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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
序章 迷宮の破壊屋
4/90

 ザッツが即興で打ち終えた至高の一振り――『純青刃トラストスラッシュ』

 それをもって酒場の一主人に過ぎない少女、サカナ・ミスエータはダンジョンボスであるグラスドラゴンに果敢に特攻していく。


 逃げ道など既に存在しない。戦いに勝利することだけが生き延びる道だ。…そして、この刀はそれを成すことができる。それを信じなければ、足を動かすことも難しかったはずだ。


 鬼気迫る表情と、武器の威圧感にドラゴンの反応が一瞬遅れた。

 それだけの時間があれば、一撃を当てることも容易だろう。


「そうだ、当てさえすりゃあ勝てる、そういう特性がエンチャントされてんだ」


 当てさえすれば勝てる。それは竜殺しか、はたまた呪殺か。

 そのどれでもいい。サカナは効力を信じて振れば良かった。希望がある限り、人というものは生に向かって歩き続けることができる。…幸いなことにドラゴンという種族は、外しようがないほどに的のサイズが大きい。十分に距離を詰めたところで、少女は刀を握りこんだ。


「おんりゃあああああああッッッ!!!」


 大気をびりびりと震わせるような雄叫びと共に、サカナは全身全霊をこめてその一撃を叩き込んだ。少女の周囲を舞う砂塵が、相当な衝撃力があったことを思わせる。確かな手応えがそこにあったと自負できるほどに。


「……え」


 ぴきぴきと、冬の空が凍りついていくような音が聞こえてきた。


 違う。

 これは何かに亀裂が入っていく、物体の悲鳴だ。

 そう、ドラゴンの鱗が割れている――ならどれだけ良かったことか。


「ええええええっ!?」


 目線を下に落とせば、見るも無残に崩れていくトラストスラッシュの姿があった。

 抜き身は無数のガラス片になって、小気味いい音を鳴らして地面に散っていく。


「こ、壊れちゃった、けど」


 困り果てた表情で、後ろのザッツを見つめる。

 一撃必殺とは何だったのか。


「おうっ、それは奇跡の一振りだぜ」


 彼の言葉を聞いた途端、サカナの視界は眩い光に包まれた。

 向きを正すと理由は明白だった。眼前のドラゴンが不自然に発光している。


「奇跡ってのが二度三度、ぽこぽこ起きたら困るだろ」


 明滅を繰り返し、その果てに、


「だから、誰が使おうが誰に使おうが、"一回振るだけで役目を終えるもの"なんだよ」


 ダンジョンボス――グラスドラゴンの体は、一太刀のもとに爆裂した。

 そう、斬りつけた相手を体内から爆発させる魔法剣の効力。そのエンチャント名を封爆殺と呼ぶ。

 どれだけ屈強な肉体を有しようと、堅牢な鱗に覆われてようと、お構いなしに内部から破壊する。ザッツの鍛冶式によって付与された、一発限りとはいえ強力無比な伝説の武具級のエンチャント。小迷宮の弱小ボス程度ならば、一撃必殺も可能だった。


「『炉火純青されど老い先短し、刹那を活きて役にて果てる』。その蜉蝣かげろうにも似た、一瞬の生の煌きこそオレちゃんが打った武器に求めるもの。同じ効力のものは二度と出会えない、一期一会の鍛冶式だな――って、聞いてねえか、あっはっは」


「あ…」


 呆気に取られているサカナは、ドラゴンの肉片と返り血を大量に浴びていた。彼女の体から流れ出て、固形物となっている血の鉱石――それに侵食されるかのように、ドラゴンの血は瞬く間にエメラルドグリーンの鉱物へと変化していく。


「うっひょお、鉱血病ヒュムライトって他の血も鉱石に変化させることができるのかっ! これだけ綺麗なら売れるかもしれねーな、ちっと採掘させてくれよ!」

「えっ、ちょっ」


 先ほどの頼もしさは一片もなくなり、野蛮人と化したザッツは少女に馬乗りになると、体中に付着した血片を採取しはじめた。宝を見つけたら絶対回収しなければという確たる決意によってもたらされる、婦女に対する接し方は最低最悪である。緑色の鮮やかな鉱石のみ、雑に引き剥がしては鞄に入れていき。


