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 ダンジョンを駆け抜けろ。

 誰が一番最初に、薬草を取れるかな?


 ニナは勝ち負けを意識してレースを提案したのではなく、ただ単純にシャーリィという恐怖の対象から逃れたかっただけなのだが――実際に始めてみると、やはり勝敗にはこだわりたくなるものだ。

 現に、ニナは本気の走りを見せている。


「えへへっ、やっぱりボクには追いつけないようだね」


 ニナは振り返って、ザッツたちの姿がないことを確認する。

 首位独走、ぶっちぎりの好スタート。行く手をはだかる好戦的な魔物どもも大剣の一撃で難なく切り伏せることができてしまう。


「ここの曲がり角はこっちかなっ」


 ニナは迷うことなく、迷宮内を突き進む。

 やはり、ダンジョン探索において風使い(エアリスト)ほど地形把握の右に出る者はいない。加えて新しい肉体にも徐々に慣れてきたおかげか、足の速さは未だにパーティ随一のスピードだった。


「おっと、あれが薬草かな」


 ゆえに、一階の最奥に真っ先にたどり着いたのもニナだった。

 部屋の隅にぎっしりと、他では見られないような青い草が生えていて――その手前には、それを守るかのように大型のカタツムリ『ヒュージスネイル』が天井にへばりついていた。


「うへえ、気持ち悪い。もしかしたら、ダンジョンボスなのかな?」


 ダンジョンボスという個体は各ダンジョンに一匹は存在するのだが、コアから放たれる特殊な力場によってその特定は難しい。最下層の奥に潜んでいることもあれば、上の階を我が物顔で闊歩していることもある。

 今回の場合は、後者だった。


「うん、明らかに守ってるし、先に倒しちゃってから薬草を取っちゃおう!」


 ニナは大剣を構えて、風の魔力を注ぎ込んでいく。

 彼女の十八番であり一撃必殺の大技『ドラゴンズ・ブレス』である。

 地下闘技場ではうまく発動することができなかったが、威力を抑え制御できるようになった――今の自分に見合った撃ち方を既に体得していた。


「いくぞぉ」


 ニナは高らかに攻撃宣言をするものの、ヒュージスネイルはそれを無視している。

 そもそも表情というものがなく、カタツムリの特徴的な目も引っ込めていることから、もしかしたら眠っているのかもしれない。ダンジョンボスだというのに情けない姿ではあるが、コアが生態系の頂点としてそれを選んでいるのならば、迷宮内でもっとも強いはずなのだ。


「疾風怒濤の大剣技――」


 しかし、ニナに遠慮はない。

 寝ていようが寝ていまいが、先手を取って倒してしまえば採取が安全となるからだ。大剣『竜の肉切り包丁(ドラゴンブッチャー)』の刀身に渦巻く風は、次第にその強さを増していく。


「ドラゴンズ・ブレス!」


 正しく放つことのできる限界点まで魔力が収束すると、ニナは一息にその大剣を振り下ろした。強烈な突風がヒュージスネイルを粉砕するべく突き進む。

 そして、ニナは己の目を疑った。


「え――」


 バキバキと音を立てながら、ヒュージスネイルの殻に突風が吸い込まれていく。

 そう、攻撃がまるで効いていない。


「な、なんだって!」


 それだけにとどまらない。

 ヒュージスネイルの殻が、緑に発光したと思えば――なんと同角度同威力で突風の一撃を放ち始めたのだ。


 まさかの『魔法反射』持ち。

 完全なる初見殺し、されど情報さえあれば一方的に倒せるはずだったのに。


「うわあああああ!」


 ニナは直撃を受けて、薬草の広間にて倒れてしまった。

 威力を抑えていたのが幸いだったとはいえ、気絶してしまったようだ。




「あれ、こっちでいいのかな……」


 次にダンジョンの攻略ペースが早いのは――ザッツを差し置いてまさかのサカナだった。というのも、少女の出力魔力量はだんだんと増え続けており、召喚魔術ガーディアンの持続時間が伸びてきているからだ。グラスドラゴンのような巨大なモンスターを扱うまでには至らないが、キングコボルトのような中型ならば長時間のあいだ召喚し続けることができた。


「うーん、小迷宮と聞いてたけど、けっこう広いんだね」


 キングコボルトに担ぎ上げられたサカナは、ニナに勝るとも劣らない速度でダンジョン内を突き進んでいた。しかし、迷宮の構造を探知できるような術式は覚えていないし、勘もあまりよろしくはないので袋小路に行き詰まることが何度もあった。


「わっ、モンスターが来たよ、やっちゃって!」


 サカナが撃破を命じれば、キングコボルトはそれに従う。

 戦いに慣れていなくとも、自律的に動く仲間モンスターが勝手に判断して倒してくれる。それこそが召喚魔術ガーディアンの強みだった。

 キングコボルトが飛びかかってきたスライムを右腕でなぎ払うと、ぐちゃりと肉片が散って一撃のもと絶命した。飛び散ったゼリー状のナニカは、死んでもなおピクピクと震えているから、魔法生物というのは気味が悪い。


