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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
サブイベント 雪華の落し子(読み飛ばして頂いて構いません)
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 次の日の朝。


「ん……」


 テリーヌは、いつもより早い時間に目を覚ました。

 寝ぼけ眼で懐中時計に目をやる。


「なんだ、ぜんぜん余裕じゃん」


 朝ごはんを食べていってもゆうゆうセーフどころか、道草を食っていても大丈夫そうな時刻だった。

 しかし、そこであの悪魔が襲いかかる。


「もうちょっと、あと五分だけ……」


 胡乱な頭では、ひたすら欲求に忠実で。

 惰眠を貪ろうと、布団の中に潜り込もうとしてしまう。


「あ!」


 そこで彼女は気がついた。

 毛布をがばっと跳ね除けて、それを口に出して確認する。


「今日って、学校のない日じゃん!」


 この日は、図書館に行ってドラゴンについて調べる予定だったのだ。

 だとすれば、時間に追われる必要もなく。

 しかし、すっかり覚醒してしまった頭では――テリーヌは二度寝をする気にもならなかった。



「お母さん、おはよう」


 テリーヌが目をこすりながら居間に続く戸を開けると、既に起きていたルディオラが朝食を作っていた。


「うわ、どういう風の吹き回しだい。…アンタが自分から起きてくるなんて、こりゃ天変地異が起こるってもんだよ」

「いや、お母さんっていつも起こしてくれないじゃん。自分から起きてるには起きてるんだよ。時間通りに起きれないだけでさ」

「そうそう、そう言いたかったんだよ。で、食べるなら温かいうちに食べちゃいな。すっかり冷めた朝食を、夕飯に回されるのも嫌だろう?」

「ん、そうする」


 テリーヌはテーブルにつくと、既に並べられていた朝食を食べ始めた。キャベツとジャガイモ、そしてソーセージを一緒に炒めたもので、そこに塩とコショウが振られているだけの簡素なものだった。


「昨日も言ったけど、あたし図書館に行ってくる」

「そうかい。…ちゃんと道は分かるかい?」

「もうっ、あたし子供じゃないってば。行ったことはないけど、地図があるからなんとかなるよ」

「そうだねえ、テリーヌはもう子供じゃないんだったね」


 ルディオラはどこか、しみじみとした表情を浮かべた。

 徐々にテリーヌが自分から離れていく寂しさ。

 そしてそれ以上に、自立していこうとする娘の成長が嬉しかった。


「そんじゃ、アタシは仕事に行ってくるよ」

「うん、行ってらっしゃい」

「仕事の日に、アンタに見送られるなんて久々だよ。…あっ、ドラゴンを調べることについて、いちおう言っておくとだな」

「ん?」

「自分から何かを為そうとするのは立派だけどな、周りからすればテリーヌはまだまだ子供だよ。もちろん、アタシにとってもな」

「あ、諦めろなんて、言わないよね」

「そうじゃねえよ。子供であることを利用しろっていうことさ。大人をいくらでも使ってやれ、先人を頼りまくれ。…このキルドライグ領には、出来た人間が多いからな。子供だからって、足りなければそうやって補えばいい。アタシがテリーヌを女一人で守ってこれたのも、いろんな人に助けて貰った結果だからさ」

