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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第一章 お姫様の刺激的な夜
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 日差しの強い朝だった。

 空は雲一つない快晴で、穏やかな風が草原を撫でるように走っている。

 だらだら出発するにはちょうどいい天気だ、と窓の外を眺めていたザッツは欠伸をひとつして、宿で割り当てられた部屋から出ていく。料金は先払いだったので、鍵を誰もいない受付台の上に置いてから、そのまま外へと飛び出していった。

 村の入口に向かって歩いていくと、テオドア村長と給仕服姿のサカナが話し合っているようだった。ザッツの姿に気づいたのか、村長は顔をそちらに向け、ひげをさすりながら口を開く。


「ほっほっ、そろそろ出発するのか」

「ああ、だいぶ世話になっちまったなじーさん。また新しい悩みの種(ダンジョンシード)が出てきたらオレちゃんが来てやんよ」


 ダンジョンを殺すことしか能がないのだから。

 そう言わんばかりにザッツはからからと笑いながら、手に持った大槌を背負うとそこに荷物袋を引っ掛けた。


「で、お前はその服装でいいワケ? 見てるほうが恥ずかしい、つーかこんな荷物はオレちゃんが恥ずかしい」

「あなたって、ほんっとに失礼ね。…しかも人を荷物扱いしてさっ」


 しかし、その給仕服の姿は旅に向かないことも正論だ。

 奇異な目で見られることはもとより、動きにくい服装であることも確かである。


「この村を離れても、わたしは酒場の主人であることに変わりない。…これはわたしがわたしであるために、必要な装いだって思ってるから」

「それなら、しょうがねえか」


 自分に正直に生きてきたらしいこの男は、彼女の言葉に理解を示したらしく、嘲ることもなくあっさりとサカナの主張を受け入れた。


「せいぜい、オレちゃんに飽きられないように頑張るんだぜえ」

「誰もあなたのために頑張るとは言ってないっ…ひゃあ!」


 ザッツが少女のスカートをめくりあげようとすると、咄嗟に彼女は両手でブロックに入りそれを阻止してしまった。酒場で培ったであろう見事な敏捷性と反射神経である。顔を真っ赤にして怒る少女を完全に無視して、ザッツが村を発とうとすると、テオドア村長が彼を呼び止める。


「すっかり忘れておった、最後に尋ねたいことがあってな」

「なんだじーさん、オレちゃんにはパンツの色は見えなかったぜ」

「ほっほっ、それはワシの『慧眼』をもってしても見抜くことはできんかったわい。…そうではなくてな、お前さんイーギルという男の名を知らんか」

「……」


 ザッツは少し考え込むような仕草を取った後、知らねえなあ、と告げた。


「そうか。…もしかしたら、有名になっておったかと思うたが」

「そのイーギルって人は、どういう方なんですか?」


 軽くあしらわれ、すっかり蚊帳の外にいたサカナが会話の中に入ってくる。


「なあに、十年前に西の洞穴をひとりで攻略しおった、当時は駆け出しだった冒険者の名じゃよ」




 ★ TIPS ★

「テセウスの蜘蛛糸」――アイテム


 魔術式の書き込まれた赤い糸玉であり、使用するとダンジョンから脱出することのできるアイテム。探索アルゴリズムによって入口までの空気の流れを読み取り、そこに至るまでの抜け道を空間を歪曲させて作り上げる。一人につき一つ必要で、パーティで行動するときには注意が必要。生成するためには高度なスキルが必要で、店買いでも割高なアイテムであるが、命あっての物種なのでひとつは持っておきたい。




 どこまでもだらだらと続いている大草原を二つの影が歩いている。無限に続くと思われる青空に、永遠に続くと思われる原野。小さい悩みなんて吹き飛んでしまいそうなほど、世界というものは広いものだ。

 ところが、ザッツは村を出てからずっと、地面を見つめて思案に耽っている。サカナはそれを不思議そうに眺めているのだが、ここまで一度も口を挟もうとはしなかった。何を言われるか分かったものではないからだ。