「へっへっ、これだけあればオレちゃん、しばらくはメシの心配しなくて済みそうだな。…おっと、こっちにも大きな塊が」


 むにゅ。


「あ、あれっ」


 衣類に染み込んだ血の結晶を取ろうと、サカナの服の中に手を突っ込んで、ごつごつとした感触とは真逆の、何か柔らかいものに触れている。


挿絵(By みてみん)


「……っ!」


 少女は顔を真っ赤にして、わなわなと身を震わせている。怒っているのは火を見るより明らかであり、ザッツは急いで手を抜いて背後に隠す。それで状況が良くなるわけでもないのに。


「ごっ、誤解されないように言っておくがな、オレちゃんお前をもっと子供だと思ってたんだよ! そんな小っちゃな背丈でな、そんなご立派なモンをお持ちだとは…、夢にも思わねえだろ!」


「最低よ!!!」


 ゴチン、と鈍い音が洞窟に響いた。

 フライパンでザッツの頭部が殴打された音である。


「くっくっく…、いい一撃だったと思うぜ。でも残念無念、さっきお前が戦ってたときにオレちゃんは回復用の薬草を使ってたんだもんね」

「あ、あなた、いつの間に」


 頭から情けなく血を流しながらも、ビシッと指をサカナに向けて。


「とゆーワケで、たった今をもって共同戦線は終了! 今度こそダンジョンコアを破壊しに行くとすっぜ!」

「ま、待ちなさいっ」

「待てと言われて待つやつは犬だけなんだよ!」

「くっ…」


 サカナはふたたび、彼を止めなければいけないという考えに駆られた。コアが破壊されればダンジョンは死ぬ。冒険者が村を訪れなくなり、父親の守ってきた酒場を守れなくなってしまう。


「せ、せめて…、話し合い、を」


 視界がぼんやりと歪んでいる。外傷は激しいものではない筈なのに。

 そう――これは極度の緊張から来る、精神的疲労によるもの。

 窮地から脱したことで、弛緩した意識が彼女を眠りへと導いている。


「ぁ…」


 心が付いていかない肉体は、青年を追うことを辞めて。

 サカナの意識は、闇の中へと落ちていった。




 ★ TIPS ★

「ヘパイストスの鍛冶式・改」――魔術/ランク:?


 「炉火」の勇者ヘパイストスの名のもとに、素材を用いて魔法武器を生み出す魔術式。本来は既存の装備に魔法的特性エンチャントを付与するための式であるが、ザッツの場合は勝手が別であり、素材によって武器そのものも生成される。高度なエンチャントが付与されるが、その効果はランダム――ある程度は望みに近い効果になる――であり、効力は一撃のみという制約がある。まさに奇跡の一振りである。




「ん…、ここは……」


 サカナが目を覚ますと、そこは見たこともない空間だった。四方が岩壁に囲まれた部屋であり、それぞれの方位に大きな通路が続いていた。部屋の中心にはオレンジ色の、そして半透明な、正八面体の結晶が鎮座しており、不気味な光を放っていた。


