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「話っていうのは、どんな」
「そうですね、何処から話せばいいのか――そして、あなたがどこまで知っているのか」
テリーヌは直感的に、その話が自らの出生に関係することだと判断した。
そして、それ以上のナニカがあることも。
「立ち話もなんですし、あちらの喫茶店に行きましょう。紅茶ぐらいならお出しできると思います」
テリーヌは好意に甘えて、『トランキーロ』と書かれた喫茶店に入っていく。
なかごろのボックス席を選んで片方にライナとキアが、そして対面にテリーヌが腰を降ろす。ライナはウェイターに紅茶を二つと、ミルクココアを注文した。
「あ、紅茶でよろしかったのかしら」
「はい、あたしはなんでも大丈夫です。それよりも、話の方が気になります」
「そうですね――まず、テリーヌさんは自分のお父さんのことを訊いてますか?」
開口一番に投げられた問いは、テリーヌがもっとも気になることであった。
「それは、あたしのお母さんからって話でいいんですよね?」
「ええ」
「それは――あたしも知りたいことなのに、訊いてもはぐらかされてしまうんです」
「……」
「あの、あたしのお父さんが何かしたんですか。それに、キアちゃんのお姉さんとも無関係じゃないみたいですし」
「キアから、ロッカのことを聞きましたか」
「うん、ロッカおねえちゃんのこと、おしえたよっ」
キアは、図書館で自身の姉であるロッカという人物について語った。
テリーヌと同じく深い青の瞳であり、金髪であることが共通していた。
「ロッカとキアは、父親が違うのです」
「え、えっと……」
テリーヌとて、無知な子供などではない。
父親が違うということの意味、そしてそれがデリケートな問題であることも分かっている。
「これを語るには、私の来歴も説明しなくてはいけないかもしれませんね」
ウェイターがやってくると、注文した商品を次々と並べていった。
その間にライナは思案顔を浮かべている。話す順番を頭の中で纏めているのだろう。
「私はもともと、リーヴァルト領の貧民として生まれました」
リーヴァルト領とは、キルドライグ領からすぐ東にある国家である。土地や産業に恵まれ、経済的には隣国と比べて安定している。しかし、富裕層と貧民層の格差が大きく、近年ではそれが問題になっていた。現領主になってからは、もう一つの問題となっていた人権に関する法律が整ってきたが、貧富の格差問題を解決するにはまだ時間がかかるだろう。
「幼い頃から私も働きに出されましたが、家計は一向に好転に至らず――父と母は過労から蒸発し、借金だけが残ったのです」
テリーヌは似てる、と思った。
程度の差はあれ、自らの母親から聞いた――ルディオラと同じ人生を辿っている。
「そんなとき、個人で主催されている地下の賭け闘技場の噂を聞きました。自らをチップとして賭けることで、勝てば莫大な賞金を手に入れることができると」
「そ、それって」
「ええまあ、力仕事ばかり割り当てられてたから、少しは腕っ節に自信はあったのだけど――賞金に目が眩んだ私は、高額の戦いを挑んで負けてしまった。そして、奴隷として売られることになってしまったの。そんなときだった、あの金髪の男が現れたのは」
「……まさか」
「彼はジュールという名の奴隷商であり、バイヤーとして奴隷の仕入れに来ていると言っていた」
ライナは紅茶をひとくち含み、渇いた口腔を湿らせた。
「ジュールはその日、私を買い取ると――人生の希望を失っていた私に、選択を迫ったの」
そして、しばらく間を置いてから、小さな声で言った。
「奴隷として惨めな一生を過ごすか、ジュールの子を産むかってね」
「……ッ」
「私は子供を産むことを選んだ。奴隷身分の解消だけじゃなく、資金的な援助も約束されたから――それが地獄から抜け出せる唯一の道だと思った。たった一度、子供を産む道具にされるだけで済むのならって。いま思えば、ひどい母親よね。生まれてくる子供のことも考えないで、自分が苦痛から逃れるためだけにそんな選択をするんだもの」
テリーヌは、息を飲んだ。
そして、最悪な展開をも想像してしまう。
このジュールという人物が――人の弱みに漬け込んで好き放題する人物が――自分の父親である可能性を疑い始めたからだ。
「テリーヌおねえちゃん、だいじょうぶ?」
テリーヌはそこではっとする。
自分は他人に、感情を悟られやすい人間だということを思い出したのだ。
「え、ええ……、ちょっと難しい話だからね」
「わたしもむずかしくて、ちょっとよくわかんない」
「うん、でも大切な話だから――キアちゃんも、分かるときが来るとおもうの」
「そっか。それなら、としょかんでいっぱいべんきょうする。それでわかるようになる」
テリーヌは、キアとの会話で落ち着きを取り戻し、ライナに話の続きを促した。
「ごめんなさい、テリーヌさんのことをきちんと考えないで」
