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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
サブイベント 雪華の落し子(読み飛ばして頂いて構いません)
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 あっという間に二日が過ぎた。

 テリーヌの頭の中は、ドラゴンのことばかりがぐるぐるしている。一夜漬けが得意な部類とはいえ、あまりにも覚えるべき事柄が多すぎた。野生におけるドラゴンの生態から、卵から孵したあとの育て方。騎乗の方法などを学び尽くし、疲労から来る頭痛で、朝から不機嫌そうな顔を浮かべている。

 様子を心配したルディオラが、朝ごはんを並べながら話しかける。


「アンタ、寝てないのかい? 今日は、大事な作戦の決行日だとか言ってたような気がするんだけど」

「うん」

「熱心なのは認めるけどさ、対局を見極めないとでかい魚を逃がすよ。…ま、朝ごはんは食べていきな。頭も体も動かすには、まず栄養が必要だからね」

「うん」


 テリーヌは、ぶつぶつと学んだ部分を呟きながら朝食をとり始めた。


「試験でも受けるわけでもないのに、本当に不器用な子だね」


 ルディオラが苦笑いを浮かべていると、玄関からノックの音が聞こえてきた。


「おや、アンタが言ってた卵狩りの人かな」

「うん」


 テリーヌは無理やり口の中にパンを押し込んで、牛乳を流し込むと――ふらふらとした足取りで、玄関に向かっていく。


「行ってくる」

「おう、頑張ってきな。……しかし、ありゃあ重症だね。どれだけ体を動かしても、あんなコトになったテリーヌは見たことないよ」


 テリーヌは玄関へたどり着くと、まず羊毛フェルトで出来た長靴を履いた。そして、壁に立てかけてあった槍を手に取った。その槍の柄は木製で出来ており、穂先だけが金属で出来ていた。

 準備を終えて、少女は入口の戸を開けた。まだ外は薄暗かった。


「お待たせしました」


 ルーヴァスは、震えながら軒先で待っていた。

 彼は両手をコートのポケットに入れて、寒さで険しい表情を浮かべている。

 その横には中型のドラゴンがおとなしくしていて、貨物運送用のほろのついた竜車を引かせる仕組みになっていた。


「とりあえず乗るといい。まずは密漁団の拠点があるとされるX地点手前へ移動する」

「分かりました」


 テリーヌは竜車の助手席に乗り込んだ。ルーヴァスがそれを確認して運転席に移動すると、震える手で手綱を握り、青いドラゴンを走らせ始める。


「その、大丈夫ですか」

「寒いだけなら問題はない。それよりもお前の方が心配だ。明らかに顔色が悪いじゃねえか」

「死ぬ気でやれって、言ったじゃないですか」

「そりゃ、言葉のあやってやつだ。実践で使えそうな知識だけ選び取って、ヤマを張る。限られたリソースをフルに使って、本番で何もできなくなっちまったら本末転倒だぞ」

「この前と言ってること、ぜんぜん違うような」

「すまんな。…あいつの教え子となると、ユズと考え方が似てるんじゃないかと思ってな。言葉を額面通りに受け取るとは、思ってなかったんだ」

「ユズ先生はそんな、ねじ曲がった人じゃないですよ。この二日間、ドラゴンに関する科目は、全範囲に渡って特別授業もしてくれましたし」

「ん? ユズにしては、意外と正攻法だな。…ともすれば、お嬢ちゃんはやり遂げられる器だって、認められているのか」

「そうなんですか?」

「あいつがどこまでお嬢ちゃんに話してるのか知らないが、ユズが元国家騎士だったことは知っているか?」

「それどころか、やんごとなき身分だったと聞きました」

「そうか。…あいつは要職につくための教育を受けていてな、人を見極める力と動かす力は随一だった。各人のできること、できないことを把握して――的確に仕事を割り振るようなやつだ。幼少期なんて、俺や他のダチをうまく使って密漁団をひとつ潰すなんて自由研究やらされたぞ。あれは大人たちにかなり叱られたが、今となってはいい思い出だな」