「これって…、まさか、ダンジョンコア」

「ご名答」


 近くの壁に背中を預け、パチパチと一人で拍手を刻んでいる男が居た。

 灼熱の赤髪にゴーグルを着用した――間違えるはずもなく、村長の依頼を受けてダンジョンを殺しにやってきた、そして先ほど共闘したザッツ・ニルセンその人だった。


「いやあ、お前を運ぶの大変だったよオレちゃんは。見かけによらず重かったもんでな」

「どこまでも失礼なやつ! …いや、それよりもどうして、ダンジョンコアを破壊してないの?」


 そう、ザッツはダンジョンを殺すことが目的だった。既に仕事を終わらせていても不思議ではなかったはずだ。それなのに未だにこうして、ダンジョンコアは健在ではないか。


「壊してもいいなら壊すけどよ、話し合いしたいって言ったのはお前だぜ」

「えっ」


 サカナが目を丸くするのも無理はない、先の言動や行動から分かるように、このような野蛮な男が話し合いに応じるとは思っていなかったからだ。


「オレちゃんは、お前を納得させた上でダンジョンを殺したい」


 だが、彼の眼差しは真剣そのものだった。


「ここでダンジョンコアを破壊してもお前を殺すことと同じになる。ならいっそのことお前の妄想も殺してやろうと思ってな」

「ど、どういうこと…」


 サカナはさっぱり言っている意味が分からなかった。


「そもそも、あなたはわたしを見捨てようとしたじゃない!」

「だからなんだよ、あれはダンジョンを甘く見てたお前が悪いんだよ。ダンジョンこそが最大の殺人者だということを忘れるなよ。何が共生関係だ」


 そこまで言い切って、ひと呼吸置いた後にザッツは続ける。


「いや、お前の言っていることも一理はある。だからこそ大陸中に冒険者ギルドなるものができて、街に利益をもたらすのも分かる。しかし、ダンジョンの本質は厄災だ。…ときに、ええと、サカナといったか、お前はダンジョンの成り立ちとか知ってるのか?」

「………」

「知らないんだろうな。だったら最初からきちんと説明してやるから、耳をかっぽじってよーく聞きやがれ」


 咳払いをひとつする。


「まずダンジョンっていうのはな、天から降ってくる邪悪の種子――ダンジョンシードが育つことで形成されるんだ。まず大地からもたらされる栄養を吸い取って、徐々にこの種は沈降していく。長い年月をかけて沈み続けた種は、開花するとこーんな感じの結晶体になるんだな」


 ダンジョンコアまで近寄ると、それをバンバンと叩き始めた。


「んで、こうなっちまうと今度は新鮮な空気が必要になってな、ダンジョンコアから入口までの通路ができちまうわけだ。それから現地の動植物を支配下に置いて守らせるってワケ。こんなんなってもまだまだ沈み続けて、小迷宮は中迷宮へ、中迷宮は大迷宮へと成長していく。その度に複雑怪奇な構造になっていくって寸法よ。で、ここまでで何か質問は?」


 サカナは困ったような表情を浮かべ、何を質問したものかと少し考えてから喋る。


「えと…、それならどうして、ダンジョンは迷路みたいになっているの?」

「あー、いい質問じゃねーか。それに対する答えは二つある」


 いい質問なのか、と首を傾げるサカナをよそにザッツは話し始める。


「答えその一、人間を殺すため。

 そもそもダンジョンは人類を滅ぼすためにつかわした、悪魔の生き物だって説だ。だったら、迷わせるような構造だって説明がつくって、オレちゃんの読んだ宗教書には書いてありました。

 答えその二、新鮮な空気を取り込むため。

 植物の根っこだって、より栄養を取り込むために根をいっぱい生やすだろ。それこそ他の植物と競い合ってでもな。それと同じで、維持に必要な空気を得るために地上を求めて空洞を作ってるなんて説だ。これはオレちゃんけっこう信頼している。何故なら入口を破壊して死滅したダンジョンコアがあったからだ。…ま、この殺し方は土壌と迷宮の規模にけっこう依存するな」


 適当に思いついた問いで、ここまで長く説明されるとは思わず、少女はつい唖然としてしまった。


「おいおい、なんで不抜けたツラしやがるんだよ。…勉強とか嫌いか? ここから話しのキモになるんだぜ?」

「キモ?」

「いいか、ダンジョンっていうのは生態系が存在するんだよ。草を虫が食べ、虫を鳥が食べ、鳥をドラゴンが食らう――食物連鎖ってやつだ。これが一箇所崩れると、バランスが崩れて、とんでもないことになっちまう」

「……生態系が成り立たない?」

「そうなった場合、生物は死滅するのが結末なんだが、ダンジョンコアは土壌の栄養が必要不可欠でな、生命のないところには育たないんだ。だから"己の延命を図るために、地形を変える"」

「………」

「酒場に引きこもってちゃ分かんねえか。…しょうがねえ、いいモン見せてやるからこっち付いてこいよ。嫌だと言ったら蝙蝠の餌にするからな」


 サカナは半ば脅迫されながら、通路のひとつに入ったザッツに付いていく。そこから狭い通路に入って、くねくねとした道を歩いていく。通路と違って冒険者用のあかりが配されておらずに暗く、登っているのか降りているのかまともに平衡感覚が働かない。なんだか変な匂いもする。ザッツが傾斜を測るコンパスを持っていて、それを見せて貰うと道は上に向いていることが分かった。そのまま移動し続けていると、明かりが遠くの方から注ぎ込んでいるのが分かった。