「いえ、ライナさんがどんな気持ちでそれを選んだのかを思えば――責められるものではないと思います。そして、きっとあたしのお母さんも」
「テリーヌさんは優しい子ね。…えっと、話の続きになるのだけど、私はその選択を選んだ結果、ロッカをこの身に宿すことになったの。そして、ドラゴン便を使ってキルドライグまで送られた。みんな知っているように、この国は住民第一に考えるところだったから、暮らしやすいっていうジュールの指示に従ったの」
キルドライグ領ではどれだけ貧しくても、衣食住には困らず仕事も就きやすい。望めば教育も受けられるという――社会福祉が充実しているという特色があった。もちろん、その恩恵に預かるテリーヌも知っている。
「そこから、私の新しい人生がキルドライグで始まりました。ロッカが産まれるまで国が援助してくれて、産まれてからもすぐ仕事に就くことができた。託児所も各地にあって、たとえば国立図書館でも託児を請け負っていますから、留守中の心配も必要ありませんでした。そして、新しい伴侶にも恵まれて、キアという二人目の娘も産まれました。貧しいながら、幸せな生活を送っていたのです。…あの日が訪れるまでは」
ライナの顔が急に暗くなった。
それは、この話が本題に入る事を示唆していた。
「ロッカが十五のときだった。あの子は今まで発現したことのない、氷の魔力をその身に宿していたの」
「………」
テリーヌはめまいを感じる。
金髪。アイスブルーの瞳。氷の魔力。時限式の能力覚醒。
それらが示唆することは、テリーヌとロッカは同じ父を持つということに他ならなかった。
「そして、本当のお父さんに会いたいって言い出してね。私は止めようと思ったのだけど、ロッカももう子供じゃないし、本人の意思を尊重したの。夫は外に働きに出ていて、あんまり帰ってこないしね」
「そ、それで、どうなったんですか」
ライナは、キアが聞こえぬよう耳を塞ぎながら口を開く。
「……殺されたの」
「え――」
そこで――テリーヌは時間が止まったように感じた。
どうしてそうなってしまうのか、話のつながりが読めないでいる。
「あの子は、何者かに刺されて死んでいた――その手に、指輪を握り締めて」
「ど、どうして」
「それが分からない。調べようにも夫は手紙だけで、しばらく帰ってきていないし」
「指輪っていうのは、どういうものですか?」
「ジュールから最後に受け取った高価そうなものなんだけど、子供が十五の誕生日のときに渡してくれって頼まれて――薔薇が氷に埋まったデザインが描かれてて、それ以外に特徴はないわね」
「ううん……」
テリーヌはその話を自分の持っている知識と合わせるが、答えは出てこなかった。
「ロッカのことは――あの男の子供だったとしても、愛情を十分に注いだつもり。…テリーヌさんは大丈夫? お母さんに、邪険に扱われてない?」
「あたしのお母さんも、きちんと愛してくれてます」
「それは良かった。どんな経緯であれ、お腹を痛めて産んだ最愛の子だもの。愛さないわけがない。一年経った今でも、悲しくてどうしようもないの」
「うん……」
「だから――同じような思いをテリーヌさんのお母さんにして欲しくないし、あなたにも死んで欲しくない」
「すると――あたしが殺されるかもしれないから、話の場を設けてくれたんですね」
「おかしいよね、私の娘が殺されたからって、あなたも殺されるかもしれないっていうのは」
「いえ、キアちゃんから訊いた話を考えれば、根拠は分かります」
テリーヌが、キアから聞いた話は二つあった。
ひとつが、ロッカの身体的特徴が、テリーヌと似通っていること。
そしてもうひとつ、同じような特徴を持つ者たちが、他にも多数存在すること。
「ええ、この子は夫の――風術師の家系の血を引いていて、空間の認知能力や、人物の探知能力に長けているんです」
ライナが視線を下に降ろす。
いつの間にかキアは、母親の膝の上で眠ってしまっていた。
「だから、他の同じような子たちも――男の子も女の子も、ジュールという男の血を引いているのであれば――それが分かるのであれば、殺されているのかもしれない」
「………」
少女は、ルディオラの言葉を思い出す。
命に、関わることかもしれないんだよ――と彼女は言った。
テリーヌは考える――もしかしたら、母はこのジュールという人物について、重大な何かを知り得ているのかもしれない、と。
「私の伝えたかったことはこれだけ。だから、テリーヌさんを助けることにはなってないと思う。…だけど、ロッカの代わりに生き抜いて欲しいから」
ライナの目元には、うっすら涙が浮かんでいた。
「テリーヌさんを見ていると、あの子を思い出しちゃって」
「うん……」
このまま父親を探しに出かけることが、本当に正しいのか。
真相を追うことは、誰かを悲しませる結末にならないか。
テリーヌは、いきなり目の前に現れた底知れぬ闇に、戸惑いを隠しきれなかった。