「んん? ちょっと待ってください」


 テリーヌは、そこで気になったことを口にした。


「ユズ先生は、十八の時に国家騎士になって、その時の同期として知り合ったのがルーヴァスさんだった――と言ってました」

「ああ、同期だったのは間違いねえ。…だが、ユズとは幼馴染だから、ちょっと話が食い違うな」

「そ、それって」

「お嬢ちゃんは、嘘を吹き込まれたってことだな」


 やれやれ、とルーヴァスは溜め息をついた。


「そんな嘘に効力があるとは思えねえがな。…そこまで自他の関係をイジられたり、噂されるのが嫌かね」

「でも、ユズ先生からそんな感じはします。例えるなら、世捨て人っていうべきなんでしょうか」

「現に定められたレールから逃れて、自分を捨てることに成功してるからな。しかし、それを喜んでるのかどうかは分からねえ」

「喜んでるんじゃないんですか? 図書館で無限に、命尽きるまで本が読めればそれで良い――って、ユズ先生は言ってましたよ」

「ユズってやつは、生粋の大嘘つきなんだ。あいつは、ずっと自分の感情を押し殺して生きてる。図書館での司書生活は本望だったはずだが、きっと後悔だってしてるはずさ」

「とても、そんな風には見えないです」

「実際のところは、ユズから本音を引き出すしかないだろうな。感情を隠してるやつほど、人より辛い思いをしてたり、苦しんでいたりするもんだ。…そうだな、ユズから司書になりたいという本音を聞いたときは、泣きながらだったしな」

「えっ、ユズ先生って泣くんですか」

「ああ、そこで俺も初めて泣いたところを見たよ。国家騎士になってから、一度でいいから酒を体験しておきたいと言われて、酒場に連れて行ったわけだ。…今思えば、信頼されてたんだろうか? 女性の国家騎士は少なく、一緒に酒を飲みに行けるようなやつは居なかっただろうし。ま、そういうことがあってユズは酒を飲みはじめたんだが、そこで発覚したわけだよ。あいつが酒に対して『弱すぎる』ことがな」

「そういえば、感謝祭ではお酒を勧められて――それを断固拒否してた気がします」

「そうだ。ユズは数滴のお酒でも溺れるような下戸なんだ。…それで、酔いが回って理性がぶっとんじまったあいつは、本音を次々に口にしたわけだ。国家騎士になったのは本意ではないだの、引きこもって本を読みたいだの、泣きながら喚き散らすもんだから後始末が大変だったな」

「し、信じられない」

「だが事実だ。…あ、このことはユズに言うなよな。あいつの巧みな弁舌でいくらでも真実は嘘に塗り替えられるぞ」

「……身に覚えはあります」

「だろ? あいつに勝つにはどくを盛るしか勝ち筋はない。…と、けっこう話が脱線しちまったな。とにかくユズは、自分に対して正直に生きていないやつなんだ。ただの世捨て人だったら、教師として人前に立つことすら拒否しているはずだしな」

「他者との関わりを否定しながら、人との繋がりを欲しているってこと?」

「俺からすればそう見えるな。自己矛盾の塊で救いようがない。…だから、放っておけない」

「ルーヴァスさんが国家騎士を辞めたのは、先生のことが好きだからって聞きました」

「それは事実だ」


 ルーヴァスは即答した。


「そうでなければ、非正規の卵狩りに協力するわけないだろ」

「はい、ありがとうございます」

「いいさ、俺だってお嬢ちゃんを利用している身なんだ」

「ええと、食事に行くって約束でしたっけ」

「そうだ」

「そんなことだけで、協力してくれるんですか?」

「ただの食事だと思うか」

「いえ……、たぶんお酒(どく)を盛るんだろうなって」

「さすがにユズの教え子だな。少しは頭は回るらしい。…ま、それをやるだろうことはユズも分かっているし、俺も入念に準備して挑むつもりだ。ひとつのゲームとして楽しめればいいが、やるからには勝ちたいもんだ」

「それで、ユズ先生の本音を確かめるってことですか」

「人の本音を知るっていうのはちょっと怖いけどな。俺のことをどう思ってるのか訊ねて――嘘偽りない本音を聞いて、果たして『お互い』に無事で居られるかどうか」

「……」

「結果としてユズを傷つけてしまう可能性もあるが、それでも平行線のまま、なあなあと生きて――人生を無駄にしてしまうよりは、建設的だと俺は思ってる。それに本当に知りたいのは、俺に対する思いなんかじゃない。…今のあいつが自分の人生に満足しているのかどうか、幸せな生活を送っているのかどうか、それを改めて確認したいってだけだ」