「……うん、分かった」

「へへ、ほんとはアタシにも頼ってもらいたいけどよ……、学がねえっていうのはつらいもんだな。少しは親っぽいとこ、見せてやりたいところだったんだが」

「ううん、お母さんは十分やってるよ」


 ルディオラは最後にテリーヌの頭を撫でてやり、仕事に出ていった。


「お母さんのことを思うなら、三年後に国家騎士になってドラゴンを手に入れた方がいいかもしれないけど」


 朝食を食べ終えたテリーヌは、食器を台所に片付ける。


「やっぱり、お父さんのこと知りたいな」


 自分のルーツを知りたい。

 みんなにはいて、自分にはいない父親という存在を知りたい。

 そんな思いばかりが、テリーヌの心に募っていく。

 国家騎士になれば、それを知る機会は永遠に失われてしまうだろう。

 だから、これからの三年間で達成してやろうと少女は決めた。


「よし、行ってきます」


 出かける支度を終えて、戸締りを確認したテリーヌは、図書館に向かって飛び出していった。



 家から出発して三十分後。

 夜の闇からすっかり明るさを取り戻したキルドライグの王都は、交通量も増え、各地で賑わいを見せていた。


「あれ、図書館って、こっちの方向じゃなかったんだっけ」


 そして、テリーヌは絶賛迷子中である。

 長年住んでいる街にも関わらず、通学路以外の場所を通ればすぐに迷う。地図を開いても、現在地がどこか分からない。基本的に少女は、方向音痴だった。


「よくわからないなあ、この地図古いんじゃないかな」


 とりあえず、テリーヌは近くにいた、犬の散歩中のおじさんに道を聞いてみることにした。


「図書館なら、こっちの道をまっすぐいって――」


 身振り手振りで分かりやすく、長々とおじさんは説明してくれた。


「――に行けば、キルドライグ王立図書館だよ。赤い屋根の建物だし、大きくて目立つからお嬢ちゃんでもたどり着けるさ」

「うん、ありがとうおじさんっ」


 というやり取りを終えた、五分後のことだった。


「どうして、ぜんぜん聞いていたところと違うじゃない」


 あるべき場所に道がない。

 つまり、図書館に至る道はまたも閉ざされた。道を聞いた場所にも戻ることができない。


「だ、だったら、上に登るしかない」


 高いところからなら、図書館が視界に入るかもしれない。

 テリーヌはそう考えると、停車中の竜車によじ登り、そのまま二階建ての家屋へ飛び移って屋根伝いに進み始めた。


「えっと、図書館はどっちだろう」


 きょろきょろと周囲を見渡している、そのときだった。


「おい」


 突然、背後からテリーヌは話しかけられた。


「わあっ、ごめんなさい」


 二階の窓から、みるからに不機嫌そうな住民がテリーヌを見つめている。

 しかし、どこか見覚えのある顔だった。青髪で、それでいて眼鏡をかけた――


「って、ユズ先生!?」

「お主というやつは、学校のない日でもそういう移動をしておるのか。低所恐怖症なる奇病でも患ったか」

「そんな病気、あるんですか」

「聞いたことすらない」


 ユズはいつも不機嫌そうな表情なので、特に怒っているわけでもなさそうだった。


「それで、『勉強嫌いの優等生』は、こんな日にどこへ行こうとしている? まさか図書館に行く、などと宣うのではあるまいな」

「そうです、あたし図書館に行こうとしてたんです。…そしたら迷子になって、道を聞いても分からなくて」

「で、にっちもさっちもいかず、高いところに登ったというわけか」

「はい」

「難儀なものじゃな。風術師エアリストの家系に生まれれば苦労することもあるまいに」


 ユズ曰く、風魔力の使い手は空間把握能力に長けているのだという。


「それにしても、ふむ、行き先が図書館か――明日には隕石でも降るかな」

「どうしても、調べたいことがあって」

「『ドラゴンの生態について』か?」

「えっ……」


 図書館へ行く目的を言い当てられて、テリーヌは驚き焦っている。


「図星か」

「ど、どうして」

「学校は、キルドライグ領に合った社会的に有用な知識、すなわち一般教養を学べる場所だ――と昨日は言ったはずじゃな。ならば、図書館で得たい知識というのはそれ以外のこととなる。そして、能動的な学びには、動機が必要じゃ」


 テリーヌは、太り気味の生徒ジャンとのやり取りを想起した。

 ドラゴンを飼っていて当たり前、両親が揃っていて当たり前。

 そんな幸せな世界の住民から浴びせられた――心無い一言を思い出して、少女は胸がチクチクと傷んだ。


「きのう、お主を見ていた限りでいえば、ドラゴンに執着していたように思えたからな。授業そっちのけで、食い入るように歴史の教科書を見ていたかと思えば、ドラゴンと関係性の強い領主のページばかりを凝視しておった」

「……」

「ドラゴンが、欲しいんじゃろ」

「そう、です」


 心を奥底を覗かれている気がして、テリーヌは顔から火が出そうになった。


「進路相談で家庭の事情は知っておるし、国家騎士を目指したいという気持ちも私は知っている。時が経てば、いずれドラゴンを飼える日も来るじゃろう。…それなのに今、ドラゴンを欲するということは――何か事情があるのじゃろう?」

「……」

「言いたくなければ、言わなくてもよろしい」

「見返したいってわけじゃ、ないんです」

「ふむ」

「いや、まったく見返したい気持ちがないっていえば嘘になります。でも、それ以上にあたしは、ドラゴンに乗って旅がしてみたい。それで、お父さんを探しに行きたいんです。国家騎士になるまでの三年間に。…学校に通えなくなるのは、もちろん分かった上でです」

「……」

「せ、先生?」

「ふっ、成る程な」


 滅多に笑わないユズが、白い歯をみせてにやけていた。


「それが、テリーヌの人生にとって大切だと。そう考えるなら、そうするべきじゃ。…なあに、学びなどいつでもできる。学びたいと思う心があるなら、いつでもな」

「……」

「どうした?」

「……怒られるかと、思いました」


 テリーヌがきょとんとしながら、そう言った。


「学校の勉強を疎かにするな、なんて説教されるかと思って」

「そんなことより大切なことなど、この世の中にいくらでもあるじゃろ。…限りある人生で何がしたいか、それを成し遂げるために必要なことは何か。人によって価値の違う人生目標を、学校教育などという『たかが画一的な学習』で決まると思ったら大違いじゃ」

「先生が、そんなこと言っちゃっていいんですか」

「学校の先生は、生きるために仕方なくやってるだけだからな。私は図書館で無限に、それこそ命尽きるまで本が読めればそれで良い。そのための努力は欠かせたことはなかった。一歩間違えていれば、領主として治世などというくだらないことをやっていた未来もあるかもしれん」

「えっ」

「……すまぬ、口が滑った。忘れてくれ」


 そういえば、とテリーヌは思い出す。

 キルドライグの現領主は、髪の色が青かった気がすることを。


「ま、話はこれぐらいにして――お主を王立図書館に連れて行ってやろう」

「本当ですかっ、ありがとうございます!」


 思わぬ助け舟に、方向音痴のテリーヌは安堵の表情を浮かべた。


「なあに、ドラゴンを飼おうとする理由が、反骨心からなるものではないと分かったからな」


 ユズは教壇に立つときと同じ、トレンチコートをクローゼットから引っ張りだして身につけた。そして、窓から屋根に出た。


「実は、ここから図書館へもショートカットがあるのじゃが――お主はそれでもいいか?」


 司書の仕事でさえ、遅刻対策に屋根伝いの通勤ルートを構築していることに、テリーヌは呆れるばかりだった。


「がんばって、ついていきますね」


 テリーヌは苦笑いを浮かべながら、そう言った。

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