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シレット直属部隊の介入によって、ダンジョンシードの保管庫と鉱血病の実験施設が見つかった。即時リーヴァルト迷宮法が適用され罰則となるところだが、敷地の所有者であるグラジオは肉塊の魔物となり死滅。屋敷及び地下闘技場に至るまで国が接収する結果となった。
奴隷売り場に商品として陳列されていた者たちは一人残らず開放され、実験施設に収容されていた鉱血病患者は、ザッツ指導の下で治療が行われた。
治療とは名ばかりで、ダンジョンシードを破壊するだけなのだが――彼らは皆、それで健康な肉体を取り戻していた。
たった一人を除いて。
「で、カナちゃんは治せたのかな?」
「駄目だ、やっぱりダンジョンシードらしきものは見つからないな」
グラジオの屋敷、ゲストルームの一室にザッツたちは集っていた。
ザッツは波状槌を使って、サカナの体をちょんちょんと叩いている。
音波を用いて体内の情報を探っているのだが、目的のものが見当たらないようだ。
「アイツが言ってたことは正しかったみたいだ。…結局、アースアルムに行ってみるしかなさそうだ」
「アイツって、だれのこと?」
「サカナの中に居る、よく分かんねえヤツのコトだよ」
「え」
「覚えてないのかよ。…今のお前は記憶喪失みたいなもので、天上からやって来たとか言ってたぜ。翼が生えて肉団子に穴を空けた時はさすがにぶったまげたな」
「……」
それを聞いたサカナは、寂しそうな表情を浮かべていた。
「そっか……、それなら、納得できるかもしれない」
「あん?」
「やっぱりわたし、お父さんの本当の子じゃなかったんだ……」
ザッツはしまった、と思った。
サカナが天上の民だとするならば、必然的に酒場の主人の娘というのは否定されることになる。彼はそれを失念していた。
「ちょっとちょっと、カレシの癖にカナちゃんを泣かせたな!」
「お兄さん、デリカシーなさすぎだよ……、いっそ殺してあげようか?」
「まだ泣いてねえだろ、そっちは殺そうとするんじゃねえ!」
ザッツはサカナに向き直った。
彼女は両足を抱え込んで、震えながら座っていた。
「ずっとそうかもしれないって思ってたことなの。…お父さんとわたしがぜんぜん似てないのも、お母さんのこと話してくれなかったのも、引っかかってたことだからさ」
「すまねえ、黙ってた方が良かったよな」
「ううん、真実を知ることなんかこわくないの。…それ以上にわたしは、自分が自分で無くなっちゃうかもしれないのがこわい」
「人間じゃないってことが、怖いのか?」
「人間じゃなくても、他の人と心が通わせられるならなんだっていい。…わたしが本当にこわいのはね、酒場の店主として、がんばってきた時間――ヒトとして生きてきた時間が、『わたし』自身によって否定してしまうかもしれないのが、こわいの。それを考えると、胸が張り裂けそうになる」
サカナは、何かを懇願するような目でザッツを見た。
「……ザッツ」
「ん」
「わたしを抱きしめてくれないかな、…さっきみたいにさ」
ニナが目を輝かせて見ている。
「お兄さん、これは大金星だよ! ささっ、はやくサカナちゃんを――って、お姫様何をするんだいっ」
シレットは、好奇心の塊と化したニナを引っ張って、外に連れて行こうとする。
「はいはい、私たちは空気を読んで外に出ようねっ」
「なんでさっ、これからいいところなのにっ」
バタン、と扉の閉まる音が聞こえた。
部屋の中は静かになった。
「……構わねえけどよ、ヘンタイとか罵ってこねえよな」
「ほんとは、嫌じゃなかったの」
サカナは、力なく笑った。
「さっきは人前だったから、恥ずかしかっただけ。…ザッツはそういう気持ちにならないの?」
「オレちゃんはむしろ人前の方が、やりやすいっつーか」
「……じぶんを隠すのに、都合がいいから?」
「なんだ、分かってんのかよ」
「酒場の店主を、舐めないでよね」
ザッツは、サカナを立ち上がらせる。
そして、彼女のまっすぐな視線を受け止めきれず、顔を背けた。
「やっぱ二人きりの方が恥ずかしいぜ、オレちゃんはよ」
そう言ってから、ぎゅっと抱きしめた。
「ん」
サカナはしっかりと抱きしめ返す。
体の震えは次第に収まって、安堵の表情を浮かべていた。
「こうしてると、『今』を感じられて……、なんだか安心する」
「そんなに、自分の知らない『過去』が怖かったか?」
「『未来』もだよ。…『今』のわたしを留めてくれるのは、ザッツに対するこの気持ちだけだから」
「この気持ち?」
ザッツはその『気持ち』を知っている。
もう一人のサカナに、正体を聞いているからだ。
「わたしの心音、聞こえない?」
「……そんなでけえもんぶら下げてたら、ここまで届くわけねーだろ」
しかし、いつもの軽口で一蹴してしまう。
それに応えるだけの勇気を、今のザッツは持ち合わせていない。
(それを受け入れちまったら――失ったときが、とても辛いからよ)
ザッツは、かつて自分を好いていた少女のことを思い出した。
その子が死んでしまったときのことも。
「……」
サカナは、寂しげな色をザッツの瞳の奥に見た。
「なら……、聞こえるようにしてあげるっ」
「!?」
そして、抱きしめる力を強くした。
無理やりザッツを引き寄せて、二人はさらに密着する。
「これで、分かるでしょ」
サカナは顔を紅潮させて、その鼓動も高鳴った。
そうなったのは、彼女だけではなく。