 しかし、じきに少女はじれったくなってくる。野蛮人ザッツのおとなしい姿に調子は狂わされるし、果てのない道を黙したまま歩き続けるのにも飽きてきた。


「勇者、か」


 何気なくそう呟いたザッツに対し、隣に並んで歩いていたサカナは、とうとう我慢できない、とばかりに訊ねてみる。


「さっきから何を悩んでるワケ。…そんなにイーギルって人が気になるの?」


 ザッツは面食らったように目をぱちくりとさせる。


「あっはっは、オレちゃんが心配されるなんてなっ、そこまで人望があったなんて自己評価を是正しなきゃいけないじゃねーか」

「いや、常に評価は最低だけどさ、…なんか気持ち悪いというか」

「ひでえな」


 そこで青年は、先程まで自分の世界に没入していたことに気がついた。未だにあのことを引きずっているんだな、と在りし日を思う。


「勇者って知ってるか」

「それって舐めてるの? それぐらいはわたしだって知ってるわ。…歴史に遺る活躍をしたとされる冒険者の総称でしょう。ミステア大陸を統べる、宗主国アースアルム現国王『雷霆』の勇者ゼウス様は有名だし、今もご健在でいらしてる。あなたの鍛冶式だって、『炉火』の勇者ヘパイストスの恩恵を受けてるじゃない」

「せやな。…なら、どうしたら勇者と呼ばれるようになるかは分かるか」

「それは、何かしら歴史に名を残すような…、偉業を成し遂げた人なんじゃないの」

「違うんだなあ。勇者でなくとも偉業を成した人はたくさんいるし、逆に勇者だからといって偉業を成すことなく引退した人も少なくない」

「つまり、どういうこと?」

「感覚的に、ダンジョン内において運命の流れが読める冒険者がそうなる」

「……は?」


 ザッツの語った、勇者と呼ばれるための必要条件はとても抽象的で、信じがたいというより先に理解が追いつかなかった。


「要するに"限定的に未来を予知して最善を選び取る能力"があるんだとよ。…凡百の存在が逆立ちしたって手に入らない、いわゆるギフトと呼ばれる概念の領域だな」


 ギフト。

 この世に神が存在するという大前提の上で、彼らが気まぐれで選んだ人間に与える、突出した才能や能力のことをそう呼称している。力を活かすも殺すも本人次第であるが、いずれも強力無比であり、ギフトを賜ったとされる人物の話が、各地で伝説として物語られるようになった。


「この運命の流れが読める、という力を冒険者が有するとどうなるか。まずダンジョン内における危機感知能力が異様に跳ね上がる。次に有効な手札を一分のミスなく切り続けることができる。しかも感覚的にだぞ。…とどのつまり、負けなくなるってことだ」

「そ、そんな人がいるの…、想像で語ってるだけなんじゃ」

「オレちゃんも人づてに聞いた話だし、それもあるかもしれねーな。…だが、それを裏付けるようなことを勇者はやってのけるんだよ。それがダンジョンの単騎攻略ってやつさ」

「え、それって」

「ああ、テオドア村長の言ってたイーギルってヤツに繋がるわけさ。だいぶ遠回りになっちまったけどな」


 ダンジョンを一人で攻略した冒険者。

 あそこが小迷宮とはいえ、十年前にそんな駆け出しの冒険者がライツ村に訪れていた。サカナはそのことに驚きを隠せないでいた。自分は覚えていないが、きっと父親がイーギルとやらをもてなしていたのかもしれない。


「あ、でも」

「あん?」

「あなただって、ダンジョンを一人で攻略しようとしてたじゃない」

「オレちゃん、駆け出しの冒険者じゃねーし」


 それもそうだ。

 ギルドに加入していないから、冒険者ですらない。

 彼を知るまでサカナは本物を見たこともなかった、ダンジョンブレイカーなる闇の仕事人である。


「それにダンジョンボスを倒すことと、ダンジョンコアを破壊するってのは天地の差がある。そもそもそんなギフトなくったって、頭を使えば深層まではうまい具合に潜れるんだよ。無用な戦いを避けつつ無抵抗のコアを破壊するだけの簡単なお仕事です――ってヤツだ」

「なんだか、暗殺者みたい」

「そんな感じに思ってくれな。…ま、荷物が増えたから次からちょっと苦労しそうだけどなっ」

「だから、荷物扱いしないでって言ってるでしょっ。…それに、まだわたしの質問に答えてない!」

「あれ、なんか言い忘れたことあるか?」

「ほんとに頭使ってるのあなた。…その、さっきなんで悩んでたのかって話よ」

「…ああ」


 ザッツの柔和な笑みの奥に、どこか寂しそうな感情が見え隠れするような。サカナはなんとなくそんな気がした。


「オレちゃんも少なからず、勇者と縁があったりするんだよ」


 それきり口を噤んでしまったザッツは、話を切り上げてしまった。

 いつも酒場で聞き役に回っていたサカナは彼の悩みが気になってしまい、その委細を知りたく話を振ろうとするのだが、いつもの調子に戻ったらしい彼に軽くあしらわれからかわれ、結局たわいない話で二人は道中を歩いていくのであった。

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