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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第一章 お姫様の刺激的な夜
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 陽も落ちかけてきたころ、ザッツとサカナの二人は薄暗い森の入口にたどり着いた。道は途切れることなく森の中へと続いており、進むべき方角は正しいことを示している。ザッツは薪を集めて火を灯し、テントを張って簡易キャンプを作成すると横たわっている丸太に座り込んで一息ついた。

 サカナは近場の川から汲んできた水をケトルに入れると、男の向かい側の切り株に座り込んで、焚き火の上に吊るして煮沸されるのを待っている。楽しみに持ってきた茶葉の入った瓶を両手で抱えながら、炎の揺らめきを静かに眺める。


「このまま、王都を目指していくの?」


 ライツ村から続く道をだんだんと北上し、少女の見知った村をいくつも通って、どうやら大陸の中央を目指していることに気がついた。


「あー、そういえば言ってなかったよなぁ。…王都アースアルムに残念ながらオレちゃんの師匠が居んだよ」

「残念ながらって――いやその、あなたに師匠が居るの?」

「そりゃあ居るさ。ダンジョン殺しを独学で身につけた知識だと思ってたんなら、夢をぶっこわしちまったみたいで悪いけどな」

「あなたに夢なんて見出してませんっ」


 ぐつぐつと沸きはじめた湯を、茶葉を入れた銀製のポットへ流し込む。すぐに蓋を閉めて蒸らし始めると、隙間から紅茶の良い香りが漂っていく。


「で、鉱血病ヒュムライトの存在もお師匠さまに教えてもらったっつーワケよ。表向きは王都の開業医だからな」

「あなたとおんなじで、胡散くさそう」

「胡散くさそうじゃなくて、くさいんだよ。…あ、はやく紅茶いれてくれよ、喉が渇いて仕方なかったんだ」

「だめ、蒸らし終わるまでは絶対にいれないからっ」


 いるんだよなあこだわるやつ、とザッツは悪態をついた。


「ま、何人か同じような患者を診たことがあるらしいし、お師匠さまのとこに連れていくのが手っ取り早いって判断したワケだ。…代わりに、道中ではオレちゃんの仕事を手伝ってもらうけどな」

「…わかった」

「まあオレちゃん、お前の鉱石ぐらいしか期待してねえし? 肩の力を抜いて気楽にしてりゃあいいってことよっ」

「ば、ばかにしないで」


 少女は立ち上がって、力強い眼差しをザッツに向ける。


「わたしだって戦える…、戦えるようになってみせるっ」

「無駄な努力は、辞めときな」


 戦えるようになることが、無駄な努力なのだろうか。

 確かにサカナは戦うための訓練など積んだことはない。しかし己には物事をやり遂げる力があると確信している。どれだけ怖くとも、勇気を振り絞ってあのドラゴンに立ち向かっていったではないか。

 それなのにザッツの言葉は冷たく、少女は反抗心が芽生えてきた。何か言ってやろうと二の句を継ぐその前に、彼に遮られてしまった。


「無駄な努力は言いすぎたな。でもな、お前の本分は酒場の仕事だろ」

「いまは、ちがう」

「ああ、オレちゃんの荷物の一部だ。今だけのな。…しかし将来的には、別の土地で酒場を切り盛りしてもいいだろ。お前がお前であるために必要な服を着てるってのに、それを望まないのはおかしいってやつだ」

「……」

「お前の人生だし、お前の好きにすればいいけどな。…ただ、守られるだけの存在で居て欲しいっつーのはある」

「それって、どういう」

「ちょっと待て」


 青年に真意を問い質す前に、遠くの茂みががさがさと音を立てた。どうやら、少しずつこの場所へと近づいてきているらしい。サカナはモンスターの襲撃なの、とそちらに目を向けてみるが、すっかり夜の帳が降りていて、その正体を目視で確認できない。

 ザッツは闖入者がやってくるであろう方角から凄まじい殺気を感じていた。ならば狙ってくるのは自分なのだと察する。


「夜行性のモンスター、じゃないな」


 夜間に活動する動物は、火には近づかないとされている。さらにモンスターの嫌がるスモークチップも燻しており、対策も講じていたはずだ。ザッツは波状槌を手に取って、サカナに身を伏せるように命じると、向かってくる影を迎え撃つために迎撃態勢をとった。


「そもそも、モンスター共が狩りをするときは音を立てない――なら、相手は人しかいねえ!」


 意図的に音を立てているのだ、と推理して望む一瞬の攻防。

 銀色に煌く刃が、茂みの先から飛び出してきた。

 その先に見えた人影は、水の流れるような美しい長髪をなびかせていて、

 次の瞬間。


「ぐっ!」


 ガキィン! と鈍い音。

 上から振り下ろされた長剣の一撃を――"殺気のまるでこもっていない"一撃を。

 武器による攻撃だと読んでいたザッツは、その大槌の柄部で受け止めていた。


「成る程、いい勘をしている」

「…あんた、何者だ」


 焚き火の明かりに照らされた襲撃者は、聖騎士の鎧を身につけた――背の高い、蒼髪の女性剣士だった。




 ★ TIPS ★

「ライツティー」――アイテム


 ライツ村で栽培されているチャノキの葉を発酵させて乾燥させたもの。これを湯で抽出することで飲料とする。渋みが少なく、香りが芳醇で甘味がつよいことが特徴。愛飲家も多く、冒険者を通して各地に出回っていた。




