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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
サブイベント 雪華の落し子(読み飛ばして頂いて構いません)
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「はい、もう大丈夫なのです」


 ルシルは腕の中の少女を優しく下ろし、縄を解いてやった。


「……」


 いつの間にか、テリーヌを中心に放たれていた冷気も収まっている。

 自然に収まったのか、ルシルが止めてくれたのか判断はできないが――まずは礼を言うべきだと、少女は畏まる。


「あ、ありがとうございます」

「礼なんていいですよう。人として当然のことをしたまでですから。…それよりも、話を聞かせてもらってよいですか?」


 テリーヌももちろん、目の前の人物が誰なのかは分かっている。

 だからこそ、包み隠さず話すことに決めた。

 ドラゴンの卵を横取りしようと考えたことも、失敗して密漁団に捕まったことも、卵狩りギルドの一員に協力してもらっていることも。


「ううん、褒められた話ではないですね。いくらドラゴンが欲しいといっても、みんな正式な手続きを経て得ているわけですから――国の決まりを無視するやり方はいけませんよう」

「……そう、ですよね」

「ドラゴンは地上最強ともいわれる種ではありますが、わたしたちキルドライグの民は彼らを恐れるあまり、長年に渡って領分を侵してきました。…結果として、キルドライグ領のドラゴンたちは年々数を減らしているのです」


 ルシルが密漁団のドラゴンをそっと撫でると、すぐに従順な反応をみせている。


「ですから、この卵たちも返さなくてはいけません。彼らを絶やすことは、共に生きてきた文化や歴史も否定することになりますから」

「でも、その考え方……本当のところは、人の身勝手ですよね」

「分かりますか。…聞こえがいいように、わざと本質的なところをぼかしていたのですが」


 ルシルは悲しげな表情を見せた。


「よく学んでいるですね。…人間がドラゴンを支配下に置いてしまったいま、彼らはこのキルドライグにとってなくてはならない存在になりました。ドラゴンによる交通網が発展し、運輸業は瞬く間に産業の主軸と成り、国家騎士たちは仕事を請け負う地域の範囲が拡大したのです」

「すべては国益のため、ですか」

「国を守るということは、そういうことなのです。卵狩りギルドの成立した背景も、必要以上の乱獲を避けるためですから。ドラゴンを保護するために制定された法は、人間の身勝手であることは否定しません」


 法というものは、国民を守るためだけでなく、国の未来をも保証している。

 ゆえに領主であるルシルは、統治する者としてどんな事情があろうとも例外は許さない。

 その結果が――ここに倒れている、密漁団の男なのである。


「それでも、あたしは」


 テリーヌは強く拳を握りこんだ。


「あたしはドラゴンが、欲しいんです」


 その言葉に、ルシルは困ったような表情を浮かべた。


「あんまり、わたしを困らせないでくださいよう」


 そして、倒れている男に視線を向ける。


「前途ある若者まで、わたしは斬りたくないのですよ」

「わたしだって身勝手なんです。法を破ることがどんな結果になるかも分かった上で、そうします」

「だったら、おとなしくおうちに帰るべきですよ。…難しいのであれば、わたしが送って行きますし」

「今、ドラゴンを手に入れないと、自分の人生に納得できなくなるから!」

「……」


 ルシルは目を見開いた。

 自分の人生に納得できない――奇しくも彼女は、同じことを自分の娘に言われたことがある。


「送り出してくれた人たちに、格好がつかないから。…それを成し遂げられなかったら、あたしはそこまでってことだもの!」


 テリーヌは体を震わせながら、国家権力の象徴たるルシルに真っ向から立ち向かう。


「……どうして」


 ルシルは剣を引き抜いた。


「どうして、みんな生き急ぐのですか。どうして、国の庇護を受け入れないのですか。…わたしは、領民が幸せに暮らせるよう頑張ってきたのに」


 少女の気持ちは、痛いほど分かっている。

 しかし、ルシルが例外を認めてしまえば――法は説得力を失う。たとえ誰も見ていなくても、便宜を図ることは許されない。法の絶対性を体現する、その一貫性を彼女は自分に強いている。