「出口だ、お前の知らない場所のな」


 確かにサカナは、この場所からダンジョンに入った記憶がない。彼の話にあったとおり、空気を供給するためにできた穴なのだろうか。歩き疲れてへとへとな足取りでそのまま傾斜を登っていくと、外の景色が目に飛び込んできた。


「きれい…」


 すでに夜は明けつつあり、その日の出は村で見るよりも美しかった。

 しかし、これが見せたかったものだというのには疑問が残る。先ほどの話と何か関係があるのだろうか。


「あそこに見えるのが、ライツ村だな」


 確かに眼下にはサカナの住んでいる村がある。自分の経営している酒場もはっきりと確認できるほどに。


「気づいたか? ダンジョンの入口が村の、こんな近くにあるんだぜ」

「あ…」

「しかもここひとつじゃねえんだよ。オレちゃん、あそこで寝転がって穴がどれだけあるか数えてたからな。…いいか、さっき言ったようにな、ダンジョンっていうのは命を維持するために地形を変えちまうんだぜ」


 ザッツは近くに落ちている、変な匂いのする土くれを指さした。


「こいつはケイブバットの糞だよ。…奴らが何を食べるか分かるか?」

「く、くだものとか?」

「こいつは普通の蝙蝠じゃない。肉食だよ。お前を襲ったのもその証拠さ。…彼らの好物は、ライツ村の周囲に生息している、ビッグモスの幼体さ」

「それって、大きなイモムシのこと? 最近姿を見ないから、冒険者さんが退治していると思ったんだけど」

「ところがどっこい、そいつは違うんだなあ。あんなやつ倒したところで、素材にもならないし鍛錬にもならねえ。…冒険者が狙うのはそいつが成長したビッグモス一本。天敵から身を守るために身につけたあの鱗粉目当てでな。あれさえあればケイブバットの索敵から逃れられたのに、どっかの酒場の主人は知らなかった。いやー、無知って罪ですわ」

「………」

「結論からいえばこのダンジョンな、ケイブバットが増えすぎたんだよ。それこそ一帯のイモムシを狩り尽くしてしまうほどにな。で、そうなると餌がなくなっちまうわけだろ。ケイブバットは生きていけなくなる。彼らが減れば最大の戦力であるドラゴンも死んでしまう。だからダンジョンは、彼らを活かすために彼らの餌場を求めた」

「ま、まさか」

「やーっと分かったか? それがあそこなんだよ」


 今一度村の方を眺めて、顎でその存在を示した。

 ダンジョンの存在が、村の危機を招いている――それを知って、顔色を悪くしたサカナは、膝から崩れ落ちてしまった。


「で、でたらめよ、ぜんぶがつくりばなし」

「そうだな、こんなでたらめな野郎の言葉を信じたら、いけねえなあお嬢ちゃん。…だが、『慧眼』と謳われた村長は、全部分かってるみたいだったぜ」

「あ、あなたにだまされてる、だけ」

「別にダンジョンコアを壊さなくてもいいんだぜ。お前の村にオレちゃん愛着を持ってるワケでもねーしな。…あ、休みを取るにはけっこう長閑でいい場所だぜ? でもなあ、イモムシがこのまま減ったら、ビッグモスの鱗粉――ケイブバット避けのアイテムも取れなくなる。そうなれば駆け出しの冒険者がダンジョンを踏破できなくなって、登竜門チュートリアルとしても破綻。見向きもされなくなっちまったら、いよいよ村には誰も逗留しなくなる。お前の酒場も終わりだな」

「ち、ちが……、ぜんぶ、うそなんでしょ」


 いよいよもって、現実を受け入れられなくなったサカナは目元に涙を浮かべている。


「死んでるんだよ、このダンジョンは元からな。だけどお前らは生きてるし、冒険者が居なくなってもなんとかなるだろ。今はそれでいいじゃねえか」


 地面に降ろしていた波状槌を背負い、ザッツは踵を返して歩み始める。


「これがオレちゃんの、ダンジョンを殺すということさ」


 崩れて大声で泣くサカナに目もくれずに、

 此処からなら一人で帰れるだろ――という残酷な言葉を置いて、彼はダンジョンの闇に吸い込まれていった。

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