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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
サブイベント 雪華の落し子(読み飛ばして頂いて構いません)
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「そういえば、君の名前をルーヴァスさんに聞いてなかったね」


 テリーヌは、自分の乗っている小型の白いドラゴンに話しかける。

 竜は騎乗に従順だったが、少女の言葉にどこ吹く風といった様子だった。

 少女は、無視されているように感じて、少し頬を膨らませた。

 しかし、そこで彼女は気付いた。


「……これは、あたしの試練なんだもんね」


 恐怖からこの頼りない、小さなドラゴンに縋ろうとしていたことに。


「だいじょうぶ、自分の力を信じればきっと上手くいく」


 テリーヌは槍を握り締めると、気力を奮い立たせ――ドラゴンを操って、モミの木を目指して駆け出した。


「すごい、あたしの恐れをものともしない」


 騎乗されるドラゴンも生き物なので、常に乗り手の力量を図っている。乗り手が怯えなど抱いていれば、影響は少なからずあるはずなのだが――このドラゴンはそれをものともせず、初めてに近いテリーヌの操竜を見事にこなしている。今回の作戦に適したドラゴンを、ルーヴァスが選んでくれたのかもしれない。


「ち、ちょ、そこは……」


 見るからの断崖であろうと、このドラゴンは速度を落とさない。

 難所でさえも、踏破できるという自信があるのだろう。


「……っ」


 テリーヌは、手綱を締めなかった。

 ドラゴンの方から、信頼しろと言われている気がしたからだ。

 少女は、ドラゴンの体にしがみついて――崖の下へと、急降下していった。


「……っは、し、死ぬかと思った」


 それなりの衝撃が体に走ったあと、テリーヌが目を開ければ――ドラゴンは無事、着地に成功していた。


「でも、これで分かったよ。…君の足ならどこまでも行けるんだってね」


 テリーヌは、ドラゴンの走りに魅せられて、少しだけ勇気が湧いてきた。

 それに応えるかのように、ドラゴンも軽快な走りを見せた。競技用にも利用される種だけあって、人を乗せたまま高低差のある場所を軽々と越えていく。降り積もった柔らかい雪もクッションとなり、さらに難しい地形も走破できそうだ。ともすれば、密漁団の目指す先、ドラゴンの生息する高山からの脱出も、きっと上手くいく。


「どうどう……、いい子だね」


 テリーヌはあっという間にモミの木の近くまでたどり着くと、ドラゴンから降りて雪原に伏せるように指示した。自らもまた雪原に寝そべって息を潜め、密漁団の動きを待つ。白い防寒着を着てきたのは雪と同化するためだ。


「うう、でもこのままだと凍えちゃいそう」


 ルーヴァスの言っていた時間が正しければ、密漁団が動くまで三十分以上も待たなくてはいけない。さすがに早計過ぎたとテリーヌが考えていた――その時だった。


「えっ」


 横に伏せていたドラゴンが突然、どこかへ走り出していく。

 その理由はすぐに分かった。


「怪しい女だな……、こんなところで何をしている?」


 背後から武器を突きつけられていた。

 うつ伏せになっていたテリーヌはどうすることもできずに。


「さ、散歩です」


 少女はどうしようもない嘘と言うと共に、密漁団の男に縄をかけられていた。




「女は散歩と言っていたが」

「どう考えても嘘じゃねえか。こんな僻地まで散歩に来るバカがどこにいるんだ? 放浪癖で知られる九代目のキルドライグの領主か?」

「彼女は青い髪だったろう。…しかし、見てくれはどう考えてもバカっぽいが」

「そんなことは問題じゃねえ。重要なのは卵狩りの日に、アジト周辺をうろついてた怪しい奴だってことだ」

「まさか例のギルドの内偵じゃねーだろうな。…俺たちの計画がバレているのか?」

「でもよお、こんな子供があそこで働いてんのか?」


 大きなモミの木からそう遠くない、雪で隠されている洞窟の中。

 複数の屈強な男たちが、テーブルを囲んでテリーヌについて話し合っている。

 少女は洞窟の奥に、縄で縛られて座らされていた。


「こういうのは、ギルドに出入りしてるラットが詳しかったな。…おいラット、こいつがギルドの職員がどうか面通ししろ」

「へい」


 ラットと呼ばれた男が、洞窟内の違う部屋からやってきた。

 赤いバンダナをつけた逞しい男性で、こんな寒い日のなか汗をかいていたから、直前まで力仕事をしていたことが分かる。


(ギルドに出入りしてるって――いや、そんなことよりも)


 テリーヌは、重大なことに気がついた。


(ギルドに密漁団側のスパイがいたってこと?)


 だとするならば、卵狩りギルドで大捕物をするという計画は、必然的に漏れていることになる。


(でも……、それなら決行日をずらしていても、おかしくないはずなのに)


 ギルドと戦うことになっても、圧倒できるという自信ゆえか。

 それとも。


「んん?」


 ラットはじっくりと、テリーヌの顔を覗き込んでいる。


「……ギルドでこんなやつは見たことないね」

「それは確かか?」

「だからこそ困るわけだ。…こいつはいったい何者だ? 何の目的で此処に来たんだ? ま、本人に喋らせるのが手っ取り早いかな」

「ひっ」


 ラットは机に刺してあった短刀を引き抜いて、テリーヌの首筋に白い刃をあてがった。少女は先ほどまで感情を隠すことにつとめていたが、命の危機が間近に迫り――誰が見ても分かるほどの、怯えの表情になっていた。