「ごめん……、わたしがうまく気持ちを伝える方法は、これしかなかった」
「コミュニケーションが商売の、酒場の店主としては失格だな」
「そうだね。…それと、少しはザッツも殻を破って欲しい。わたしは本当のザッツが知りたいから」
「本当のオレちゃん、か」
いつから、自分の気持ちを偽って生きてきただろう。
ねじ曲がった性根こそを、本当の自分だと言い聞かせてきたのだろう。
「昔、オレちゃんに好意を向けてきたヤツがいる」
ザッツは淡々と話し始めた。
「アースアルムの師匠の下で、ダンジョンブレイカーとして修行を積んでいたときのことだ。オレちゃんには妹弟子が居てな。そいつと馬鹿やってたりしたが、あるときにお互いの気持ちに気付いちまったわけだ」
「ザッツにも、好きな人が居たんだね」
「こんなクソ野郎にもな。…ただ、それはたった一度のダンジョン殺しで崩れることになった。オレちゃんとそいつの二人は、ダンジョンに潜ってるときにモンスターの奇襲を受けた」
「……」
「それでもオレちゃんは負ける気がしなかった。一人だろうとモンスターを打倒できるという確信があった。何故ならオレちゃんは『運命が読める』からだ」
「それって、前に言ってた」
「ああ」
ライツ村から出発してすぐ、ザッツが語っていたこと。
ダンジョン内において限定的に運命を読み、無意識に最善の行動を選択し続けることのできる『勇者のギフト』を、彼も持っているというのか。
「しかし、そんな無敵に近い力でさえ、他者の運命の流れまでは読み取ることができない――その妹弟子はな、オレちゃんが簡単にかわせた攻撃を、勝手に受けやがったんだ」
「そ、それで」
「死んだ。…弱いくせによ、オレちゃんを守ろうとした結果、致命傷を受けちまったんだよ」
「……」
「それがトラウマになっちまってな。…だから、お前を絶対に戦場に出したくなかったんだ」
守られるだけの存在で居ろ。ただの荷物で居てくれ。
それらの発言は、過去の出来事に起因することだったのだと――そこでサカナは理解することができた。
「『勇者のギフト』を持ってるやつが、一人でダンジョンを潜り続ける理由が分かっただろ」
「……うん」
「見捨てたくないだの、守りたいだの。『好意』がそういった気持ちを起こすせいで、勝手に死んでいく。…だから『好き』って気持ちは、オレちゃんにとっては敵であり、直視できない相手なんだ」
嫌われ者でいたほうが、軽薄な男でいたほうが――悲しい思いをしないで済む。
だから、サカナの気持ちは受け入れることができない。
言葉にしなくとも、ザッツは態度でそれを示していた。
「それでも」
サカナは力強く言う。
「それでもわたしは、ザッツのこと好きだから」
「……」
そんな二人の様子を、ドアの向こう側から探知している者たちがいた。
「これ絶対おにーさん、たってるよね」
「ま、あんな色仕掛けされたらイチコロだよねえ。カレシさんはむっつりスケベだろうから顔に出さないけどさ」
シレットは風術の探知術式で、ニナは目を閉じて五感による情報感知で。
風術使いのコンビは、室内の様子を探るのに全力だった。
「誰も見てないと、けっこう大胆なんだなあカナちゃんって。…もしかしたら、私が仕込んだテクを使うときが来るかもっ」
「うんうん、楽しみ楽しみ」
ゲストルーム前の廊下を歩く女性が、覗きをしている二人の姿を見て立ち止まる。
「何やってんだい、アンタら」
「うわっ、部屋に夢中で気付かなかったよ――って」
ニナは目を丸くした。
話しかけてきた女性は、ルディオラだったからだ。
「おねーさん、大丈夫だったのっ」
「おいおい、アタシが死んだみたいな言い方はやめてくれよ」
ニナとシレットは、すぐに悟ってしまった。
ルディオラが、ある男の残り香を纏わせていることに。
「……え、えと」
ニナが訊ねる。
「あいつは、ジュールはどうしたの?」
「ああ、もう何処かに行っちまった。…このネックレスを残してな」
シレットは、ルディオラの身につけていたそれを覗き込んだ。
薔薇が氷に埋まった意匠が掘られている。
「リーズローズ領王家の紋だ。…血筋の証明になるってやつだよ」
シレットはその意味を考える。
そして、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
「は、はは…、ようやく見えてきたぞ、ジュレイド先輩の描きたい画がさ」
「どういうこと?」
「私よりもよっぽど酷い反抗期で、最大級の親不孝者ってことさ」
そう言い切って、シレットはため息をついた。
「ルディオラさん……だったよね? これからどうするかは決めてるのかな」
「ジュールの野郎からは、先立つものを貰っちまってるからな。…あいつの指示した通り、キルドライグ領に向かおうと思ってる。そこで新しい人生を始めるつもりさ」
「ん……、そっか」
「なあに、以前よりずっといい暮らしができるはずだ。ようやくアタシの首輪は外れて、自由になったんだからな。それに比べりゃ、こんな枷ぐらい大したことないさ」
ルディオラは自らの腹部を撫でながら言った。
「おねーさん、わたしっ」
「なんだい」
「おねーさんが困ったとき、絶対にボク助けにいくからっ」
「……」
「約束するよ」
「ふ、期待しないで待っておくよ――さて、アタシはそろそろ出発するかね」
ルディオラは二人に背を向けて。
「じゃあな。…互いに後悔しない人生、送ろうぜ」
片腕をひらひらさせて、その場から去っていった。




