枚くらい尾ヒレがつけばそうなるんだ。善良そうな顔してたのによ」

「シャーリィさんだって、黙ってれば可愛いですよ」

「それと同じか」


 人は外見では判断できない――それを教えてくれるモデルケースだ。


「きゃっ、可愛いだなんてザッツちゃんったら」

「オレちゃんは言ってねえ、というかそっちの怪我人はもういいのかよ」

「怪我人っていうのはね、だいたいミイラにしておけば治るのよ」


 無責任極まりない。

 現に、ギルドの奥では蛾のサナギのようなもの――シャーリィに包帯を巻かれていた、かわいそうな被害者たち――がたくさんあって、ひとつひとつがもがいていた。


「そんなことよりクリルちゃん、パラディール家ってなによう」

「そうですね、それを語らなくては」


 アスターという吸血鬼。

 そして『誰そ彼刻』が、そのパラディール家と関係しているのだろうか。


「話は一ヶ月ほど前に遡ります。ウィンデル街の西通りは高級住宅街となっているのですが、その中でも一大勢力を誇っていた貴族の邸宅がありまして」

「それがパラディール家ってことかしら?」

「それとアスターってやつとどう結びついていくんだよ」

「あの……、きちんと人の話は聞いてくださいね。それだから協調性がないと判断しなくちゃいけなくなるんです」


 クリルはひとつ咳払いをして、パラディール家に関する出来事を語り始めた。

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