「正直に話せ、返答次第では命がないと思ったほうがいい」

「は、はい」

「じゃあ、一つずつ聞いていこう――まず、お前の目的はなんだ?」

「……」

「時間が惜しいんだよ、さっさと言え」

「いっ」


 冷たい刃が、テリーヌの皮膚に食いこんで――少女の首筋から、赤い線が引いた。


「たまごが」

「ああ?」

「たまごが、欲しかったんです。……ドラゴンは、あたしみたいな貧しい家の子じゃ、飼えないから」


 正直に言ったつもりだった。

 しかし、テリーヌが騎乗用のドラゴンと一緒に居たところは見られているはずだ。

 もうおしまいだ、とテリーヌは思った。


「こいつ、マジで言ってるみたいだな」


 男が短刀を引くと、それを律儀に中央のテーブルに刺し直した。

 他の密漁団の男衆も、大笑いしながら『そりゃそうだ』と口々に叫んでいる。


「がははっ、ここまで分かりやすいやつはいねえよ!」

「俺たちの噂でも聞きつけて、行き倒れてたってところか? ドラゴンが欲しいからって無茶なことをする嬢ちゃんも居るもんだな!」


 テリーヌは、きょとんとした顔をしていた。

 分かりやすい奴、という彼女にとって欠点同然だったそれに、助けられるとは思ってもみなかったからだ。


(さっき乗ってきたドラゴンも、見られてなかったのかな)


 とにかく、すぐに殺されることはなさそうだ――と、テリーヌは安堵の表情を浮かべる。


「ま、望み通りドラゴンの卵を取らせてやろうぜ?」

「ああやっぱ、そういう方向で使うつもりなんすね。…相変わらず、ひっでえこと考えやがるな!」

「雪の中に埋めちまうよりは利用価値はありそうだからなあ。しかし問題なのは、あの小便くさいガキを、巣まで連れて行かないといけないことだな」


 そこでテリーヌは、下半身の違和感に気がついた。

 なんだか冷たいと思っていたが――少女は自分でも気付かないうちに、失禁してしまっていたのだ。


「……っ」


 テリーヌは羞恥心から顔を赤らめ、足を閉じながら俯いてしまう。


「ぎゃーはっはっはっ、こいつは傑作だぜ! やっぱり気づいてなかったんだな」

「俺は嫌だぜ、こんなお漏らし女の面倒を見るのはよ」

「おいラット、てめえの責任だぜ。穏便に尋問もできねえから、こんなことになっちまうんだ」

「……分かった、俺の積み荷として乗せておこう」


 密漁団の話が纏まったのか、彼らはぞろぞろと洞窟を出発し始める。

 小型と中型の騎乗用ドラゴンが先頭だ。彼らの騎手は一様に武器を持っていた。野生のドラゴンと戦う囮役をつとめるのだろう。

 中型と大型の貨物運搬用の竜車を引くドラゴンが後ろに続く。こちらの騎手たちはドラゴンの卵を積む役割なのだろう。


「それじゃ、ひと狩り行くぜえ、野郎ども!」


 リーダー格の男が、入山の合図を大声で告げる。

 それを受けて、密漁団の男たちが続けて雄叫びをあげた。


「……」


 後方の竜車の中に、テリーヌは手足を縛られた状態で転がっていた。

 竜車の揺れを感じ取り、いよいよ密漁団の卵狩りが始まるのだと察する。


「馬鹿なことをしたな」


 ラットは大型竜の手綱を引きながら、後方に積まれている荷物の少女に話しかけた。


「ドラゴンの卵が欲しいなら、真っ当な方法で手に入れれば良かったのさ。…そうすれば、長い人生をいくらか削る程度で済んだだろう」

「それを、密漁団のあなたが言うの?」

「他は知らねえが、俺はドラゴンの卵が欲しいんじゃねえ――金が欲しかっただけだ、真っ当な手段では手に入らないほどの莫大な量のな。そのためだったら、何だってするのさ」

「あたしもおんなじ。…今じゃなきゃ、手に入らないものを手に入れたいだけ。大人になってしまったら、もう遅いから」

「そうか。だったら残念だったな。…お前は真っ先に囮として、ドラゴンの餌にされる。何も手に入らずに、そこで終わりさ」


 終わる。

 何も手に入らないまま、人生が終わる。


「……いや」

「ああ?」

「このまま終わりたくないっ、あたし、死にたくないっ……!」


 刻一刻と近づきつつある死の恐怖から、完全にパニックに陥ったテリーヌは――縛られたままのたうち回り、泣き喚いている。


「助けてえっ、誰か、助けてえっ!」

「助けなんか来ねえよ」

「あ、あたし、死にたくないっ、だから助けてっ、誰かっ!」

「……」

「誰か助けてっ……、うう……、お母さん、先生……、助けてえ!」

「うるせえぞっ、大人しくしてやがれ!」


 ラットが運転席を飛び出してテリーヌに近づいていくと、彼女を立たせて強烈なボディブローを見舞った。


「ぁぐっ……!」


 くの字に折れ曲がって、肺の中から全ての空気を吐き出したテリーヌは――そのまま力なく倒れ込んだ。


「ぁ、…ぁぁ」

「ったく、面倒かけさせやがって。こっちにも『段取り』っていうもんがあんのに、イレギュラーの存在は勘弁してくれよ」

「ぅ、ぁ……、ぉ、かぁ……、さん……」


 テリーヌは強い衝撃を受けて、意識が朦朧としている。

 このまま目を閉じてしまったら、二度と起きて来られないような――少女はそんな気がした。


「たす、け……」


 しかし、遠のく意識を繋ぎ止めることはできずに。

 テリーヌはそこで、気絶してしまった。

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