「うう、弱いんだけど目にしたくないモンスターばかりだよ……」


 『小さな洞窟』に生息しているモンスターたちに、肉食系の動物は一切見かけなかった。サカナが確認できただけで、スライムのように大気の魔力を吸って生きるもの、アースワームという腐った土を主食とする大きなミミズ、洞窟内に自生している歩く植物から、それを食べている大きなバッタなどで――いずれも群れをなすことがなく、キングコボルトが一発で倒せてしまうものばかりだ。

 つまり、このダンジョンで倒れてしまっても、彼らが肉食でないために命の保証はされている。冒険者の登竜門チュートリアルとしては最適だった。


「ん、なんだかくすぐったい……」


 サカナは突然、妙な感覚に襲われていた。

 視線を下にさげていくと――開いた胸元の谷間に吸い込まれていくように、スライムの断片がにゅるんと侵入しはじめていた。


「きゃあああああ!」


 命の危機に陥っているわけでもないのに、サカナは声を抑えることができず――その悲鳴は、ダンジョン内に絶叫がこだました。奇しくもそれは、ニナが自ら放った大技に倒れるのと同じタイミングだった。




 シャーリィが先に進んでしまった三人を必死で追いかけると、その内のひとり――ザッツを視界に収めることができた。青年は腕を組んだまま、壁に背をあずけて立っている。


「待っていたのですか?」

「ああ、二人の方が話しやすいと思ってな」

「私を、恐れていたのでは?」

「それは否定しねえけどよ」


 ザッツは苦笑いを浮かべた。


「あの一方的な愛情は、イーギルに向けられてたモンだろ。アンタはオレちゃんがイーギルじゃないって分かってから、明らかに態度は落ち着いてたからな」

「私の愛の重さ、ようやく分かってくれたみたいで良かったわあ」

「いや、それは知らねーけどよ――やっぱり気になっちまうんだよな、兄弟がどこで何をやってたかがよ」


 この十年間、ザッツはイーギルのことを忘れたことはなかった。生きてさえいれば、この大陸のどこかで会うことがあるかもしれないと、淡い期待を抱いていたのもある。

 しかし、今になっても彼の情報を掴むことはできず、姿を見かけることもなかった。だから、ニナから聞いた皆殺しの話は――耳を疑ったのだ。


「アイツはオレちゃんなんかより、ずっと優しい人間だった」


 少なくとも十年前はそうだった。

 今まで忌避していたギルドを訪れたのは、イーギルに関する情報が欲しくなっていたのもある。


「だから、良からぬことに巻き込まれてねーか心配なんだよ」

「ザッツちゃんは、兄弟思いなのねえ――優しいのは、どっちも同じかしらあ」


 シャーリィは口元を抑えて軽く笑った。


「そうねえ、私がイーギルちゃんを最後に見たのはこの街で、あれは確か二年前だったわあ。勇者として認められるために、各地でダンジョン巡りをしていたのよお?」


 『勇者のギフト』を持っている者が、大陸の『勇者』として認められるわけではないことはザッツも分かっている。言うならば前提条件だ。

 冒険者ギルドに登録し、各地のダンジョンを巡る。そこでパーティを組まずに攻略――ダンジョンボスを撃破すること――した数を重ねていき、その実績をギルド本部に報告する。厳正な審査のもとに通ったものだけが、晴れて勇者となれるわけである。


「『逢魔の洞窟』に行ったときは、とっても苦戦してたわあ」


 クリルの言っていた、通行止めになった原因のダンジョンのことだろう。

 『小迷宮』ならともかく、『大迷宮』を一人で攻略することが非常に困難であることはザッツも分かっている。

 純粋なモンスターの強さから『勇者のギフト』だけでは太刀打ちできず、世に名を残す勇者たちは、攻略の過程で既存の魔術式の限界にたどり着き、新たな境地にたどりつくことで――固有術式ブランドを数多く生んでいる。例外も存在するが、固有術式とはダンジョン攻略の副産物なのだ。


「ベヒモスに囲まれたときはどうなることかと思ったけど、イーギルちゃんは私を守りながらバッタバッタと切り裂いて八面六臂の活躍だったのよお」

「ん? ちょっと待て」


 ザッツは違和感を口にする。


「その言い方だと、まるでパーティを組んで攻略しているみたいじゃないか?」

「あ」


 シャーリィは口が滑った、というような顔をした。


「えっと、それは違うの」


 彼女はもじもじと、落ち着かない様子をしている。


「私、イーギルちゃんの戦いを、側で見ていたくって」

「………」

「それでいつも、勝手についてってたの」


 ザッツの疑問は氷解した。

 要するに、この女はイーギルのストーカーなのだ。

 ベッドのくだり云々も、シャーリィの妄想に過ぎないのかもしれない。


「イーギルがアンタの前から姿を消したの、分からなくもねえな」

「ええっ!? どうしてよお」


 しかし、二年前までアースアルムに居たとは。

 ことごとく時期が合わないと、王都でダンジョンブレイカーの修行を重ねていたザッツは嘆息を漏らした。

 そんな時だった。


「うわあああああ!」

「きゃあああああ!」


 迷宮の奥から、ふたりの悲鳴が重なり合って響いてきた。


「な、なにかあったのか」

「だから駄目って止めたのですよ。ダンジョンを舐めたらこわいって、学校で習わなかったのでしょうか……」


 小迷宮とはいえ、最悪な事態も想定できる。

 二人はやや深刻そうな表情を浮かべて、ダンジョンの奥へと駆け抜けていった。

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