 焚き火に揺れる二つの人影は、ゆっくりと双方の距離を取っていく。

 この騎士はもう、交戦の意思を持っていないようだった。


「……先ほどの無礼をお詫びしたい。私はアースアルム国リーヴァルト領領主に仕える守護騎士、アンフィリテという者です」

「いろいろと訊きたいことはあるが、こっちも名乗っておくとすっか。オレちゃんはザッツで、こっちの給仕プレイしてるのがサカナだ。…どうだ、どこからどう見ても怪しい関係やつらだろ!」


 アンフィリテと名乗った騎士は、おとなしく長剣を鞘に収める。

 プレイじゃないからっ、とサカナは叫ぶ。


「私も貴方たちには訊きたいことがあるが、先に仕掛けたのはこちらだ。できる範囲ならば何でも答えましょう」

「じゃあ、単刀直入に聞いてみっか――あんた、なんで襲いかかってきた?」


 明らかに、先ほどの殺気は本物だった。

 おおよそ警ら中の騎士が出せるものではない、凄まじい迫力を有していたはずだ。

 常に仏頂面の――それが彼女の特徴なのだろうか――アンフィリテは少しだけ思案した後に口を開く。


「これは話すしかないのだろうが――私は現在、ある要人を一人で護衛しています」

「こんな森の中でか」

「はい、お忍び用の隠れ家がありまして、私は外で見張りをしていたのです。…すると怪しげな焚き火が視界に飛び込んできた。それが此処になります」

「怪しいよなあ、ほんとにな」

「それで、確かめに行きたいが、万が一があるかもしれない。そう考えた私は、長時間離れるのは危険だと判断し――"手っ取り早く終わらせるためにああしました"」

「は?」


 絶句。


「怪しいだけで殺そうとすんじゃねえよ!」


 礼儀は正しいのだが、どこか無鉄砲な女。

 ザッツは最近、そんなやつをどこかで見た覚えがある。


「あ、あの」


 サカナが口を開く。


「だったらそろそろ、戻ってあげた方がいいんじゃないでしょうか?」

「もっともな意見です」


 アンフィリテは少し悩むような顔を浮かべる。


「しかし、貴方たちの身元を調べぬまま、帰るわけにもいくまいし――どうしたものか」


 そこでアンフィリテは、先ほどから己の鼻腔をくすぐる香りに気がついた。

 ポットから漏れ出ている、いい匂いである。


「これは紅茶ですか」

「ええ、ライツ村で採れた茶になります」

「やはり」


 女騎士は燃えるような赤い瞳で、真剣な眼差しをサカナに向ける。


「ど、どうかなさいましたか」

「ぶしつけながら、貴方たちの茶をお忍び中の我があるじに献上したい。…どうか、譲っていただきたい」

「それは」


 サカナは困ったような表情を浮かべる。


「それは――かんべんしてください。これはわたしが長旅で、故郷を思い出すためにと持ってきたものだから」


 ぎゅっと茶葉の入った瓶を両手で握り締めて、そう言った。

 が、唐突にこの男はしゃしゃり出てくる。


「おいおいおいサカナちゃんよお、もっと大局を見ようぜ」

「え?」

「こいつのあるじは、たぶんライツの茶が恋しいんだ。…でもあそこはダンジョンが無くなっちまって、冒険者の行き交いが減っちまった。だから近隣の村でも手に入りにくくなっちまって、ここまで来たのにも関わらずそれが楽しめない。違うかい、アンフィリテのねーちん」


 アンフィリテは決して仏頂面を崩さずに口を開く。


「申し上げにくいことですが、そういう理由わけになります」

「そこでオレちゃんたちが善意で、"少しだけでも"譲ってあげさえすれば、身の証を立てられるついでに、その隠れ家とやらで安全に一泊できるかもしれないんだぜ」


 そんなとんとん拍子でいくものだろうか、とサカナは思うが――身の危険を感じながら一夜を外で過ごすということは、確かに厳しいものがあった。このいい加減な野蛮人に未だ気を許していないのもあって、合理的な案だとは思う。


「そんなことは通常許されません。許されませんが――少しでも譲って頂けるのであれば、私の責任をもって、貴方たちの寝床を用意すると約束しましょう」

「さっすがねーちんっ、表情かおはかたいが、話が分かる柔軟さよなっ!」

「お褒めいただき光栄です」


 初対面だとは思えないほどに、ザッツとアンフィリテの相性はいいようだ。


「ほ、ほんとに、少しだけですからねっ」


 話がどんどん先へ進んでいくさなか、決して流されないようにサカナは食らいついていく。その言葉を了承したと受け取ったのか、アンフィリテは二人に付いてくるように促した。さっさと荷物をまとめると、三人は森の奥へと進んでいく。


「連理の枝持つ木、三対居並ぶ場所を折れて左に――ここがそうです」


 思っていたよりも、さほど時間がかからずに――道の途中から外れてすぐ、木々に遮られて見えなくなっていたところに、古ぼけた洋館がその姿を現した。

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