「なんだか、ルーヴァスさんって思ったより良い人ですね」

「キルドライグの人間はだいたいが善人だよ。…それより、お嬢ちゃんは少し寝ておけ。横取り計画に差し支えるぞ」


 そこで会話が切れると、テリーヌは竜車の心地よい揺れに眠気が誘われる。

 睡眠が十分に取れていなかった少女は、意識が飛んだり戻ってきたりを繰り返し、いつの間にかキルドライグの城壁の外に出ていたかと思えば、景色は広大な山岳地帯に変わっていた。


「そろそろX地点の手前に来たな」


 どこを見ても高低差のある、雪景色の大地が広がっていた。

 見晴らしの良い高い丘の上で、テリーヌとルーヴァスは竜車を降りた。

 都市キルドライグの堅牢な城壁が、遥か彼方に見えている。


「さて、厄介なことにお嬢ちゃんは地図が読めないときた」


 そこでルーヴァスは、前方のやや斜め下を指で示した。

 雪を被った、大きく目立つ一本のモミの木がそこにはあった。


「あの付近に洞窟があって、密漁団はそこに集合しているらしい」


 そしてモミの木を越えて、さらに先の険しい山道に指を向ける。

 ひたすら上を目指す登山道になっていて、その方角から竜の咆哮が聞こえてくる。


「密漁団はあの山道を登って、ドラゴンの卵を取りに行くつもりだ。地図が読めないのなら、そいつらのあとを尾けていけ。種類はこの時期と縄張りから考えておそらく中型のスノウドラゴンだ。初心者の飼育にはオススメできないが、四の五の言ってられん」

「帰るときはどうすれば?」

「こいつの帰巣本能を信じろ」


 ルーヴァスは竜車の積載部から、小型の騎乗用ドラゴンを出した。

 鞍がついており、トコトコと歩く姿が頼りなさげだ。


「この程度のドラゴンなら、牧場とかで乗ったことぐらいあるだろ。生存競争を生き抜くために、スピードとスタミナに優れる競技用の種だ。覚えた知識と合わせて上手いこと利用しろ」

「……うん」


 いよいよ本番だ、とテリーヌは小型のドラゴンにまたがった。

 ルーヴァスの言うとおり、幼少期にこの手のドラゴンに乗ったことはある。そのときの感覚と、新しく得た知識を合わせていく。


「太陽が完全に顔を出す、おそらく一時間後に密漁団は動くだろう。奴らは一時間かけて山を登っていく。そこからドラゴンとの交戦に入ると試算して、ギルドの大捕物が始まるのが今からおよそ三時間後だ。ギルドは一本しかない山道の入口で待ち伏せて、狩りを終えた密漁団を奇襲するという流れだ。お嬢ちゃんの抜け道を用意するまでは至れなかったが、入山時に見つからないように配置時間を遅らせることはできるだろう。…逃げるときは此処を絶対に通るな。そして、くれぐれも落竜に注意しろ」

「はい」

「それじゃ健闘を祈る。…失敗しても俺は助けてやれないからな、それだけは肝に銘じておいてくれ」


 ルーヴァスは竜車に飛び乗ると、手綱を引いて来た道を戻っていった。

 取り残されたテリーヌは小型のドラゴンを操って、モミの木を見下ろせる断崖までやってくる。


「……」


 テリーヌは、自分の体が震えていることに気づく。

 ここまで来るのに、色んな人に助けてもらっている。大人を遠慮なく頼っている。

 だが、ここより先は誰の助けもない。命懸けの戦いだ。

 これはたった一人で乗り越えなくてはいけない壁なのだ――それを認識したとき、少女は改めて恐怖というものを覚えている。

 それでも。


「やらなきゃ、あたしは先に進めないんだ……」


 恐怖を乗り越えて、少女は前へと進んでいく。

 テリーヌにとってドラゴンの卵を手に入れることは、未来を掴むことと同じだから。

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