 ゆえに、目の前の少女がドラゴンの卵を持ち帰ろうというならば――ルシルはそれを切り捨てなければいけなかった。


「こんな駄目な領主だから、娘にも嫌われたのですね」


 ルシルの掲げた剣が、火炎を吹き出した。

 テリーヌは身構えるものの、武器はなくまともに戦える状態ではなかった。


「ごめんなさい」


 ルシルは、肉体の衰えを感じさせない俊敏な動きで少女に肉薄し、その刃を振り下ろそうとした――その時だった。


「!」


 がさがさと雪を被った茂みから、何者かが飛び出してきたのだ。

 動きを静止したまま、二人がそちらに視線を向けると――それはテリーヌを置いて逃げ出した、小型の白いドラゴンだった。


「Gyururururu......」

「……」


 ルシルとそのドラゴンはしばらく見つめ合い、意思の伝達をしているようだった。


「なるほど、そういうことなら――良い結末の方を取るですか」


 テリーヌの喉元に迫っていた剣から、炎が消え失せた。

 ルシルはそれを鞘に収めると、ワイバーンに引かせていた竜車に少女を招き。


「あなたは……、ええと、名前はなんていうですか?」

「あたしは、テリーヌっていいます」

「テリーヌさんは、ドラゴンの卵が欲しいのですね」


 ルシルはそう言うと、竜車の奥に積まれていたひとつの紅い卵を指さした。


「あれを差し上げますです。もちろん、正規に入手したものなので心配しなくていいですよ」

「えっ、本当ですか?」


 テリーヌは、図鑑に載っているドラゴンの種類とその卵の形を一夜漬けしていた。

 だが、竜車に積まれていた卵は彼女の知識から外れるものであり、困惑するばかりだった。


「でも……、こんな柄、見たことありません」

「さすがにあの子も、このドラゴンについては教えてなかったですかね」

「あの子って……、まさか先生のこと知ってたんですか」

「教師をしていることは知ってるですが、テリーヌさんが教え子だったというのは今この子に聞いたです」


 ルシルは一緒についてきた白いドラゴンを撫でている。


「あの子は、もうすぐ誕生日なのですよ。…それで、義絶してしまったとはいえ、何かしてあげたいっていうのが親の情ですからね。これは誕生日祝いに、届けてあげたいと思ったものなのです」


 女は溜め息をひとつ吐いた。


「ですが、縁を切って何年も連絡を取らず――今年こそって思いながら用意したものの、やっぱり迷惑なだけかもしれないですからね。だから、あなたに差し上げるです」

「ユズ先生はそんなこと、思ってないはずです」

「ふふふ、わたしはそれを知るのがこわいのです。親でありながら、あの子の気持ちを分かってあげられなかった。…もうひとりの子はあなたのように素直で、領主として頑張りたいと本心から言ってくれたのですが」


 素直というのは、分かりやすいということだろうか。

 テリーヌはやはり、それを指摘されるとどこかこそばゆい気持ちになった。


「駄目な親でしょう。わたしはあの子の気持ちを知ろうとするどころか、国のための教育を押し付けてしまった。わたしが領主として不出来だったばかりに、後継ぎに立派な領主を求めてしまった。…その結果、あの子はいつしか笑わなくなってしまったのです。感情を押し殺して、ひたすら機械の部品のようになろうとしていた」


 ルシルは目を閉じて、在りし日を想起しているようだ。


「そして、感情を爆発させてわたしと――国を相手に牙を剥いたのです」

「国、って……」

「別に大軍を率いてってわけじゃないですよ? 用意周到に練られた、国家を瓦解させるに至る凶悪なカードを提示して、わたしを脅迫したのです。…あ、この話はあまりに間抜けでもあるので、他言無用でお願いしますです」


 物静かで、争いごとを好まなそうなユズからは――想像もつかないアグレッシブさだとテリーヌは思った。


「あのときのあの子は、本当に怖かったのです。国の弱みにならないように絶縁も迫られて、わたしは諾々と提案を飲んでいた。…そして、あの子は国立図書館の一司書としての人生をスタートさせた」


 ルシルは目を開けると、顔を綻ばせる。


「あの子の直談判で初めて分かり合えた気がするのです。それが嬉しくもあって、寂しくもあるですが――あの子の選んだ道が納得のいく人生だというのなら、親としてはそれで良いのです。だから、今のあの子の気持ちがどうあれ、確かめる必要はないのかなって」

「親子なのに、それでいいんですか」

「……」

「親子だからこそ、もっと分かり合わなきゃいけないと思うんです」

「テリーヌさんはお優しいですね。きっといい先生に習っているのでしょう。…わたしがもっとできた人間なら、出来てしまった大きな亀裂も渡れるかもしれないのに」


 ルシルの手は震えていた。


「ルシルさん……」


 テリーヌはそれを知っている。

 それは、無力感からなる震えだということを。


「さて、長々と話してしまいましたが、これを受け取って欲しいのです」


 ルシルは思い出したように奥から卵を運んでくると、それをテリーヌに渡した。


「その代わり、テリーヌさんにお願いがあるのです」

「ん」

「この卵の育て方は、きちんと先生に学ぶのです。…あの子なら、育てる方法を知っているですから」

「分かりました」

「それから――そうですね、これは出来ればでいいのです。…キルドライグ領、九代目の領主について、どう思っているか。これをさりげなく訊いてくれると嬉しいのです」

「……はいっ」


 伝えるときはどうするんだろう、とテリーヌは疑問に思う。

 その答えは、すぐにルシルが口にした。


「ふふ、そう思うのも当然ですね。国家騎士のドラゴンに話してくれれば、わたしの耳にも届くようになってるですよ」


 またも心を読まれるような形となり、テリーヌはちょっぴり顔を赤くした。


「そろそろわたしは、あちらの卵をドラゴンさんに返してくるのです。…テリーヌさんは、この子を信じて山を降りると良いですよ。こんなにも小さいのに、なかなか優秀なのです」


 テリーヌは卵を抱えたまま、白いドラゴンに誘われるようにまたがった。


「ルシルさん、ありがとうございました。…あたしが国家騎士になれたときは、国に尽くせるように頑張ります!」

「騎士の生活で悔いなき人生が送れると思うなら、いつでも歓迎するですよ!」


 ルシルに見送られながら、少女を乗せたドラゴンは駆け出した。

 どこを見ても同じような白の世界、道なき道を迷うことなく突き進んでいく。


「人を育てることに関しては、あの子の方が一枚上手かもしれないですね……ふふふ」


 領主の女性はそう呟くと、二つの竜車を伴って吹雪の中に消えていった。

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